【114】会議
ルースはフェルとソフィーに目を合わせると、ギルドマスターへ視線を向けゆっくりと口を開く。
「私達が滞在する間は、出来るだけクエストを受けさせていただきます」
本当は少し体を休めるつもりであったが、こんな話を聞いてしまってはそうも言っていられなくなってしまった。
ルースの声に下げていた視線を上げたギルドマスターは、その声の主を見つめて表情を緩める。
「すまないが、そうしてもらえると助かる」
「…だけど、何でD級までしかいないんですか?」
と、フェルは根本の疑問を口にする。
その問いに、ギルドマスターは困ったように微笑んでから話し始めた。
「先代のギルマスが亡くなった時に、皆出て行ったから…だな。先代のギルマスがいた頃は、冒険者達が自然と集まってくるギルドだった。そもそも俺もその人を慕ってここへ来て、定住する事にした一人だった。だがその人がいなくなった途端、冒険者が一人二人とここを出て行ってしまった」
「その出て行った方達が、C級以上の冒険者だったのですね…」
「ああ。俺とパーティを組んでいた奴らも、ここを出て行った…あぁ俺も以前はB級冒険者で、仲間とパーティを組んでいたんだ」
ギルドマスターの話に3人は頷く。目の前の人物の体つきをみれば、よく鍛え上げられた肉体にそれを疑う者はいないだろう。
「でも、その方がいなくなったからって、皆出て行ってしまうなんて…」
「まぁ、あの人は皆の希望の様な人だったからな…俺ももし状況が違っていれば、俺ですら皆と同じ行動をとったかもしれない」
「そんなに素晴らしい人だったのですか?」
「ああ。とても偉大な人だった…」
ギルドマスターはそう言ってから、ぼんやりと遠くを見つめた。
このデイラングという町は小さな町で、国の端に近い立地だ。だからだろう町全体が大人しいという印象で、言い換えれば村が少し大きくなっただけだと言えるものだった。
しかし当時の冒険者ギルドだけは、その中にあっても活気があり、血気盛んな冒険者も沢山集っていた場所だった。その分町中では酔っぱらって喧嘩をしたり、少し血の気の多い奴らが騒ぎもしたが、町の者達もそんな彼らが魔物を倒し、この町の危険を少なからず排除してくれていると理解し多少大目に見てくれていた為、町の皆はその冒険者達すら受け入れてくれていた。
しかしそれは冒険者ギルドのギルドマスターが、彼らをまとめ、暴れる者がいればしっかりと諫めてくれている事が分かっていたからに過ぎず、そのギルドマスターが居たからこそ、町としても大きな問題を起こすことなく、穏やかな日常を送ってこれたのだ。
その件のギルドマスターはその職に就く前まで、この国の最高ランクであるS級冒険者だった者で、冒険者を引退するにあたりこの町の冒険者ギルドマスターに就任したという、この国で知らない冒険者はいないと言える程の有名人であり、人としてもとても優れた人物でもあったのだ。
その人に何故この町を選んだのか聞いてみれば、「たまたまだな」という曖昧な返事をされただけで、なぜこの様な辺鄙な町に定住したのか、本当の理由はわからずじまいだった。
その彼がここでギルドマスターに就任すると、彼と関わった事のある冒険者が続々と訪ねて来たり、憧れている者がやってきたりと、次第にデイラングも賑やかな町になっていったのだという。
「だが彼は、亡くなってしまった」
「不死身の人間など、居ませんよね…」
「ああ…」
しばしの沈黙をもって、その彼の死を悼んでいる様に目を瞑ったギルドマスターは、再び目を開くと話を続けた。
「そしてその人がいなくなり、当然ギルドマスターも空席になった。しかし誰も次にやる者がおらず、なぜか俺が後を継ぐ事になってしまっていた…」
「どうして…なんですか?」
「俺はこの町に来て、ここで所帯を持ったんだ。彼の傍で安心しちまったというのもあったかも知れないが、ここで妻と出会って一緒になった。だから俺がこの町を出て行くのなら家族を連れていく事になるし、それはすぐに決断のできる事でもなくてな…身軽な冒険者達がどんどんこの町を出て行くのを、俺はただ見送っていた…」
「この町も良い町みたいなのに…」
「ハハッそうだな。地味な町だが、町の住人も皆穏やかな人達が多し村が大きくなった位の町だから、活気よりも呑気って感じが勝っているな」
軽口にも聞こえる話をしたギルドマスターは、言葉とは裏腹にこの町が好きだという表情を乗せて一つ息を吐いた。
磁力を帯びた鉱物がその磁力を失った時、それに纏わりついていた物が一気に剥がれ落ちるが如く、確かにカリスマ性のある人物がいなくなれば、その人に引き付けられていた人々が次々と離れて行ってしまうという流れは、誰にも止める事はできないのだろうとルースも感じた。
「結局はこの町に残った者でギルマスが出来そうな奴が、俺位しかいなくてな。で、俺がギルマスになってしばらくは、パーティを組んでいた奴らも助けてくれるために残ってはいたんだが、彼らも段々口数が少なくなっていって…それで俺は彼らの好きにして欲しいと頼んだんだ」
