【124】孤独な冒険者
ここは、ウィルス王国の中央よりやや西側に位置する町“メイフィールド“。
この町は国の中央に近いが、近くには大きな湖もあり多くの自然に囲まれた町である。
夏には王都からの観光客も訪れ、人も多くなり賑やかになるが、それ以外は穏やかな町と言えるだろう。
その湖から流れる川には魚も住みつき、それを糧とする多くの獣も近隣に生息している。そのせいもあってか、この町では弓士などの武器を扱える者は、最終的には狩人の職業を目指す者が多く、この町の治安と食料をそれらが支えていると言える町であった。
デュオーニは今年17歳になる青年で、肩まで伸ばした紅い髪を邪魔にならぬ様ひとつに纏めている。
彼は弓士の職業を賜った者であり、その弓を引く時に視界の邪魔にならぬよう、その職業が現れてから髪を伸ばし始めていた。最初は短かった髪も今は纏められ黒い紐でしっかりと結わかれていて、緋色のアーモンド形をした目はしっかりと周囲を見渡すことが出来た。
「俺は、何があろうと弓士だ…」
独り言を呟いたデュオーニは、意を決した様に冒険者ギルドの扉を開けて中に入っていった。
その彼の姿が見えた者達は見なかった事にするのが大半で、何事もなかったかのようにそこから目を反らす。
それらの様子には気付かぬ素振りで、デュオーニは今日も掲示板の前に一人立った。
デュオーニはD級冒険者だった。15歳で職業が出てすぐに冒険者となり、初めの内は同じころに冒険者になった者達とパーティを組んでいたが、その者達とは少しの期間で別れ、その後他のパーティに誘われ加入するも、そこも程なくして脱退した。
それを何度か繰り返し、一年ほど前からデュオーニはソロで冒険者を続けていた。
「おやおや?今日も懲りずに来たみたいだな、ヘッポコ弓士さんよ」
掲示板の前に立つデュオーニの後ろから、揶揄うようなそんな言葉が掛けられた。
デュオーニはその声に、拳を強く握りこむことでやり過ごす。
(ここは聞こえなかった振りをしなくちゃ駄目だ)
そう自分に言い聞かせるも、握った拳には力が入ったままだ。
「おお?聞こえなかったのかい?ヘッポコ弓士さん?」
再度繰り返される言葉にデュオーニは、今日はついてないなと諦めてその声の主を振り返った。
「おはよう、ガイス…」
デュオーニは、敢えて表情を作らずに挨拶を返した。
このガイスがいるパーティには一度加入した事があり、その時からこのガイスはデュオーニにきつく当たってくるようになったのだった。
「おい、俺は挨拶をしたい訳じゃないんだぜ?何でまだお前みたいなヘッポコ弓士が、冒険者をしているのかって聞いてんだ、よ」
その言葉に、デュオーニは歯を食いしばる。
言われても仕方のない言葉かもしれないが、それでもデュオーニは冒険者を辞めるつもりはなかった。
「今は一人でやっているから、誰にも迷惑はかけていないはずだ。だから僕が冒険者を続けていても、何も問題はないと思う」
怒鳴り返したいのを堪え、デュオーニはそんな言葉で返した。
「ふんっ。このまま続けていったって、どうせこれ以上昇級できないんだから、さっさと辞めちまえよ」
こうしてガイスとデュオーニが話していても、周りの冒険者に止める者はいない。
それはこれがよくある事であり、この2人には余り関わり合いたくないと思われているせいだろうと、デュオーニは思っている。
そしてこれはいつまで続くのかと、半ば諦めの混じる息を吐こうとした時、ガイスのパーティメンバーが声を掛けた。
「おーいガイス、いつまでもそんな奴と話してたら、出発が遅れるだろう?早く行くぞ」
「ああそうだな。クエストを成功させる方が大事だもんな?」
フンッと嘲笑を浮かべたガイスは、踵を返して仲間の所へと戻って行きそしてギルドを出て行った。
それを見送ったデュオーニは一つ息を吐きだすと、何事も無かったように、再びクエストの貼り出されている掲示板を見つめたのだった。
今のガイスに限らず、この町の冒険者はデュオーニに対し同じ冒険者であることを受け入れていない様子であり、誰かに話しかけられる事も、ましてやパーティに誘われることも、今は全くない事なのであった。
その為、仕方なくデュオーニは一人でクエストを受けているのだが、クエストの内容によっては弓士では難しい物も多々あり、その為クエストの成功率は3回に1回程と低くなっている事で、更に皆から出来損ないの弓士という印象を持たれてしまっているのだった。
デュオーニは弓士としての腕がない、という話が広まっている。
