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【123】乗せた想い

「りゅ…う…?」

 フェルが、歯切れの悪い言葉を呟いた。

 竜とはお伽噺の中に良く出てくる魔物で、それを退治して国を救うという冒険物語が多い。3人は巨大な竜に乗る人間を想像していれば、その表情にギルドマスターがニヤリと口角を上げた。


「竜と言っても巨大な物じゃないからな?調査団の使う竜は小型の物で、“ワイバーン“といって風魔法を使う竜の事だ。クエストで出されるなら、B級やA級が対応に当たる奴だな」

「ワイバーン?」

「あれ?どっかで聞いた事があるような…」

「そうですね。名前は知っている魔物です」

「お?ワイバーンを知っているのか。そのワイバーンだと思うぞ?」

「私は聞いた事もないわ?」


 このワイバーンの話を聞いたのはカルルスの町にいた時で、ソフィーと出会う前に“銀の狩人“から話を聞いたのだ。その為ソフィーが知らないのも当然で、ネージュがソフィーへワイバーンの説明を始めている。


「そのワイバーンに騎乗している…という事ですか?」

 ルースの問いに、ギルドマスターは頷いた。

「俺もどうやって言う事を聞かせているのかは分からんが、多分調査団の中に調教師(テイマー)が居るのではないかと思う。ダンジョンの調査員は元々冒険者をしていた者がやっているから、大きな魔物を相棒にしている者がいるのだろう」

「へぇ…すげぇ…」

 先日グラハムがしたような方法でワイバーンまでも相棒にするのかと、まだ見ぬB級の魔物と人間が並び立つ事を想像して、フェルが言葉を落としたのだった。


「まあ、そんな訳で調査団が動いてくれるという事だ。君達はそろそろ移動するんだろうと思って、先に伝えておきたかった」

「はい。明後日にこちらを出発するつもりでいます。わざわざお知らせ下さり、ありがとうございます」


 元々ルース達の滞在は一週間を予定していた為、デイラングの町は明後日出発する事にしていた。もう少し滞在期間を延長しても良いのかも知れないが、ルース達に出来る事はもう余りなく、予定を変更してまで居続ける理由もなかったのだった。


「あと君達が出してくれた素材の買い取りも順調に進んでいるから、少しずつだがそろそろ入金できているはずだ。後で確認しておいてくれ」

「分かりました。ありがとうございます」

「いいや、礼を言うのはこっちだぞ?」

 口角を上げたギルドマスターの顔を見れば、血色は良くなったが今度は目の下に隈を作っていた。急に手配する事が増えたためか、いつもの事務仕事の量が倍増したのだろう。

 それでも嬉しそうに笑みを見せるギルドマスターは、充実しているのだと嬉しそうに笑ったのだった。



 -----



 それから残り2日も休みなくクエストを熟した3人は、今日これからデイラングの町を出発する為、ギルドの宿の清算も兼ねて3人は受付に立つアリアと話していた。

「お部屋も綺麗にお使いいただいていましたので、宿の方はこれで問題ありません。それより、もうご出発されるだなんて、またこの町も寂しくなります…」


 一時的とはいえルース達がいた事で、いつも討伐されない魔物が討伐されてこの町の治安も回復し、それらの素材を見た若い冒険者達も今は活気付いていた。

 この町の冒険者達ではまだ小型の魔物位しか相手が出来ないのだから、人間より大きな魔物を見たのは以前多くの冒険者がいた時以来なので、自分達も頑張って早くそれらを討伐できる位にはなりたいと奮起してくれていた様であった。

 だから喩えルース達いなくなっても、彼らはその意思を継続してくれるはずだとルースは思っている。そんな期待にも似た思いを抱いて、ルースはアリアに微笑みを返したのだった。



 先ほど、ルース達は冒険者ギルドの朝の繁忙時間を外し、少しだけ遅く冒険者ギルドに顔を出して出発の挨拶をしに来たのだが、ギルドに入ればまだ中には20人程の冒険者達がなぜか残っており、これでは業務の邪魔をしてしまうのではと躊躇した。


