【119】思案と検討
「なぁ、行ってみるんだろう?」
フェルは、そう言ってルースとソフィーを見た。
ルースとソフィーはどうしたものかと顔を見合わせるも、一瞬の間を開けてルースが言葉を返す。
「そういえば昼食がまだですが、フェルは平気なのですか?」
ルースはこのまま入るにしても、時間的に昼食が先だろうと提案した。そしてこう提案すればフェルは食いつき、一旦考える時間が稼げると分かっての事でもある。
「あぁ忘れるところだった。そう言えば昼飯の時間だったな」
ルースの誘導に軽く引っ掛かったフェルは、もう意識が食事の方へと引っ張られているようである。
「そうね。このまま入るとなれば昼食は食べ損ねることになるでしょうし、ここは考える時間も取る意味で、いったん休憩にしましょう」
ルースの意図を汲んだソフィーもそう言った事で話は纏まり、焚火の傍まで戻った3人は、ネージュと子熊モドキを入れて昼食を食べ始めたのだった。
「そう言えば、シュバルツは?」
ソフィーはシュバルツがいないと気付き、ルースに尋ねた。
「彼は外にいると言って、飛んで行ってしまいました」
「アイツは自由にしてるよな」
別にずっとそばにいる必要もないので、それは個の自由だとルースは思っている。
「それで、あそこには入ってみるんだろう?」
フェルはソフィーに作ってもらったサンドパンを手に取って、そう言ってから大きく開いた口に入れた。
「どうしますか?」
ルースの問いかけは、ソフィーとネージュに向けたものだ。
「入ってはみたいけど、こういうのって気軽に入っても良いのかしら…」
『いいや。あそこは何事も起こらない、という事はありえぬのぅ…』
ネージュは壁に出来た黒い穴を見つめながら、そう呟いた。
「何か居るのですね?」
『うむ。どうやらあの中は、魔物の巣…』
「はあぁ?!」
フェルが素っ頓狂な声を出して、ネージュを凝視した。
「魔物の巣、ですか?」
『さよう。中からはそれらの気配が無数に感じられるゆえ、恐らく“巣“と考えられるのじゃが…同類ばかりではなさそうな…』
「え?色々な種類の魔物がいるという事?この中に?」
『その通り』
ルースはその話に一つ心当たりがあった。
ルースはまだ実際に見た事はないが、この国の中には魔物の巣ともいえる程の数が集まった洞窟があり、その中では目にしたことがないような宝物が落ちていたりするという、ある意味ではお伽噺の様な事が書かれている本を読んだことがあったのだ。
「本当にあったのですね…」
「ん?何がだ?」
ルースの独り言を拾ったフェルが、パンをかじりながら問いかける。
ルースはフェルに視線を合わせ、独り言の意味を話す。
「以前本で読んだことがあったのですが、ここは“ダンジョン“と呼ばれるものではないかと思い至りました」
「「ダンジョン?」」
「ええ。ダンジョンとは、言い換えれば迷宮とも呼ばれるもので、大きさはそれぞれに異なるらしいのですが、文字通り中に入れば迷路のような道が続き、気軽に入ってしまっては、道に迷って戻る事も困難になるとか」
ルースの言葉にフェルが硬直する。
「それに罠がしかけてあるダンジョンもあるらしいので、その場合は罠を解除しながら進むか、もしくは仕掛けを避けながら進むか…」
「罠をどうやって避けるんだよ…」
「罠ってどういう感じなの?足を取られるとかかしら?」
「罠を避ける方法は私も知りません。それにその罠は、獣に使われるような物ではないらしいです。その本に一例として挙げてあったものは、地面に突然穴が開いてどこか深い所まで落とされたり、今いる場所とは違う場所に飛ばされたり、棘の様なものが壁から生えて来たり…」
「何だよそれ、死んじゃうじゃないか…」
「ええ、そうですよ?行く手を阻む為の罠ですからね」
「う゛…」
「危ないのね…」
「ただ、今言ったダンジョンという物とここが同じかは、入ってみないと分かりませんが」
「じゃぁ、入るのか?」
『それはやめた方が良いじゃろうのぅ』
3人の話を聞いていたネージュが、ここで口を挟んだ。
「駄目なのか?」
『もしここがその言った物であれば、それはそれ用に予め装備と準備が必要になろう。行く先が縦穴しかなければどうやって進むのかえ?大きな水たまりが行く手を塞いでいればどうするのじゃ?そのようにそこへ入る者は予め死んでも良いという程の心構えと、それなりの準備が必要となるのじゃ』
ネージュの尤もな話に、3人は言葉を失った。
ルースも本で読んだ知識しかない為、そこまでは考える事が出来なかったのだ。
しかし、ここを報告するだけにしても入口付近は確認した方が良いだろうと、ルースは口を開く。
「では入口だけを確認して、すぐに出ましょう。そしてここを冒険者ギルドに報告して、後はお任せしましょう」
「そうね…その方が良いかも」
「まあ、そうだな…」
フェルは少々残念がっている様だが、こればかりは仕方のない事だ。
