【112】デイラングの町
三叉路を南下する事3日。
ルース達はやっと町と呼べる場所に到着した。
あれからは特に魔物と遭遇する事もなく、日中は道を、夜は少し木立の中に入って野営をして過ごし、雪や雨が降る事もなく、寒くはあるが旅をする者にはまずまずの天候となった。
そうしてたった今到着した町は一応隔壁には囲まれているものの、入口に立つ門番らしき人影もなく、開放的な町なのかとも思いつつその門を潜り、ルース達は町へと入っていった。
「ここは何ていう町なんだ?」
人の姿もチラホラと見える町中の通りを歩きながら、フェルがルースを振り返った。
「フェル、さっき入口の門の所に書いてあったけど、見てなかったの?」
「え?そうなのか?俺は見なかったぞ?」
見ていない事を当たり前のように言うフェルに笑って、ルースは答えを伝える。
「この町は“デイラング“という名前のようですよ」
「へぇ、デイラングねぇ」
「「………」」
そのフェルはルースとソフィーの前をネージュと並んで歩き、もう町の名前の事に興味はないようで、辺りを珍しそうに見回していたのだった。
聞いた割りに何の反応も示さなかったフェルはただ何となく聞いただけの様だったなと、ルースとソフィーはいつもの事ねと顔を見合わせてクスリと笑ったのだった。
そのデイラングという町は、先日いたトリフィー村よりは明らかに大きな居住地区であるが、大きな町に住んでいたソフィーには物足りなく感じているらしく、特に何の反応も示さず目の前の店々をただ確認するようにして歩いていた。
「八百屋さん、お肉屋さん、雑穀屋さん…?」
「雑穀屋って何だ?」
フェルがソフィーを振り返れば、ソフィーはその店を指さして店頭の看板に書いてあるのだと話す。
「何かしらね…」
「では後で、覗いてみますか?先に冒険者ギルドを確認してからになりますが」
「そうね。後で又この辺りのお店を見て回りたいわ」
「いいね、後で来てみような」
こうして小さな商店が軒を連ねる通りを歩き、3人は冒険者ギルドを探した。
「冒険者ギルドって、在る方角が決まってたりはしないのよね?」
「そうだな、町ごとに違ってた気がする」
「ええ、決まってはいないのだと思います。いつも商店街から少し離れた所にある印象はありますが、その町それぞれ賑わう通りの場所も違うのでしょうし、多分方角では決まっていないのでしょう」
「へぇ」
「そういうものなのね」
そう話しながら歩き、人通りもなくなってくる方向へと進んで行けば、そこには冒険者ギルドに良く見られる堅牢な造りの建物が見えてきた。
「あれじゃないか?」
フェルが一番に気付いて指をさし、ルースとソフィーもそうかも知れないと言って、3人はその建物へと近付いて行った。
それにはやはり“冒険者ギルド“という看板が掲げてあり、ルースの考えがあながち間違いではなかった事を裏付けるものであった。
今は昼を過ぎた時間の為きっと中は混んではいないだろうと、そのまま3人はくたびれた扉をギーッと鳴らしながら中に入っていった。
入った冒険者ギルドの中は少々薄暗い気もしたが、人も2~3人いると確認できた。
ルースとフェルはソフィーを間に挟み込むようにして歩き、ソフィーの後ろにはネージュが続く。そしてフェルの肩にはシュバルツが留まっており、その黒い目をクリクリと動かして周りを観察していた。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいますか?」
1つしかない受付には職員が誰もおらず、ルースはその前に立って声を掛けた。
「はーい!今行きますねー!」
場違いな程の明るい声が受付奥の扉の中から聞こえてきて、続いてパタパタと足音が聞こえたと思えば、その扉を開けて一人の若い女性職員が出てきたのだった。
「こんにちは。デイラングの冒険者ギルドへようこそ。今日はどのようなご用件ですか?」
はきはきとした話し方の女性は、ニッコリと笑みを浮かべて3人を見た。
そしてフェルの肩に留まるシュバルツを見て、一度大きく目を見開く。しかしそれもすぐに元に戻り、何事もなかったようにソフィーを見る。
しかし次に声を出したのがルースであった為、すぐさまルースへと視線を向けた。
「こんにちは。こちらは宿を併設されていますか?」
「え?…ああ、冒険者ギルドの宿泊所の事ですね?はい。今は誰も使っていないので、空いていますよ!」
何だか嬉しそうに返事をした職員に、3人は顔を見合わせてしまう。
『胡散臭いギルドじゃのぅ』『変ナ所ダナ』
ネージュとシュバルツが同時に念話を送ってきた。
その彼らに苦笑を見せ、ルースはフェルとソフィーへ視線を戻して話をする。
