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【121】邂逅

 再び頭を下げ謝罪をしている青年に対し3人はもう何思う事は何もないのだが、そのままの状態の青年にどうしたものかと困り果てていれば、青年の隣に立つネージュの背中にいた物がその頭にちょっかいを出し始めてしまった。


 その子熊は近くに来た頭に手を乗せて、チョンチョンと突く…いや、叩いているではないか。

「ちょっと…駄目よそんな事しちゃぁ…」

 ソフィーが手を伸ばしてそれを止めさせようとするも、当然されている側の青年が先に気付いて頭を上げた。


「え…」

 そして今初めてそれに気付いたと思しき彼は、急に表情を崩して嬉しそうな顔になった。

「ありがとな。慰めてくれるのか…でも俺が悪いんだから、ちゃんと謝りたいんだ」

 その言葉を聞いた子熊はネージュの上でお座りをして、「ワンッ」と鳴いた。


 周りのルース達は困惑しつつも、なぜか会話が成り立っているように見えて不思議な気分でそれを見つめていた。

『会話が成立しておるようじゃのぅ』

 ネージュもそう感じていると話せば、ソフィーがおずおずと口を開いた。


「グラハムさんでしたか、貴方もしかして…調教師(テイマー)なんですか?」

 ソフィーが彼の表情をうかがうようにしてそう尋ねれば、グラハムはソフィーを見て一つ頷いた。そしてハッと何かに気付いた様に目を見開いて、ゆっくりと子熊に視線を戻した。


「お前、もしかして俺の相棒になってくれるのか?」

 いきなり膝をついて子熊の目線に合わせたグラハムは、ゆっくりと子熊に手を伸ばす。それに子熊は自分から鼻を近付けるようにしていき、彼の手をなめ回した。

『ふむ、喜んでおるようじゃのぅ』

 ネージュには多少子熊の気持ちがわかるらしく、ポツリと言葉を落とした。

 しかしネージュに言われるまでもなく、その子熊はグラハムに飛びつかんばかりに喜んでいるように見えた。


 調教師(テイマー)という職業(ジョブ)を持つ者は、一部の動物や魔物と意思を疎通させることができ、条件が合えばそれは自分の相棒となり行動を共にしてくれるのだという。

 ある者はその相棒に芸をさせ観客を沸かせる人気者となり、ある者は相棒を護衛として警備の職についたりもするらしい。そして冒険者となった者は、その相棒と共にクエストを熟し上位冒険者を目指すのだ。

 従って調教師(テイマー)とは相棒との巡り合わせを経て、その職業(ジョブ)を持ったものの生き方に合わせて活動する職業といえた。


 しかし、いくら調教師(テイマー)だからと言ってすぐに相棒が見付かるとも限らず、その職業(ジョブ)を授かったものは自分の相棒を探すため、機会あるごとに動物や魔物と接触を試み、相手が応えてくれるまでその行為は続くのだ。

 中には人生の半分を終えた頃に、やっと相棒となってくれる物を見つける者もいるらしく、調教師(テイマー)も苦労する職業(ジョブ)である事は他の職業(ジョブ)と同じなのであった。


 そして今、目の前にいるグラハムとスノーベアは、どうやら相性が良い巡り合わせであったという事らしい。

 ルース達3人はこの一期一会とも呼べる巡り合わせに、ただ黙ってそれを見つめていた。


「なぁ…じゃなくて。お聞きしたいんですが、こいつは誰かのペットなんでしょうか?まだこいつは誰とも契約していないと言っているんで、まだ誰の相棒(じゅうま)でもないと思うんですけど…」

 グラハムは勢い込んでルース達にそう話し出し、この子熊を相棒にしたいのだと一生懸命に訴え始めたのだ。


「ソフィーが答えてあげて下さい」

『ふむ。ソフィアの思う通りにすると良い』

「ネージュ…」

 懐いてくれた子熊を手放すことになるソフィーは、膝をついてネージュに視線を合わせると、慈愛に満ちた眼差しを向けた。そしてその視線だけを動かして、件の子熊に向ける。


「あなたはこの人と一緒に居たいのよね?」

 その言葉が分かるはずのない魔物へ向けての問いかけは、偶然なのか「ワンッ」と鳴いて答えた様な形となった。それに笑みを深めて頷いたソフィーは、今度はグラハムに視線を巡らせる。


「この子はペットでも何でもありません、私達のお友達です。だからこの子が貴方と共に居たいというのなら、誰もそれを止められないでしょう」

 ソフィーの言葉に、感激したかのごとく目を見開いたグラハムは、「ありがとう」と小さな声を出すのが精一杯の様で、両手をゆっくりとネージュの上に乗る子熊に伸ばし、そっと持ち上げてその胸に抱いた。

