【117】赤い目
今朝のシュバルツは町から一足先に飛び立って行っており、既にこの森のどこかにいるはずである。ネージュに比べ、割とその辺りは自由なシュバルツだ。
そのシュバルツから念話が届く。
『今ハ中ニ居ルゾ』
先にクエストの偵察をしてくれていたらしいシュバルツの言葉で、目的の洞穴の中に魔物がいるのだと分かる。3人は顔を見合わせて頷きあうと、慎重に森の奥へと足を進めていった。
洞穴の入口が見えてきた30m程手前で、一度そこで進行を止める。
「あれか?」
「そのようですね」
「確かに何かの気配がするわ…」
「まだ中に居るみたいだな」
3人は小声で確認し合い、少し様子を見ることにした。
木の陰から洞穴の入口をうかがっていると、中から1体の魔物がゆっくりと姿を現した。それは体長にして2.5m位の白い熊の姿をした魔物で、ずんぐりとした体から伸びる短くも見える手脚は、太くがっちりとしている事がうかがえる。
「白いな…」
「そうね。名前から想像はしていたけど、本当に白いわね」
「保護色…だったよな?」
「そうですね…。でもあの魔物は、夏も白いのかも知れませんが」
「…そうだな」
今3人はその魔物を観察しつつ、出るタイミングを計っていた。
「ソフィーはここで待機です。何かあれば、後でお願いしますね」
「わかったわ」
『我が出るまでもなさそうじゃのぅ』
ネージュの呑気な声に笑みを落とし洞穴を注視していれば、もう1体も入口に現れ、先程の1体の近くで地面に鼻先を突っ込んでいる。
ルースがフェルと視線を合わせて目で合図をすれば、2人は同時に地面を蹴ってその2体へと突っ込んで行った。
2人の手にしている剣が陽の光にキラリと反射する。
それと同時にスノーベアが振り返り、その体を起こして2本の脚で立ち上がり威嚇の体勢を取った。そして青い魔法を溢れさせ2本の腕から出る鉤爪に氷を纏わせると、それをを武器へと変化させた。
『ガァァァーッ!』
「爪がデカくなったな…俺は右の奴に行く」
「はい」
それだけの言葉で2手に別れたルースとフェルは、左右から挟み込むように広がり魔物に立ちふさがった。
相手も一人ずつに狙いを定めた様で、それぞれの視線が交差すれば一斉にその場が動き始めた。
ルースが振り下ろす剣は太い腕の先の長い鉤爪に弾かれ、ギンッ!という音と共に返される。その魔物の表情は怒り狂っている様にも見え、殺気というものが目に見えるようである。そして白い体に輝く真っ赤な目は、ルースを逃がす事はないという程こちらを睨んでいた。
明らかに殺気の立っているこの魔物は、もしかするともう既に繁殖しているのかも知れないなと、ルースは冷たい汗が落ちてくるのを感じていた。
「めっちゃ怒ってんな」
フェルもその尋常ではない殺気に気付いた様で、何でこんなに殺気だっているのかと訝しんでいるようだ。
「子供がいるのかも知れません」
「ったく、厄介だな…」
獣に限らず魔物も繫殖期に入れば、少なからず殺気立ち気配をピリピリとさせる。子を護る親は、人も魔物も同じ想いであるらしい。
これは急いで対応しないと長引くかも知れないと悟ったルースは、一旦その思考を中止し戦闘に集中する。
「“疾風“」
そう言ってルースは跳ぶ。
そこへ振り下ろされた鉤爪に風がかすり、スノーベアの腕は宙を切った。
そして一気に魔物の背後へと移動したルースが剣を突き出せば、その魔物の背中に一つの赤い染みが広がっていく。
― グサッ! ―
『グガァーッ!』
傷を付けられた痛みで咆哮を上げる魔物は、対峙する者へクルリと身をひるがえして眼光を一層強くした。
今回のルースは間合いを混乱させる為、以前、未知の魔物と遭遇した時に追い風として使った疾風を自分の跳躍に応用し、ジャンプ力を強化するために使っていた。自分を押し出すイメージだったものを、下から押し上げるようにして一気に移動する為に使うのだ。
ルースは1体の魔物を中心にその周りを跳びまわり、そこへ振り下ろされた腕は次々と宙を切る。捕まえようとすればスルリと移動し自分を傷つける敵にスノーベアは殺気に怒りを上乗せすると、ルースを追いながら闇雲に腕を振り回してきた。
「“固定“」
魔物の周りを動き続けているルースは、2本の脚で立ちルースを追い続けて方向を変える魔物の足元を固定させた。
ボコボコと土が魔物の脚を包み込み、それによってスノーベアはバランスを崩し横に倒れ込んだ。
―― ドーンッ! ――
それを好機と見たルースは、再び“疾風“と口にして跳び上がり、その体の上に着地するようにして白い胸に剣を突き立てた。
――― グサッ!! ―――
