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【115】僥倖

 ギルドマスターの落とした言葉以降、ギルドの応接室に沈黙が下りた。

 ギルドマスターは言わずもがな、ルース、フェル、ソフィーも何も伝えられる言葉を持ち合わせておらず、このまま何もできずに終わろうとしている時、さらりとネージュの言葉が響く。


『魔石を一つだしてやればよかろう。束の間の凌ぎにはなるじゃろう』

 動きを止めていたルース達3人は、視線だけを動かしてネージュを見つめた。

「そうね…」

 最初に反応を示したのはソフィーだ。彼女の持ち物なので当然である。

 この際自分達のお財布の問題ではなく、このギルドの収入を助ける為に提示するのも良いだろう。

 ルースもソフィーの言葉に頷き、フェルも時をおかずに頷いた。


 3人が話し合いをしているとは知らぬギルドマスターは、ソフィーの呟きに「何がそうなんだ?」という顔をする。ギルドマスターの戸惑いを感じたソフィーが、慌てて口を開く。

「あっすいません、こちらの事でした。それで、その場しのぎにしかならないかもしれませんけど…ルース?」

 ソフィーの視線を受けたルースは、腰の巾着を外してソフィーへ手渡した。この中から好きな物を出してくださいという意味だ。

「ありがとう」

 受け取ったソフィーはさっそく巾着に手を入れて、ゴソゴソと選んでいる。


「おや?まだ何か素材があるのか?少しでも出してくれるなら、取り敢えずは助かるな」

 ギルドマスターはソフィーが袋に手を入れている様子を見て、素材を出そうとしている事に気付いたらしい。

「根本的な解決じゃなく、その場しのぎで申し訳ないんですけど」

 そう話したソフィーは袋から手を引き抜いて、掴んでいる物をそっとテーブルの上に置いた。

 そのテーブルの上には先程出した素材が並んでいるが、それはその中では全くの別類であると一目でわかる物だ。


 ソフィーが深紅の魔石を置いた途端、ギルドマスターの目が大きく見開いていった。

「な…?」

 何だそれは、とでも言おうとしたのか一声で言葉を止めたギルドマスターは、しばらくそれを諦視した後、やっと動きを取り戻して瞬きをした。


「余りお金にはなりませんか?」

 ソフィーは、一番大きな18cm程の物を出したのだが、魔石というものの相場がわからず不安そうにギルドマスターを見た。

「ごめんなさい、これ以上大きい物は持っていないんです…」

 しょんぼりとそう言ったソフィーに、ネージュが慰めるように頭を擦り付けた。

「いいや…その逆だ」

「逆?」

 フェルもそこで言葉を挟んだ。


 ネージュにもらった魔石は、町で見た事のある物よりも随分と大きいなとは感じていた3人だが、そう感じるのは3人が物を知らないせいだと思っている。

 ルース達が町で見掛ける道具では小さな魔石使った魔導具が精々だが、他に使われている物ではもっと大きな魔石を多用して使っているのかも知れないのだ。その為、ネージュにもらった魔石は、本来ならばそれらの状況を調べてから売りに出すつもりであった。


