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【125】舞い踊るもの

 遠くに見えた魔物は、ほんの一瞬で移動してきていた。一度瞬きする度にその姿は迫ってきている。

 もうすぐ射程圏内に入りそうだ…という事は、あと10m程しかないという事になる。しかもこの矢が当たったところで心臓を貫ける訳でもなく、当たったとしてもほんのちょっと傷を付ける位が関の山だろう。

 集中するとは、こんな風に一瞬の間で思考できるものなのかと心の隅で理解しながらも、それは今後にもう活かせる事はないのだと諦め、引き絞っていた矢を放つ。


 それが弓から放たれた瞬間、終わったなと思うのは諦めではなく、現実を受け入れたと言った方が良いだろう。そうしてデュオーニが目を瞑った瞬間、立っている場所にそよいでいた風が止まり、それから数秒、いつまで経っても襲ってこぬ痛みを不審に思いそっと目を開いていけば、こちらへ向かって来ていたはずのリヴァージュパンサーが方向を変え、横を向いて立ち止まっている姿が見えた。

 訳も分からぬまま足の力が抜けその場にへたり込んだデュオーニは、それから瞬きをする事も忘れ、目の前の出来事を唖然と見続ける事になった。



 そこにはいつの間に現れたのか、デュオーニと歳も近そうな冒険者らしき者が2人立っており、リヴァージュパンサーはそちらに気を取られたのだと分かった。

 なぜ無防備な自分を標的から除外したのかはわからないが、その2人が引き付けてくれた事により、自分がまだ生きながらえているのだと知る。

 一瞬止まったように見えていた彼らだったが、そう思った事が見間違いだったのかと思える程、次の瞬間には怒涛の戦闘が始まったのだった。


 まるでバネが付いているかの様にしなやかに動き回るリヴァージュパンサーに、その2人は遅れを取る事なく手にする剣をその魔物へと当ててはじき返している。

 飛び掛かる時には身を捻って躱し、すれ違いざま顔にシールドバッシュを繰り出せば、それで怯んだところへもう一人が飛び込んで行きズサリと深く傷を作る。かと思えば間合いを取り、魔物のタイミングを崩しにかかり翻弄している。


 派手な魔法を使い戦っているようには見えないが、この2人には翼があるのかと思える程に、軽やかに舞い踊るかの如く魔物と互角に戦っている。いいや、それ以上かも知れないと、デュオーニはその光景に瞬きすら忘れて熟視していた。


 ザクッと肉を切る音が響き、それが魔物の切り裂かれた音だと気付く。一人は盾を持っているがもう一人は防御する物を何も持っていない割りに、魔物からの攻撃が当たった様子はないと気付く。

 盾を持つ者が剣を振り、それを避けたはずの魔物に後ろから剣が当たる。今度はそちらに向かって行った魔物が、その者が振りぬいた剣に飛び退るも、それには盾を持った者の繰り出す剣が追撃する。

 その2人はまるで話し合いながら戦っているかの様に、一方が攻め込めば一方はその次に備え、流れ作業の様な連携を取っている事がわかった。


「すごい…」

 落とされたデュオーニの声は、なぜかその場に反響した。


 それからあっけなく勝敗が決したらしく、気付けば魔物は地に倒れその2人だけが立っていた。

 という事は助かったのかと、デュオーニは深く息を吐いて全身の力が抜けていくのを感じていた。



 -----



 この戦闘より遡る事少し前、ルース・フェル・ソフィーは、ネージュとシュバルツと共に国の中央よりやや北西側の道を南下して進んでいた。


 この国の北側にあるデイラングを出発した後、少しずつ南を目指しながら南西方向へと進路をとっていたルース達は、季節も冬が終わり歩き易くなったと思っていれば、いつの間にかもう一度冬を過ぎた頃となっていた。

 その間は今まで通り、1か月~2か月ずつ町に滞在してクエストを熟す傍ら、魔法の練習を重ね剣の腕を磨きつつ、ルースの記憶に繋がるものはないかと、それらの町々を移動しながら冒険者として着実に実績を積み重ねていたのだった。