自重と腕力を使った重い一突きは、白い体を難なく貫いて動きを止める。
ルースよりも大きく、立ち上がっている魔物への攻撃ではそこまで剣に力を伝えきれないが、流石に地面に横たわっている物へはその限りではない。
『ゴォアァァァーッ!!』
ルースが引き抜いた剣と共に跳び退ると同時に、大きな咆哮を上げたスノーベアは赤い血潮に染まっていった。
ゴボリと口からも血を吐き出した魔物は、まだ動けるのだと体を起こそうとして再び地に沈み、そのまま沈黙していった。
こちらはもう動かないとみたルースは、フェルの対峙する方を確認する。
フェルは盾で鉤爪を弾きながら一撃一撃にしっかりと狙いを定めていたらしく、白い魔物には無数に赤い筋が出来ていた。
そしてルースが加勢するため動き出そうとすれば、間合いを取ったフェルが剣を大きく振り上げる。
「月光の雫」
続けて踏み込んだ瞬間一気に魔物へと近付いたフェルは、その声に合わせるように輝く剣を振り下ろした。
そして光を帯びた剣から繰り出された一撃は、魔物の肩から腰まで弧を描くように深く切り裂いたのだった。
『ギォアァァァーッ!!』
既に後退して間合いを取ったフェルがいた場所には、そこから飛び散った赤い血がビシャリと音を立てて降り注いでいた。
ルースが加勢する間もなく、その一撃によりスノーベアは動きを止め、そのままグラリと前のめりに倒れた。
―― ドーンッ!! ――
それが倒れた周辺には風圧で舞い上がった雪が、今降ってきたかのようにキラキラと陽に輝いて舞い降りてきた。
『マダ居ルナ』
シュバルツはいつの間に到着していたのか、ルース達から少し離れた木の枝に留まりこの戦いを見ていた様で、終わったと思って気を抜こうとすれば、そう言って2人の気を引き締めに戻す。
『うむ。いるのぅ…じゃが小さい気配じゃ』
シュバルツを肯定するように、ネージュもそう言い添える。
ルースとフェルは顔を見合わせ、そして魔物が出てきた洞穴に視線を向けた。
「あの中って事だな?」
「そのようですね」
「じゃぁ、行くか」
「はい。…ソフィーはそのまま待機してください」
「わかったわ。気を付けてね」
10m位まで近付いてきていたソフィーを止めて、ルースとフェルはポッカリと穴をあけた暗闇に向かって歩いて行く。
中に魔物がいたところで、外の戦闘には気付いているだろうから、今更気配を消して入っていくまでもない。
しかしそれに気付いていても出てくる様子がない事から、ルースは嫌な予感がするなと心の中で警告を出す。
そして入っていった洞穴は、彼らが十分動き回れるほどの広さがある穴で、もう少し奥へと繋がっている様だった。
「奥が深いのか…?」
フェルも先が見えない穴に、目を凝らして呟いた。
「多少は奥がありそうですね」
ルースはそう返事をすると、手の平に灯りをともして光源を確保する。
「助かる。何も見えなくなるところだった」
明かりといえば背後の入口のみだ。その為その光が届かなくなれば、何が起こるのかわからない。
「ですね。では進みましょう」
「おう」
慎重に足を踏み出した2人はゆっくりとした足取りで、腰の剣に手を添えて奥へと進んで行く。
その穴は入口から50m程の奥行きがあるもので、途中で多少方角を変えながらその最奥へと辿り着いた。
「この先が行き止まりだな。あそこに何か居る…」
目の前を確認するように、フェルが言葉を落とす。
ルースもそれが放つ気配を、ここにきて感知する。
それはこの洞穴の最奥に当たる場所で、むき出しの地面に少しばかりの草や枝が集めてある一画があり、その上に白く丸い物がいるようだと分かった。
カサリ音を立てて動いたそれは顔を上げた様で、ルースの手の平の炎が作る灯りに、赤く光る2つの目が浮き上がるようにして見えた。
それは炎で赤く見えている訳でなく、当然さきほどまで外で対峙していたものと同じ色。
「子供か…」
「ええ、しかもまだ小さいですね」
数か月前に目撃されて貼り出されたクエストは、それを手付かずのまま放置されていた為に既に子を作り繁殖していた様である。そしてそれはルースが危惧した通り、殺すには躊躇う程の小さい子供であった。
しかしそうも言ってはいられず、ルースとフェルは剣に手を添えたまま相手がいつ飛び出してきても良いよう腰を落としつつ、ゆっくりとその小さな魔物へと近付いて行ったのだった。
やっとフェルがスキルを使いました。笑
一応練習では発動させ試してはいましたが、戦闘では初の使用となります。
このスキルは剣に魔力を貯め、その剣の威力を上げるものでありました。
その為少なからず魔力を消費するので、現在フェルは回数を打つ事ができません。笑