「それで皆さん、居なくなったのですね…」
「ああ…。今この町にいる冒険者はこの町で生まれ育った者ばかりで、それはその人がいた時に集まってきた冒険者に憧れて、冒険者になった者達だ」
「みんな私達位の年齢の人達、という事なんですか?」
「そうだな。まだ子供だと言って良い位の奴らばかりだな」
ソフィーの問いかけにそう答えたギルドマスターは、眉尻を下げて3人を見る。
「あいつらも頑張ってくれれば、君達のように若くてもC級までいってくれる者も出てくるだろうが。まぁいつか上がってくれるのを、今はただ待つだけだな…」
それは彼らが成長するまで待つという意味で、それは後何年かかって成し遂げるものなのかは分からない事だ。その間、綱渡りのような運営を続けなければならず、ギルドマスターが頭を抱えている要因である様だった。
「何か注目を集める事が出来れば、こんな辺鄙な町にも足を向けてくれる冒険者がいるだろうが、そんなうまい話はおいそれと出てくるもんでもないからな」
すっかりこのギルドマスターは、ルース達3人にこの町の内情を話してしまっており、それはこれまでに溜め込んできた悩みを聞いてもらいたいという様にも感じる。
ルース達がいくらC級とは言え、ただの通りすがりの冒険者でありここに定住する事はできないし、力になれると言えばこの町にいる間だけという限定的なものなのだ。
『そのように心を痛めるな…』
ネージュがソフィーに向けた言葉でフェルの肩がピクリと揺れ、その肩にいるシュバルツはそれで身じろぎをする。
しかしただ、今の声でギルドマスターが反応した様子もない事から、ネージュの声がルース達3人だけに向けられたものであることがわかった。
ルースはネージュの言葉を確認するように、そっとソフィーの顔を見る。そのソフィーは唇を噛み、無力な自分を悔しがっている様に見えた。
ソフィーの気持ちも分かるが、しかし何かその人の代わりとは言えないまでも、人が立ち寄りたくなるようなものがなければ、この物静かな町には人も寄り付かないのだろうとルースは思う。
今迄は、ルース達の様にこうして時々旅をする冒険者が立ち寄る位だったらしく、それすらも確実性のないものであり当てにはできず、このままではこの町の冒険者ギルドが無くなってしまうのも、時間の問題にみえた。
「何か注目を集めるようなもの、ね…」
フェルも、ソフィーの表情を見て何か考えを絞り出そうとしている様だが、そんなものがすぐに見付かるのであれば、ギルドマスターもここまで苦労はしていないだろう。
「国中の話題になる様な、大きな魔物がでる…とか?」
フェルは注目を集めるのなら、話題に上るような魔物が出れば良いと言う。
「そんな魔物が出てしまったら、大変な事になっちゃうんじゃないの?それに、それをどうやって出すの?呼んでくるの?わざわざ…」
「話題に上る程の魔物といえば、A級やS級の冒険者が対応する魔物になる。そんな魔物が出てしまえば、冒険者が集まる以前にこの町がなくなるな…」
ソフィーに続き、それを聞いたギルドマスターも難色を示す。
「じゃあ…お祭りをするってどうですか?お祭りって人が集まって来るでしょう?その中に冒険者がいれば、この町を気に入って住み着いてくれる人がいるかもしれないわ?」
「俺も一度はそれを考えた事があるが、それではこの町全体の事になってしまい、この町に迷惑を掛ける事になる。ただ祭りといって人を集めるのは良いが、当然大勢の人が集まれば、よからぬ考えをもって寄ってくる者もいる。人が集まる場所には、盗みや殺傷を起こす者も少なからず紛れ込んでいるからな」
こうしていつの間にかギルドマスターとの話は、この冒険者ギルドの会議の様な形になっていた。
だがそれに気付いている者はルース1人だけの様で、不運なギルドの手助けを始めたお人好しの友人たちを、ルースは自慢の仲間だと感じて心を温めたのだった。
「じゃあ、このスライム…はダメか…。これは珍しいヤツじゃないもんな」
「そうですね。“虹“であればまだ、話題性はあったでしょうが」
「ん?君達は虹を見た事がある様な言い方だな…知っているのか?」
「この前見ました」
「…ええ」
「そうか…では君達があれを捕まえたのか?」
その言葉で、ギルドマスターもルース達が獲ったレアスライムの事を知っているらしいと分かる。
「…はい。ご存じだったのですか?」
「ああ。レアが出れば、その話はギルドの中で流れてくるんだ。最近の話では、半年位前に出た一体だけだからな。そうか、君達か…」
そう言ったギルドマスターの口調は、この町でレアが出なかった事を残念がっている様にも聞こえるものだった。もしここに買い取りをお願いしていたのなら、この町の名前も有名になったかも知れないのだ。
そう思い至ったルースは眉尻を下げ、ただ申し訳ないという気持ちでハリオットを見つめたのだった。
2024.5.6 ギルマスになった経緯で、一部追記しました。(内容に変更はありません)