 こうしてルースとフェルは18歳、ソフィーは17歳になった今、メイフィールドの町を目指してその町の近くにある湖の傍まで到着していた。


「なぁ、湖って水たまりだよな?」

 フェルは、情緒も何もない言葉を言う。

「水たまり…」

 ソフィーはそれに、なんとも言えない表情で返す。

「そうですね。表現としてはどうかと思いますが、言っている事は間違いではありません」

「間違ってないという割に、ルースの言葉には棘が含まれてる気がする…」

「湖とは、確かに水たまりと言えなくもないでしょうが、そう表現する者は、この世の中でフェル位ではないかと…」

「はぁ?その言い方は大げさだろう?他にも言う奴は絶対いるって」

「そうですね、世の中という言い方は大げさでした。“この国中で“位にしておきましょう」

「分かった…もういいよ…」


「―それで、その湖がどうかしたの?」

 ここでソフィーが話を元に戻す。

「ん?ああ、この近くにあるんだろう?どれ位の水たまりなのかって思っただけだよ。別にそれが何だという訳じゃない」

 少々拗ねてしまったフェルが、そう言って何でもないという。

「じゃあ、折角なら湖も覗いて行かない?私もちょっと見てみたいわ」

「そうですね。ではここから、この木々の中を抜けて行ってみましょう」


 ルース達が歩いている道から、後一時間もかからずにメイフィールドの町には到着するが、その前に有名だと言われる湖を観てみるのも良いだろう。

 そんな3人の意見も一致して、ルース達は道をはずれその道の西側に広がる木々の中へと入っていった。


「ここは森と呼べるのかも知れませんが、常に人が入っているのか荒れている印象がありませんね」

「そうね。歩き易い森という感じがするわ」

「高低差もないから、余計にそう感じるのかもな」

「まぁ観光地という事のようですから、人が訪れる森という事でしょう」

「観光地って…ここは暑い時期に人がたくさん来る場所だっけ?」

「ええ。聞いた話だと隣接するメイフィールドは、夏になれば沢山の人が集まってくるそうですよ」

「今が夏じゃなくて良かったわ…」

「ん?何でだ?」

 フェルはソフィーが言った話に、首をかしげた。

「人が沢山来るという事は、もし冒険者ギルドの宿が満室であった場合、町の宿も満室で泊まる場所さえないという事にもなり兼ねません」

 ルースがその疑問に答えれば、「あぁそういう事か」とフェルは苦笑した。


 他にも理由はあるが今は言葉にしなくても良いだろうと、ルースはもう一つの理由、夏は王都から人が集まってくるという話から、自分達と接触してはならない者がいない時期で本当に良かったと、心の中で付け加えたのだった。


 こうして森の中を進んで行けば、獣の気配や鳥の鳴き声がピタリと止まった事に気付く。

 ルースは空を見上げてから木漏れ日が作る陰に目を落とした。

『魔物じゃな』

 ネージュの声にルースも集音(ラサンブレ)を瞬時に発動させ情報を集めるも、かすかに人が歩いている音しか聴こえなかった。

「人がいるようですね…」

「今、魔物って言ってなかったか?」

「言っていましたね。でも魔物が立てる音は聴こえませんでしたが、私には人の足音が聴こえました」


 ルースの思考を感じ取ったシュバルツは、フェルの肩から舞い上がり魔物の気配のする方へと飛んでいった。

『人ガ居ル,魔物モ居ル』

 シュバルツからそんな念話が届いたが、それだけで十分な情報だった。

 ネージュは姿を戻してソフィーを背に乗せると、先に駆け出していったルース達の後を追って、目的となる場所へと移動していった。




「あそこだっ」

「弓…ですか?」

「番えているのに、矢を放たないな…ったく何してんだよ。武器があるのに使わないでどうすんだ!」

 フェルとルースは走りながら50m先に見えてきた、立ったまま動こうとしない人影を見て舌打ちする。

 何か訳があるのか、はたまたパニックになっているだけか、もう見えているであろう魔物の方向を向いたまま、その人物は手に持つ弓を引き絞った状態で一向に放つ気配がないのだ。あと少しで魔物が到達してしまうだろうと、ルースは魔物の注意をこちらに引き付ける為に風魔法を放つ。


「“風の刃(ウインドブレード)“」


 走りながら放った魔法は、狙い通りにその人物の10m程前まで迫っていた魔物に向かって飛び、その魔法に気付いて身を躱した魔物が、クルリと方向を変えて走ってくるルースとフェルに視線を向けた。そしてその時、その人物から放たれていた矢が、方向を変えた魔物の足元の地面に刺さる。

 それと同時にソフィーは魔物の前にいた人物に障壁展開(ソリッドシールド)を張り巡らせてくれたらしく、その者の安全は保障され、ルースとフェルはこれで魔物に集中する事が出来た。

「ソフィーを頼んだぞ」

『言われずとも』


 フェルがネージュに軽く言葉をかけ、2人は更にスピードを上げて魔物の前に躍り出た。

 そうしてルースとフェルは、しなやかに踊る黒い魔物へ全神経を集中させたのだった。




「大丈夫ですか?」

 魔物が倒れた後もぼんやりとそこを見つめて座ったままの人物へ、ソフィーが障壁展開(ソリッドシールド)を解除して近寄っていった。その傍らには、小さくなったネージュが寄り添っている。


 声を掛けられたことに少しして気が付いたらしいその人物は、ゆっくりと顔を巡らせてソフィーを仰ぎ見る。

「…ああ…」

 それだけいうのが精一杯らしく、その顔はまだ何がどうなっているのか分からないという表情だった。

「怪我はなさそうだな」

 そこへルースと一緒にフェルが近付いてきて、しゃがみ込んでいるその人物を見て頷いた。

「…はい。怪我はありません…」

 少しずつ状況を理解してきたらしいその人物は、立ち上がろうとして腰を上げるものの、ガクリを膝が崩れてまた地面に尻を付けた。


「すいません…腰が抜けてしまいました」

そう言った青年は自分の体が動かない事に、困惑した表情を浮かべたのだった。


いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。

昨日は『シドはC級冒険者』にお付き合いいただき、ありがとうございました!

そしてこちらにも、沢山のブックマークや評価、いいねを入れていただきましたこと、重ねてお礼申し上げます。<(_ _)>

昨日はお礼がお伝え出来ず、遅ればせながら本日のあとがきに書かせていただきました。

こうしていつも皆様に支えていただき、執筆を続けられているといっても過言ではありません。

誤字や拙文含め色々とまだまだではございますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

盛嵜 柊

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 ふうむ…今の段階で出てる情報だけで判断するなら、デュオーニ氏とやらは狩人(弓兵職)としては才能が無いとしか判定出来ないですね。 ルース達との出逢いは彼の運命を変えるか…
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