【116】気になるものは
「いらっしゃいませー。空いているお席にどうぞー」
3人が中に入れば、それに目を留めた給仕の女性が大きな声で話しかけた。
その声に促され、ルース達は一番端にある空いていた4人席に腰を下ろした。
ネージュとシュバルツもついてきているが、他の客はチラリと見る位で特に咎められなかった。
そしてソフィーの足元で寝そべったネージュと、一つ空いている席の背もたれに降ろされたシュバルツは大人しくしている。
『我モ少シ貰ウカラナ』
シュバルツから忘れるなよと念話が届く。
それに苦笑した3人は、わかっていると頷いて店内を見回した。
そこへお水を持った先程の店員がやってきて、それぞれの前に水を置いた。ネージュとシュバルツに一度目を留めるも、大人しくしていると確認しただけか、そのまま何も言わずに3人を見た。
「ご注文はお決まりですか?」
店内の壁にはメニューが貼りだしてあった。“日替わり定食・肉肉盛り定食・元気盛り定食“と書いてある。
「あの…元気盛り定食って何ですか?」
「“元気“ですか?それは辛い料理です」
ざっくりとした返事を聞いたソフィーは、分からないと顔に書いてある。
「辛い…というのはどういった物でしょうか?」
「あぁえっと、ライスという物の上にスパイスがたっぷり入ったスープの様なものがかかっていて、辛くて美味しいですよ」
店員も説明しきれないようで、そう言って苦笑する。
ルース達はライスも分からないし、辛いというスープも想像できなかった。
「うちの看板メニューなんで、お勧めです」
「それじゃあ、今日の日替わりは何ですか?」
「今日はお魚です」
「俺は、肉肉盛り定食にする」
「私は日替わりにするわ。ルースは?」
「では、元気盛り定食をお願いします」
3人はそれぞれ違うメニューを注文する事にしたようだ。
「畏まりました。日替わり、肉肉、元気をおひとつずつですね?」
注文を受けた店員が、笑顔を見せて戻っていく。
「よくアレにしたな、ルース」
「気になるので、頼んでみる事にしたのです」
「ふふっ、何が出てくるのか楽しみね」
それから暫く待っていれば、3人の料理が同時に運ばれてくる。
ソフィーの前の日替わりは、川魚を開いて衣をつけ、油で揚げてあるものだという。それは小麦色の衣を纏った魚が、付け合わせの細切りされた野菜に立てかけるようにして置いてあった。
フェルの肉肉盛りは、文字通り肉料理だ。薄切りされた肉が野菜と共にカラメル色のソースに包まれ、こちらも細切りされた野菜と共に山の様に盛られていた。そこからお腹が鳴りそうな香りが立ち上っている。
そしてルースの注文したものは、白く輝く粒状の物の上に薄茶色のとろみのあるスープがかかり、スープの中には大きくカットされた野菜がゴロゴロと入っている事がわかる。
「刺激的な香りがしますね」
ルースは目の前の料理を覗き込み、立ち上る湯気の香りを楽しんだ。
「辛そうな匂いだけど、旨そうだなぁ」
「よろしければ、お二人も味見してください。美味しそうですよ?」
「じゃあ、皆の物を少しずつ味見してみれば良いわね」
3人はそれぞれの味を知るため、皆の料理を少しずつ食べてみる事にした。
魚料理は纏った衣がサクリサクリと音を立て、それにかけてあるソースが果物の様な甘みを出し、魚の淡白な味と衣を繋ぎ一つの料理として完成させていた。
「身が柔らかくて美味しい魚だわ」
「こっちは無限に食えるやつだ」
フェルの肉料理は、薄切り肉に絡まる甘辛のソースが良い仕事をしていて、フェルは生で添えてある野菜にもソースを纏わせて口の中へと入れている。このソースはパンに付けても良いかも知れない。
そしてルースの頼んだものはスプーンで食べる物らしく、他の2人についているフォークとナイフがなく、スプーンしか出されていなかった。これはスプーンで掬って食べる物らしいと白い粒と一緒に茶色のスープを乗せて口へ運べば、口の中に広がるスパイシーな香りとバターの風味がする白い粒が口の中で調和され、刺激的かつ甘みと旨味も感じるという、何とも複雑で美味しい料理だと分かった。
「美味しいです…」
「辛いだけじゃないの?」
店員の説明では、ただ辛い物としか分からなかったので聞いているのだろう。
「ソフィーも食べてみてください」
ルースに言われ、ソフィーもスプーンに乗せてそれを食べてみる。
「わぁ複雑な味…バターの風味が辛みを抑えてくれているんだわ…この白い粒もモチモチしていて、とっても美味しいわね」
ソフィーの解説に興味を引かれたフェルも、ソフィーに続いてスプーンを手渡され、口に入れて目を瞑った。
「確かに辛いけど、無限に食えそうだな…食べてる傍から食欲が湧いてくる感じ」
フェルも旨いと納得している。
シュバルツも、フェルとソフィーが千切ってくれたパンに料理を乗せてもらい、一口ずつ美味しそうに食べていた。フェルはシュバルツにあげていたせいもあってか、料理とパンをお代わりしていた。