「まだ皆いるな…もう少し遅くした方が良かったか?」

「そうですね…。これでも遅めに顔を出したはずなのですが…」

 フェルとルースが困惑して話していれば、ソフィーがある事に気付いて声を掛けた。

「でも。受付には並んでいないみたいよ?クエストの受付は終わっているみたい…?」

 ソフィーの言葉に室内を見渡してみれば、確かに受付に人は並んでおらず、室内に散らばるように冒険者達が立っているように見えた。

「受付が空いてるなら、清算しに行ってもいいんじゃないか?」

「そうですね。他の冒険者の皆さんにも発つ前に挨拶ができるので、良しとしましょうか」


 こうしてルース達3人は立っていた入口から足を踏み入れ、そのまま受付へ向かって行きアリアと話をしていた所であった。


「それでは、今日までお世話になりました。今後の町の発展を、陰ながら応援しております」

 そう言ってルースは頭を下げる。

 そして横に並んでいるフェルとソフィーも、それに(なら)った。


「ありがとうございます。こちらこそ沢山お世話になって、本当に何てお礼を言ったらよいか分からない位です」

「本当だな、俺からも礼を言わせてくれ。緊急性の高いクエストも熟してくれて助かった。残りは、まぁ…あれだ。その内に何とかなるだろうしな」

 ルース達が受付へ来たことに気付いて出てきてくれたらしいギルドマスターも、そう言って礼を言う。

 “あれ“というのはダンジョンの話が広まって、上位冒険者がこの町に来てくれればという事だろう。

「「「はい」」」

 3人はそれに、笑顔で応えた。


「おっそう言えば入金は確認してくれたか?あれについては買い取り先を選んでいる(・・・・・)状態でまだなんだが、魔物の方は入金が済んでいるはずだ」

「はい。先程昨日までの魔物の素材分は、入金を確認させていただきました」

「では、残りはもう少し先になるが、キッチリ入金させてもらうから少し待っていてくれな」

「はい。よろしくお願いいたします」


 ルース達のこの町での収入としては途中で狩った素材の持ち込みと、ここでのクエストで金貨8枚と銀貨64枚分になっていた。

 以前のルース達では1週間で手にする事はできない金額だが、C級クエストともなればクエスト自体の報酬も銀貨単位であり、それに素材が加算されて割とあっけなく金貨を稼ぐことが出来ていたのだった。このまま頑張って金を貯めていけば、大容量のマジックバッグを買う事も夢ではなさそうである。


 こうして受付でのあいさつを済ませた3人が冒険者ギルドを出ようと後ろを振り返れば、室内にいた者達がいつの間にか集まってきており、ルース達を囲むようにして立っていたのだった。


「おわっ」

 皆に見られているとは思っていなかったフェルが、振り向いて声をあげた。

 それに時を置かずして、冒険者達が元気な声を出してから一斉に頭を下げた。

「「「「お世話になりました!」」」」


「何だよ、改まって…」

 フェルはそんな冒険者達に嬉しそうにしながらも、改まってそんな事をされ恥ずかしいのだろうか、モゴモゴとそう呟いた。

 ルースとソフィーも顔を見合わせ、困ったように笑いあった。

『今まで上の冒険者がおらぬ状況じゃったゆえ、こうしておぬしらが来た事で、色々と見えた事もあるようじゃのぅ』

 ネージュは、そう言って納得するように目を細めていた。


 それに微笑んで、ルースは集まっている冒険者へ視線を戻す。

「こちらこそ、お世話になりました。これからも頑張ってくださいね」

「「「「はいっ!」」」」

 嬉しそうにルースへ返事をする冒険者達はルース達とそれ程年齢も変わらない者達だが、だからと言ってそれに態度を緩める者はおらず、ここにいる冒険者達は先輩から贈られた激励を受けて、皆真っ直ぐな笑みを浮かべていた。