「逆とは、大きいなという意味だ。本当にこれを売ってくれるのか?」

「はい。買い取っていただけるのだったら」

「ああ、勿論買い取らせてくれ。これらを売りに出せば、当面は金の心配をせずに済みそうな程だな…俺にしてみれば、僥倖を得たという感じだぞ…」

「それなら良かったです。こんなこと位しかでないんですけど…」

「いいや、十分だよ。3人共ありがとう。これは納品先が決まり次第入金をさせてもらうから、少し時間をくれると有難い」

「はい。それで問題ありませんので、よろしくお願いいたします」


「…それで一つ聞きたいんだが」

「何でしょうか?」

「この魔石は、どこで見つけたんだ?」

 まさかこの出所を聞かれるとは思っていなかったルースは、一瞬思考を巡らせて答えを用意した。

「…この国の北側の地域、とだけお伝えしておきます」

「ん?…ああそうか、そうだな。…どこと限定して話してしまえば、大変な騒ぎになるからな…」

 最後の方は小声で聞き取れないが、ギルドマスターは今の答えで納得してくれたらしい。


「わかった。余計な事を聞いてすまなかった。じゃぁこれの書類を作るから、ちょっと待っていてくれ」

 そう言ったギルドマスターは慌てたように部屋を出て行き、それらを買い取る為の書類を手早く作っていった。

 そして気が付けば、外はオレンジ色の空が窓を埋め尽くす時間となっている。


「腹減ってきた…」

 フェルの一声で思い出したソフィーが、手続きを終え立ち上がろうとして途中で止まった。

「あの~」

「ん?何だ?まだ何かあったのか?」

 少し血色の良くなったギルドマスターが、出された素材を確認していた手を止めた。

「宿の方なんですけど、自炊できるところはありますか?」

 その事かと少しホッとした様にも見える顔をしたギルドマスターは、「あるぞ」と言ってその場所を口頭で教えてくれた。


 その後やっと応接室を出た3人が受付に戻れば、20人程の若い冒険者達が今日のクエストを終えたのか、その室内に集まっていた。

 クエストを終えるこの時間にこれしか冒険者がいないのかと、ルースはギルドマスターから聞いた以上にこのギルドは困窮しているのだと感じていた。

 その受付を一人で対応しているアリアが、戻ってきた3人を見て申し訳なさそうな顔をするので、ルースは近くを通った隙に声を掛ける。


「良いお部屋へ案内してくださって、ありがとうございました。広々としてゆったり使えそうです」

 と、アリアが勘違いしていたであろう事を訂正しておく。

 それを聞いてホッとした顔になったアリアは、「それは良かったです」と嬉しそうな笑顔も見せた。


「アリア、後ろが詰まってんだけど…」

 受付前に立っていた少年冒険者に指摘され、「あっごめんなさい」とその冒険者を振り返りってからルース達へ一つ頭を下げると、アリアは再び受付業務に戻っていった。

 パラパラと立っている冒険者達を避けながらルース達が歩き出そうとすれば、なぜだかそこにいた冒険者達が避けて道を開けてくれた。それに礼を言ってルース達3人は、冒険者ギルドを出て行ったのだった。


 その後、冒険者ギルドの中は人の声で一気に賑やかになる。

「誰だ?今の」

「見た事ない奴らだったな」

「あの子可愛かったな…」

「犬とカラスがいたぞ?」

「なんか、格好良い(カッケー)

 皆それぞれ言いたい事を口に出した冒険者ギルドは、この時だけは一時的に活気を取り戻した様に見えたのかも知れない。



 一方外に出てきたルース達は、空を見上げて息を吐いた。

 それは3人が同時にした動作で、顔を見合わせて笑いあう。

「結局、日が暮れてきちゃったわね」

「けっこう長い間、話してたもんな」

「そうですね…それで先程のお店はどうしますか?」

 今から行ってみるかと問いかけたルースに、ソフィーは苦笑いを浮かべた。

「今日はもう…夕食を作らないと遅くなっちゃうから、また今度で良いわ」

「なぁ、今日はもう店で食って行かないか?」


 商店の並ぶエリアに向かいながら、フェルがそう希望を出した。お腹が空いていて、我慢ができなくなってきているようである。

「そうですね。いつもソフィーにはお手数をお掛けしているので、今日は休んでいただく為にも外で食べて帰りましょうか」

「ふふっありがとう。じゃあ今日はそうしましょう?また食材を仕入れたら、美味しいものを作るわね」

「おうっ」

「ええ。楽しみにしていますね」


 これからの目的が決まり、3人は食堂を探しに向かって行った。

 食品の並ぶ店先まで辿り着くもそこは通過して、その先から漂う良い匂いに誘われるように足を進めた。

 今は夕食の支度を始める時間だが、食料品店の店先にも余り人は多くなく急いで歩く者もいないようで、住人らしきものたちは皆ゆったりとマイペースで歩いている。

 確かにこれは活気があるとは言い難いなと、先程聞いたギルドマスターの言葉を思い出していたルースだった。

 それにこの町の中には街灯がないようで、家の灯りや店先の灯りがそこを照らして、人々の足元を明るくしている位だった。完全に日が暮れてしまったらその明かりも頼りにはできず、足元に危険があっても気が付き辛くなるだろう。


「少々暗いので、気を付けてくださいね」

「そうね、ありがとう」

「確かに街灯がないから、暗く感じるな」

「そうですね。これからお店が閉まってくれば、今ある灯りも消えてしまうので、多分真っ暗になってしまうのでしょう」

「そういう事だな」

「じゃあ、夕方は早めに戻ってきた方が良いわね」


 ソフィーはクエストを終わらせる時間の事を言っているのだ。

 どのようなクエストがあるのかまだ確認はしていないが、確かに遅くなっては真っ暗になってしまい、移動するだけでも大変になるだろう。

 ルース達3人はこうして町の雰囲気も確認しつつ、食事をするための店を探す。


「お?あそこに入ってみないか?」

 フェルが一つの店を指さして言う。

 その建物は黄色い屋根が明るい印象を与えており、そこからお腹をさすりながら4人の男性が出てくるのが見えた。建物に設えてある窓から見える店内にも人の姿が確認する事ができ、この食堂が繁盛している店であろうことが(うかが)えた。


 “元気食堂“と読める看板が、店主の直筆なのか踊る文字で書かれているのが良い味を出している。

「元気食堂だって。何だか元気が出そうな名前のお店ね」

「ではこちらにしましょう」


 3人は今しがた閉じたばかりの扉を開けて、ふわりと香る食欲をそそる匂いに誘われるように、その店内へと足を踏み入れて行った。


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