しかし弓士の職業の者から弓を取ってしまっては何も残らなくなるため、デュオーニはずっと弓士として在り続けようとしているのだが、それもそろそろ精神的にも限界に近くなっている事は、本人が一番良くわかっていた。
デュオーニの腕前は悪くないと言い切れるが、その矢の飛距離が他の弓士の半分もない為、遠くから狙うという、そもそもの弓士としての立ち位置を取る事が出来ず、前衛などに紛れて動かなければ、その的に当てる事すらできないのだった。
その為デュオーニが前に出てくれば前衛にとっては邪魔者となり、かと言って後ろに下がる事も出来ず、そこでよく喧嘩になったり怒鳴られたりもして、いつしかパーティに入っても足手まといになると噂されるようになって、他の冒険者との関りもなくなっていったのだった。
だがデュオーニも自分の放つ矢が飛ばない事は、一番良くわかっている事で、その為何とか飛距離を伸ばそうと筋力をつけたり体力を付けたりと努力はしてきているが、それでも一向にその成果は出ず今に至っていた。
だからデュオーニも、そろそろ冒険者をしている事が辛くなってきていたのも確かだった。
しかし冒険者を辞めたからと言って、獣を狩る狩人になるにも同じことで、矢の飛ばない弓士など、どこに行っても見向きもされないだろう。
ハーッと大きなため息を吐いたデュオーニは、目の前のクエストに手を伸ばしてそれを取った。そして受付の列に並んでその手続きをしてもらうと、一人静かにギルドを出てクエストへと向かったのであった。
今日デュオーニが受けたクエストは、アルミラージの討伐だった。
アルミラージという魔物は兎が魔物になった物といえて、長い耳に赤い目が特徴の小型の魔物で、群れを成して集団で生息し人が作る畑などに出る事も良くある為、被害にあう者から討伐のクエストが出る一般的な魔物と言える。
そのアルミラージ討伐は今までに何度か受けた事もあるが、いつも殲滅までは出来ずに中途半端となり、デュオーニが失敗しやすいクエストでもあるのだが。
しかしデュオーニだって近付く事さえできれば、アルミラージの様なすばしっこい魔物であろうとも、その的を外す事はないのだ。デュオーニが放つ矢はただ単に、飛距離がないというだけなのだから。
デュオーニは今日も沢山の矢を用意しており、それと大きな革袋を一つ背負って町から30分程歩いた森の中に入っていく。
今回のクエストには魔物の数は明記されていなかった。という事は何体いるのかもわからない為、1本でも矢を無駄にすることは出来ないのだ。
アルミラージは群れで生息する魔物であり、1体2体を倒した位では畑の被害は収まらず、途中で矢が尽きれば今日のクエストも失敗に終わってしまうだろう。どうやって立ち回ればよいかと今までの戦闘経験を思い出しながら、なるべく効率よく殲滅できる様に無い知恵を絞りつつ歩いていった。
今回受けたものは、この森が囲む湖の畔に建つホテルが出した討伐クエストで、ホテルが管理する畑を荒らされており、その駆除として出されたものだった。デュオーニは目的のホテルを目指し、人のいない森の中を通りその方角へと向かっていったのだった。
今の春先の森は、森全体が新しい息吹を待ち望むかのように輝いて見える季節でもあり、デュオーニはそんな森に癒されつつ、心にわだかまる思いに蓋をする。
サワサワと風が吹きぬけていった方角を見れば、遠く木々の間にその高閣なホテルが見えて来ていた。
「もう近くにはいるはずだな」
デュオーニは誰にともなくそう言うと、矢を矢筒から1本引き抜き、いつでも動けるように弓に軽く添えつつ腰を落として歩き始めた。
そこへ再度サワサワと風が吹き抜けて行くもその風に違和感を感じ、それには嫌な匂いが乗っている事に気付いた。
(獣の匂いか?)
そう思いガバリと背後を振り返ったデュオーニは、そのアーモンド形の目を大きく見開いた。
「あ……」
そこに見えたのは、100m程先から迫ってくる豹の姿をした魔物だった。
この魔物は余り姿を見た者はいない…というよりも出会ってしまえばそこで終わる。遭遇してしまえば上位冒険者でなくば戦う間も与えられない程、動きも素早く獰猛であると言われており、目撃者を瞬殺で消し去ってしまうというB級討伐対象の、“リヴァージュパンサー“と呼ばれる魔物であった。
初めて目にした噂に聞く魔物に、デュオーニは今までの事が一気に駆け抜けていくような感覚に襲われ、これが死の間際に見る物かと全てを諦めたように失笑を浮かべた。
「でも俺は、最期まで弓士として生きると、決めているんだ」
そう呟いたデュオーニは表情を引き締め、手に持つ弓を構えて弦を引き絞ると、外さぬ距離に的が近付いてくるまでを、その姿勢のままただ待ち続けたのだった。