 その腕の中にいる物も嬉しそうに、その胸に顔をうずめ頭をこすりつけている。

 調教師(テイマー)と相棒となるものはこうして出逢うものなのかと、ルースはグラハムの人生の欠片を見る想いで、それを見つめていたのだった。


「なぁ…いいえ。あの、ここでこいつと契約させてもらっても良いですか?」

 もう一時も離れたくないと言わんばかりのグラハムは、今ここで契約させて欲しいと願い出た。

 ルース達は一向に構わないのだが、ここはギルドの中なのだがと顔を巡らせれば、室内の全ての者が動きを止めてこちらを見ており、そしていつの間に出てきたのか、執務室に戻ったはずのギルドマスターまで扉の前に立ちこちらを見つめていた。

 しかし許可を出すのならこの人物だと思い至ったルースは、ギルドマスターに視線を固定させ「よろしいですか?」という意味の合図を送れば、すぐさま頷いて返すギルドマスターを確認してグラハムに伝える。


「ええ。問題ありませんよ」

「ありがとうございます!」

 喜色を浮かべ胸に抱いた子熊を床に降ろしたグラハムは、「お前もいいよな?」と確認するように子熊に話しかけた。

 ルース達はその場から少し下がり、彼らの為に場所を作った。


「ワンッ」

 鳴き声で答えた子熊は、チョコンとお座りをして相棒となる者を仰ぎ見る。

 それに笑ったグラハムから緑の光が滲み出たように彼を包んだかと思えば、グラハムは指を自分の額に当てて口を開いた。


「我はこのものを生涯の友とし、このものも我を受け入れ永遠の友とする事をここで誓うもの也。“契結(コンクルージョン)“」


 光を纏ったまま、グラハムはその手を下ろして子熊の額へと移動させた。そしてその指が軽く触れたかと思えば子熊の額には緑に輝く光が灯り、そしてそれが浸み込むようにして消えるとグラハムの纏う光も消えた。


「お前の名前は…“ビヤンコ“だな?」

「ワンッ」

 今この人間と魔物の間に絆が繋がった様で、そう言ってグラハムは子熊の名前を呼んだ。


「わーっすげー!」

「契約なんて始めてみた!」

「良かったなグラハム!!」

 静かだった室内に一気に声が戻った。というより、それ以上の音量の声が室内を埋め尽くしたのだった。

 その受付の方で騒いでいる者達はそのまま盛り上がっており、しばらくはこの騒ぎが収まりそうにないなと、ルースはその様子を見て苦笑する。


 そこへギルドマスターが近付いてきて、ルースの肩を叩いた。

「ありがとう。グラハムはずっと相棒となる物を探していたんだが、まさかこのスノーベアだったとはな…」

 ギルドマスターも少々驚いているらしく、嬉しい中にも戸惑いを見せていた。


「えぇ?ビヤンコって、スノーベアだったんですか?」

 とその時、上ずったような素っ頓狂な声がグラハムから聞こえた。

 それに振り返ったルース達が今更?という顔になるが、これはまぁ仕方がない事だろう。

「って事は、もしかして…」

 何かに思い当たったグラハムがビヤンコを抱いて立ち上がり、その視線の先のギルドマスターは、頷いて掲示板へと視線を向けた。


 そこには、今まで数か月間貼り出されていたクエストがあったのだ。

「あのクエストを今日、彼らに受けてもらったんだが、その時に連れ帰ってきた子供だ」

 この町の冒険者なら、そこに貼り出されていたクエストを一度は目にしていただろう。その意味を理解したグラハムは「そうだったんですか…」と小さな声を落とした。

「もしそのクエストを受けた者が他の冒険者だったら、その子供も既にいない物となっていたかも知れない」

 そう言われてグラハムも納得した様で、ルース達3人に振り返り再度深く頭を下げた。


「本当に色々とすまなかった。俺はこいつの恩人に濡れ衣を被せ、糾弾してしまった…。本当に心から謝罪する。そしてこいつと会わせてくれて、本当にありがとう」


 この声でまた辺りが静まり返る事となり、皆はこの場面を見逃すまいと息さえも止めているかのように静かに見守っている。

 こうなると3人もいたたまれず、

「いえ、もういいですから…」

「もう謝ってもらったし」

 とソフィーとフェルは慌て出してしまった。

 そんな中ルースはギルドマスターへ視線を向け、どうにかしてくださいという顔を作る。

 それに気付いたギルドマスターが苦笑を浮かべると、頭を下げたままのグラハムの背中を叩いてくれた。


 それでやっと頭を上げたグラハムが困惑している3人を見て、申し訳ないと苦笑しつつも、今の謝罪について更に謝罪を重ねたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 一体どういう結末になるか…と心配してましたが、一番最適な未来に繋がったみたいで何よりです。 グラハムくんは根は真面目な性格みたいだし、きっと熊さん改めビヤンコと仲良く…
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