【113】ギルドの事情
その慌てた様子に戸惑ったのはこちらである。
「あ…いえ別にそういう事ではなく…」
ルースが話をしようとすれば、ルース達の後ろにいたらしい冒険者が近付いてきて声を掛ける。
「おい、アリアをいじめるなよ」
そう言われたアリアはなぜかしょんぼりと下を向いており、やってきた冒険者を見上げて口を開いた。
「グラハム…」
この冒険者と親しいのかそう名前を呼んだその時、受付の奥にある扉が開き、中から体格の良い男性が出てきた。
「どうした?何かあったのか?」
何やら続々と人が集まって大事になってしまったらしいと、何もしていないはずの3人は困惑して顔を見合わせた。
最後に出てきた男性が泣きそうな表情のアリアを見てから、ルース達一人一人に視線を巡らせて言う。
「俺は、この冒険者ギルドのギルドマスター“ブルース・ハリオット”だ。君たちはうちの職員に何をしていたんだ?」
この男性、ハリオットと名乗った人物はギルドマスターという事らしいが、前に見た事のあるギルドマスターよりも威厳がないなと思ったのは少し失礼だが、年齢も30代位で貫禄というものが少ない気がするなと、ルースは訳の分からない騒ぎから逃避するように、別の事を考えて一つ息を吐いた。
「私達は何もしておりません」
ルースはしっかりとそう話した。
「いいや、しただろう!お前たちが入ってきた途端、アリアの様子がおかしくなったんだ。絶対に何かしてるんだ!」
ルース達の後ろにいる青年がそう言い放った。
部外者が口を挟んでくれば碌なことにはならないと、ルースは彼の言葉に肩を落とした。
「ねぇ…どうなってるの?」
「さあ…」
ソフィーとフェルも小さな声で確認し合っている。
これ以上何を言っても話は違う方向へ進みそうだと、ルースはそこで一度口を閉じた。
「では君たちの話を聞くから、付いてきてくれ」
そう言ったギルドマスターは、頭をクイッと傾けて、3人に付いてくるように言った。
ルース達は顔を見合わせるも他に選択肢はなく、困ったように肩をすくめてから言われた通りにギルドマスターの後ろをついて行き、奥の扉へと入っていく。
残された受付では、グラハムと呼ばれた青年が職員のアリアをいたわるように、その肩に手を添えて話しかけている。視界の隅にその姿をとらえ、随分と親しい関係なのだなと思いつつ、ルースは前を行くギルドマスターの後ろを黙って付いて行った。
連れていかれたのは今度は執務室ではないようで、その室内には事務机がなく、テーブルの周りに使い込まれたソファーがあるだけの部屋であった。
「そっちに掛けてくれ」
そう言ってルース達を座るように促したギルドマスターは、自らも対面に座り皆の着席を待った。
ルースとフェルとソフィーは、3人がけソファーに並んで座り、ネージュはソフィーの足元に、シュバルツはフェルの肩に留まっている。
「君たちはこの町に来たばかりの者か?」
いきなり話し始めたギルドマスターに視線を向けた3人は、なるべく早く終わらせて欲しいと、そんなことを考えていた。
「はい。本日この町に到着し、先程こちらの宿泊所をお借りいたしました。私達はC級冒険者パーティで、私がルース、彼がフェルゼン、そして彼女がソフィアで、彼らは彼女の従魔です」
しっかりと自己紹介をしたルースにギルドマスターは少し目を見開いた。
先ほど職員のアリアからC級冒険者が珍しいと聞いていたので、今の反応はそのせいだろうとルースは思った。
「そうか…で、その部屋に何か不都合でもあったのか?」
アリアといいギルドマスターといい、なぜそこを気にするのかとルースは困惑するも顔には出さない。
「いいえ、何も不都合はありません」
そうは言ってもまだ何も利用していない為、こう言うしかないのであるが。
「では何か、他に問題でも?」
片眉を上げてこちらを見ているギルドマスターは、少し不安そうにしている様にも見えた。
「いいえ。先程受付に伺ったのは部屋の事ではなく、別件です」
「ああ…ではあれが、勝手に勘違いしたって事か。そうか…悪かったな」
そう言ったギルドマスターは自分も勘違いしていた事に気付き、そう言って謝罪した。
「いいえ、分かっていただければそれで。その別件というのは素材の買い取りだったのですが」
「買い取り?」
「はい」
ルースは自分の巾着を触りながら、フェルにも素材を出すように合図を送った。
そして2人はテーブルの上に今回貯めてきた素材を出していく。フォレストボア・ブルースライム・ブラッディベアの皮、そしてスノーウルフだ。ブラッディベアの皮は、村長から持って行ってくれと渡された物である。