この国にもダンジョンというものがあるらしいので、そこに入る人達に任せた方が良いだろうとルースは思う。
「これから先、私達も入る事が出来るダンジョンがあれば、その時には入ってみましょうね。ここはまだ誰も足を踏み入れた事がなく危険度も分かりませんから、初心者がいきなり入ってはやはり無謀というものでしょう」
「そうだな」
「そうね」
こうして一旦食事をしながら話し合えば、この様な結論になったのだった。
あのまま後先考えず気軽に入っていってしまっては、もしかするともう戻って来られなかったかも知れない。今更ながらに一度考える時間を挟んで良かったと、ルースは胸を撫でおろしたのだった。
取り敢えずは食事が終わり、空洞の入口を覗き込んで灯りを照らせば、その中の空気が既に淀んでおり、ここからは別の世界であると伝えているようだった。
「奥には続いているみたいだけど、光は見えないな」
「そうね。何か嫌な感じはするけど、ここからは何も見えないみたい」
「生暖かい風が動いているようですね…」
3人はこれで見納めにして、町へと戻る事にした。
つまり、これはやはり簡単には入っていってはいけないものだと確認しただけである。
「ソフィー、それはどうするつもりなんだ?」
フェルは、ソフィーが胸に抱いている魔物を指さして話し、その指摘に更に抱き込んだソフィーが口を開く。
「この子はまだ魔物といっても敵意も何もないの…このまま町に連れて帰っちゃダメかしら…」
ソフィーがわがままを言うのは珍しく、その為聞いてやりたいところではあるが、それは何かあっては責任問題にもなり兼ねず簡単に許可を出せる話ではないのだ。
「町に連れ帰ったとして、どうするのですか?この魔物は従魔ではありませんので、従わせることはできないのですよ?」
ルースの正論に、ソフィーは返す言葉もなく項垂れた。
ソフィーの気持ちも分かる。可愛い子熊のような物と仲良くなり、ここで手放すのが寂しくて仕方がないのだろう。それにこのままここに置いておいても、ダンジョンを確認しに来た冒険者に討伐されるのは目に見えているのだ。魔物は子供でも魔物であり、それが大きくなる前であれば討伐する事も簡単になる。
『では、我がしばらくは預かろう。そして又旅に出た時にでも、人のおらぬ所に放てばよかろう。それならば、誰も心を痛めずに済む』
ネージュの申し出を聴いたソフィーは、片手を魔物から放してネージュの首に抱き着いた。
「ありがとうネージュ!大好きよ!!」
ソフィーの言葉に耳を倒して尻尾を振ったネージュは、満足気に目を細めた。
「わかりました。ネージュがそう言って下さるのであれば、町に連れて行きましょう」
「そうだな」
フェルも喜ぶソフィーを見て、嬉しそうに鼻の下を擦っている。
「では、町に戻りましょうか。これをギルドに報告しないとなりませんので」
「おう」
「ええ」
漸く纏まった話に、町へ戻るため3人は火の始末をしてその洞窟を後にしたのだった。
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それからデイラングの町へと戻ったのは夕暮れになる前で、3人は小さくなったネージュの背中に子熊モドキを乗せながら、冒険者ギルドへ向かって歩いて行く。
そしてまだ時間にも余裕があった為、町中では目についた店で食料を手早く仕入れ、パンや野菜や肉などの補充をしつつギルドへと到着した。
冒険者ギルドの中はチラホラと冒険者が戻り始めており、彼らはまだルース達よりも年下に見える事もあり、手軽なクエストを受けていた者達であると分かる。
「あ、もうお戻りですか?」
アリアが入ってきたルース達を見て声を掛けるも、遅くない時間に戻ってきたことで、もしかしてクエストが上手くいかなかったのかと考えていそうであった。
「はい、終了しましたので戻りました」
今度は誤解のないように、そう伝えたルースである。
それを聞いたアリアは、今度は嬉しそうに笑った。
「凄いわ。お戻りが早いので、もしかして駄目だったのかと思ってました…」
やはりルースが考えていた通りの思考だったらしいアリアに、ルースは苦笑して話を続けた。
「ご報告はギルドマスターにしたいのですが、いらっしゃいますか?」
「あっはい。今は書類仕事中なので、中にいます。じゃあ、こちらに来てください」
そう言って奥の扉を開けたアリアは、
「ギルマスー!ルースさん達が戻りましたよー!」
と大声を出したあと、開けた扉をそのままにして、中に入って下さいと3人を促した。
随分と大雑把ではあるが、このギルドには人がいないので致し方ないのだろうと、ルースは苦笑を抑え、アリアに礼を言って扉の中に入っていった。
ルース達が入ったと同時に、廊下の奥の扉が開きギルドマスターが顔を出す。
「おお、戻ったか。悪いが昨日の部屋に入って少し待っててくれるか?」
ここでも勝手に部屋に入れと言われたルース達は、その指示に従い、昨日使った応接室に入って大人しく待つことにしたのだった。