こうして3人はとても大満足の夕食を摂り、元気食堂を後にしたのだった。
「あの、ライス…だったかしら、他の料理と合わせても良さそうだったわね」
「そうですね。バターの風味がなければ、余りそのものの味が主張してこない物でしたので、何の料理にも合うと思います」
「旨かったぁ~。あそこは当たりだな」
それぞれが先程の食堂の感想を伝えながら道を戻れば、空も暗くなった頃に宿へと戻った3人であった。
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「「「おはようございます」」」
翌日ルース達は、冒険者ギルドに顔を出す。
ギルドの室内は、昨日の夕方にいた位の人数が既に集まっていた。
「おはようございます」
受付からアリアが3人に答え、挨拶を返してくれる。
その受付は、もう何人もクエストを受ける手続きのために並んでいた。
ルース達はそのまま、クエストの貼りだしてある掲示板に近付いて行く。
その掲示板の前にもまだ数人が立っており、迷うようにクエストを見ていた。
「もうF級位しか残ってないや…」
「お前が寝坊するからだろう?早く来ないとD級のクエストが受けられないって、分かり切ってるんだから」
彼らはD級のクエストを探していたらしいが、もう残っていないと肩を落としていた。
それらを耳に入れながら掲示板を確認していけば、確かにC級より下のクエストは殆ど残っていないと分かる。
「これなんてどうだ?」
そこでフェルが気になる物を指さし、ルースとソフィーに尋ねる。
そのクエストは森の中の洞穴に住み着いている“スノーベア“の討伐だった。
しっかりと読み込んでいけば、その洞穴は町の傍にある森の中にあって、この町への被害が懸念されるために出されたものであると分かる。住人に被害が出てからでは遅い為、早めに対処しなくてはならないものだ。
しかもその洞穴には2体が住みついているという目撃情報もあり、もし繁殖でもされれば更に増えて行ってしまうという事だ。だが、もう手遅れかも知れない…。
このクエストが貼りだされた日付は今から2か月も前のもので、その間誰もクエストを受けられずに放置されていたものだった。
「そうですね。こちらは早々に確認した方が良いでしょうから、今日はこのクエストを受けましょう」
「助かる」
3人がこのクエストを受けると決めた途端、ルース達の背後の者が声を掛けてきた。
ギルドマスターのブルース・ハリオットだ。
3人とも気配で人が近付いてきた事には気付いていたが、声を掛けられるとは思っておらず、そこは少し驚いてその人物を振り返る。
「「「…おはようございます」」」
「おはよう、急に声を掛けて悪かったな。3人が来たのが見えて、そのクエストを頼もうと思って出てきたんだが、先に決めてくれたようで良かった」
「はい。こちらは少し前から貼り出されているようでしたので、急いで確認した方が良いかと思います」
「そうなんだ。まだ人的被害は出ていないが、森の獣がやられたりしているらしくてな。そろそろ町の方にもちょっかいを出し兼ねないと、危惧していたんだ」
「分かりました。今日はこちらの対応に当たります」
「頼んだ。じゃあ、俺が受付手続きをする」
フェルが剥がした依頼書を受け取ったギルドマスターは、そのまま受付に入りアリアの隣に立って作業を始めた。受付は一つしかないのかと思っていたが、人員がない為に閉じていただけの様で、ギルドマスターは手際よく受付入力を進めていった。
ギルドマスターから特別扱いとも呼べる対応をされているルース達を、他の冒険者は珍しそうに見たり、文句を言いたそうにしている者もいるが、大きな声をあげる者は一人もおらず、ルースはそれに一つ息を吐いた。
「ではよろしくな」
「「「はい」」」
こうしてデイラングに到着した翌日から、ゆっくり休む間もなくクエストを受けることにした3人は、ギルドマスターに教えて貰った方角に進み、町から一時間程道を進んだところで森の中に入った。
ここはルース達が来た北東方向ではなく、町の北西側あたる森だ。この森にも川が流れている場所があるらしく、さわやかな空気に緑の香りも混じり、木漏れ日がキラキラと足元をてらしていて、雪も道の様に取り除かれており歩き易い森になっていた。
「この近くには、ソフィーの食べた魚を養殖している所があるらしいので、人が通った形跡がありますね」
「歩き易いな」
「川の近くで、お魚を養殖しているのね」
「その様ですね」
その森の道から途中で方角を変え、今度は人の入っていない様子の森に侵入していく。
この森の中にいるスノーベアがこの近くまで来てしまえば、魚を飼育している人達が襲われる事になるのだと、ルース達3人は気を引き締めて、その洞穴を目指し歩いて行った。
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