これらを入れていたお陰で収納が限界に近かったため、やっとスッキリしたと心の中で息を吐き、今後はもう一つマジックバッグがあっても良いかなと、思考が飛んでいたルースであった。
ルースとフェルがそれらの素材を出し終えても、ギルドマスターからは何の言葉もなく反応もない。それに違和感を覚えたルースがギルドマスターの顔をみれば、なぜか目を大きく見開いて固まっていたのだった。
「どうかしたんですか?」
しびれを切らしたフェルがそう言ってギルドマスターへ声を掛ければ、やっと我に返ったかのように素材から視線をはがして3人を見た。
「これは…この素材を売ってくれるという事か?」
「はい。できれば買い取りをお願いしたいと。もしダメなようで…「やっ、勿論うちで買い取らせてもらう…いいや、買い取らせてくれ!」」
食いつき気味のギルドマスターに、ルース達は驚いて目を瞬かせた。
「あ…あ~悪い。ちょっと前のめりになってたな」
と、自分の態度がおかしかったと気付いたギルドマスターは、浮き上がっていた尻をソファーに沈め、背もたれにその背を預けて大きな息を吐いた。
「すまない。きっと君たちは怪しいギルドだと思っているだろうな。これには少々事情があって、この素材を売ってくれると助かるんだが」
「事情?」
フェルがそこで声をあげた。
「ああ。何といえばいいか…。結論から言うと、このギルドは金がないんだ」
「え?お金がないんですか?じゃあ買い取ってもらっても…」
「いやっそこは大丈夫だ。この素材を売りに出した金を支払うから」
「はぁ…」
フェルは気の抜けた返事をして、深く座り直した。
「それでは、こちらの買い取りをお願いいたします」
ルースはそれが正式な申し出であると、念を押した。
「そうしてもらえると助かる。入金されたら必ず支払うよ」
「あの…それで、何でお金がないんですか?冒険者ギルドの組織って、困ってたら他のギルドが助けてくれるんじゃないのですか?」
ソフィーは、以前ギルドでもらった冒険者の入門書に書いてあった事、“冒険者ギルドカードは国内のどこのギルドでも共通で使える物である“という一文を思い出し、このギルドは組織として繋がっていると考えていた為、この質問を出したのだ。
「それはない。冒険者ギルドは、表向き大きな括りで全て繋がっていると言えるが、実際の運営はそれぞれのギルドが自分達で管理しなければならず、他のギルドの事など関わっている余裕はないんだ」
そうあけすけに話すギルドマスターは、困ったように眉尻を下げた。
「この町の冒険者は、一番上がD級でな…」
「あ、さっきアリアさんに聞きました」
フェルの言葉に頷いたギルドマスターは、再び口を開く。
「多少本部からの補助はあるが、ギルドの運営は、基本的には冒険者が熟すクエストの報酬や素材の売上げから、その管理費として引いた分が主な収入源となっているんだ」
どう聞いてもこれは内部情報を話しているように聞こえるが、当のギルドマスターが話しているのでルース達は黙って聞いていた。
「その為、通ってくる冒険者は、なるべくなら上位の者に居て欲しいと考える」
「下級冒険者が受けるクエストでは、報酬が少ないから…ですよね?」
ソフィーの指摘にギルドマスターは頷く。
「上位の…せめてC級冒険者のクラスでなければ、報酬の高い危険な魔物とは対峙できないからな」
「そうか。だからD級しか居ない冒険者ギルドは…」
「お金がない。収入が少ないのですね?」
「ああ。だから当然職員の給料も払えなくなるから、職員は今一人だけだ」
「それがアリアさんっていう、さっきの人…」
ソフィーの声に一つ頷いたギルドマスターは、あれは俺の娘だと話した。
「給料なんてほとんど出せないから、まだ16の娘にタダ働き同然で手伝ってもらっている。親としては恥ずかしい話だが、背に腹は代えられない…無い袖は振れない、というところだな」
そう言ったギルドマスターは、困ったように頭を掻いてため息を落とした。
今の説明で先程の事は、ルース達が借りた部屋をキャンセルしにきたと勘違いしたため、アリアもギルドマスターも慌てていたのかと理解する。僅かな収入といえど、折角の収入がキャンセルされてしまうとなればそれは焦りもするだろう。
その様な内部事情があって勘違いされたのかと、ルースは深く納得したのだった。
余談:この町にはD級冒険者(Dランク)までしかいないから、町の名前がデイラングになった訳ではないんです。本当にたまたまの偶然で、ダジャレでも引っかけでもなんでもなく、それに気付いた筆者も驚きでした。笑
(元ネタを言ってしまえば“K○ラング“という人名を参考につけた町名です)