 そしてそこから一人、グラハムが出てきて胸に抱いているビヤンコを下に降ろせば、そのビヤンコはトコトコと足音を立てながら、ソフィーとネージュの傍に近付いてきた。


「ビヤンコ、グラハムさんと仲良くしてね?喧嘩しちゃだめよ?」

「ワンッ」

 言葉の意味が解っているかのように鳴いたビヤンコに、冒険者ギルドの室内は笑顔の花が咲く。

「こいつ絶対わかってないよなぁ?」

「タイミングが良すぎだろう」

 と声が聞こえれば、それに笑い声も混じっていく。

 それを耳に入れながらソフィーがそっとビヤンコの頭を撫でてやれば、まるで「ありがとう」と言っているように、その手に頭を押し付けてクゥ~ンと鳴いた。

『良い巡り合わせであったようじゃのぅ』

 ネージュの言葉に、3人は躊躇うことなく頷く。

「じゃあね」

 そう言ったソフィーはビヤンコを撫でるために屈んでいた姿勢を戻し、立ち上がってルースとフェルを見た。


 挨拶はもう終わりだ。

「それでは皆様、お元気で」

「じゃあな」

「みんな、頑張ってね」

 ルース達がそう言い終えると、囲いを解いてくれた冒険者達の間を抜け、ルース達は冒険者ギルドの扉を出て行ったのだった。


 それから3人が出て行きバタンッとその扉が閉まった後、皆が一斉に落とした吐息が響く。

「俺達と変わらない位の歳なのに、何か貫禄が違うよな…」

「だってC級だし、俺達とはそもそも出来が違うんだよ」

「歩く姿すら様になってるよな…」

「やっぱり格好良い(カッケー)…」

 そんな様々な感想が、年若い冒険者達の想いを乗せて落とされていった。


「ほらっ、お前たちもクエストに出ないと、帰りが遅くなるぞ」

 このまま誰も止めなければ暫くは誰も動きそうにないなと、ギルドマスターは皆を現実に引き戻すために、大声でそう呼びかけた。

「あっホントだ!」

「やばっ行かないと!」

 それでやっと冒険者達は自分たちの仕事を思い出した様で、続々と「いってきまーす」と元気な声を出しながら散り散りに冒険者ギルドを後にしたのだった。



 こうしてルース達が滞在した小さな町デイラングは、彼らと出会った事で様々な変化が起こり、ギルドの行く末も冒険者達の意識も、今まで以上の発展を見せる事になる。


 ルース達が旅立った後、冒険者ギルド本部から派遣されたダンジョン調査団は、数日ののち飛来し、その姿を見た者達で町は大変な騒ぎとなった。

 しかしその騒ぎはまだ序の口であり、その彼らが秘密裏にスノーベアがいた洞窟を調査してみれば、それはやはりダンジョンと呼ばれるものだと判明。

 そしてある程度の危険性をみるために2週間を費やし検分した後、この国の中でも3番目に大きなダンジョンであるとの結論を出し、国中に発表される事となった。

 しかし3番目と言ってもダンジョン内全ての確認を終えた訳ではなく、それはある一定の場所まで入っていきその洞内一階層毎の規模と枝分かれした道の数、そして魔物の強さなどを考慮し算出しているもので、後は危険を顧みない冒険者達や一攫千金を狙う冒険者達によって、その全容を解明していく事になるのだ。

 その為順位も暫定であり今後変動する事もあるかもしれないが、そんな些細な事はデイラングの町には関係のない事であり、デイラングとしては人の集まる町になる事で、その秩序を守りながら町を発展させていく事が最も大切な事なのであった。


「彼らに出会った事が、本当の意味での僥倖というやつだったな…」


 デイラングの冒険者ギルドマスターであるブルース・ハリオットが独り言ちた言葉は、一人執務室で呟いた為に誰にも聞かれることはなかったが、その顔は今までの苦労が報われたような爽やかな笑みを乗せていたのであった。


いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。

重ねて誤字報告もお礼申し上げます。<(_ _)>

今回のお話しで「第四章」は終了し、次話より「第五章」に入ります。

引き続きルース達にお付き合いの程、よろしくお願いいたします。


▼お知らせ▼

明日の朝は、『シドはC級冒険者』の番外編を投入いたします。(8時20分予約投稿)

こちらの本編は完結しておりますので、まだお読みでない方もご一読下さると幸いです。

併せてお付き合いの程、よろしくお願いいたします。

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