「こちらは空いているようですが、ここで良いですか?」
「…おう」
「ええ…」
少々不安をあおられた形の2人だが、それでも戸惑いつつ了承した。
「こちらの宿泊所は、獣も同伴できますか?」
ルースが大事な事を聞き忘れていたと職員に確認すれば、「何でもありです!」と変な答えが返ってきて3人は失笑した。
「では3人と肩にいるもの、それとこの後ろの彼も一緒にお願いします」
「え?後ろ?」
ソフィーの後ろに立っていたネージュは、どうやら職員からは死角になっていたらしく、ソフィーが少し位置をずれてネージュを見せれば、女性職員はまた大きく目を見開いて驚いた様に口に手を当てた。
「あの…ダメでしたか?」
ルースの声にハッと我に返った女性職員は、ウンウンと今度は首を縦に大きく振って「大丈夫です!」と言った。
「…ではお願いしたいのですが」
「あっはい。3人部屋でよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
「ご宿泊は一日ですか?」
「いえ、一週間程できますでしょうか?」
この町では疲れを取るために、取り敢えずは一週間滞在すると事前に決めていた為、ルースはそう申し出た訳なのだが、その言葉を、その職員はまるで感動する言葉を言われたかの様に喜色を浮かべ、「本当に一週間ですか?」と聞き直してきたのだった。
何かおかしいと3人は気付いているが、今更なかったことにするのも失礼だろうと、そのまま3人は冒険者ギルドの宿を借りる手続きをして、ここの裏にあるという宿泊棟へと案内してもらう事になった。
「お三人はC級パーティなんですね!すごいわ!」
「え、ここにもC級パーティの冒険者はいるんですよね?」
フェルの返した言葉に、そのギルド職員“アリア“は肩を落として下を向いてしまった。
「この町の冒険者は、C級がいないんです」
「え?じゃあB級?」
「いいえ…お恥ずかし話ですが、一番上位の冒険者はD級です…」
「「「………」」」
ルース達3人は、アリアの返事に黙り込んだ。
今迄立ち寄ってきた各町の冒険者ギルドでは、下はF級から上はC級、そしてB級A級はその時々で居たりいなかったりはしたが、一番上位の冒険者がD級だという町は初めてだった。
「そうなのですね…」
聞いてしまった手前、返事をしないのも失礼なので、ルースは無難にそう返した。
「だから、お三人がC級パーティだと伺って、クエストを1本でも受けて下さらないかなと思いまして…」
何だか事情がありそうないい方に、ルース達3人は顔を見合わせた。
そして困ったように微笑んだフェルとソフィーは、それでも一応は頷いてくれた。
「分かりました。後日クエストを確認させていただきます」
「本当ですか?ありがとうございます!」
そう言って笑みを広げたアリアは3人を宿泊棟へ連れて行くと、眺めの良い2階の角部屋へと案内してくれた。
「こちらをお使いください。今は宿泊棟を誰も使っていないので、少し位騒いでも大丈夫ですからね」
と要らない情報まで教えてくれ、「それでは戻りますね」と言ってアリアは走って去っていったのだった。
そこでルース達だけとなった室内は、本当は4人部屋の様で、ベッドが4つあって3人部屋よりも明らかに広い部屋である事に気付いた。
「ここ、4人部屋みたいね」
「4つあるしな…」
「料金は3人分しか支払っていませんが、誰も使っていないという事のようですから、ご厚意で広めの部屋にして下さったのでしょう」
ルースの話にフェルとソフィーが頷いて、取り敢えず皆が重たい荷物を降ろす。
「何だか、職員も一人しかいないのか、忙しそうだったわね」
「そういや、余り人の気配がしないギルドだったな…。何だろうな、ここのギルド」
「さぁ…何か事情がおありの様でしたので、余り深くは聞かない方が良いかも知れませんね」
「そうね」
「まぁな」
「んじゃ、これから町中に出てみるって事でいいのか?」
一旦その話が終わったとみたフェルが、この後町へ繰り出すのだろうとルースとソフィーの顔を見る。
「そうね、ちょっと町中を見てみたいわ。あっここって自炊する場所はあるのかしら…」
「ではこの後、また受付に行ってみましょう。素材の買取りをお願いしたいと思っていましたので」
「そうだな。せっかくなら少し懐が潤ってから買い物に出た方が、気分もいいしな」
「ネージュとシュバルツも、それでよろしいですか?」
『我は構わぬぞ』
『問題ナイ』
ネージュ達の返事ももらった3人は、軽く汚れを落として身なりを整えると、再び剣と巾着を腰から下げ、身軽な状態になって部屋を後にした。
冒険者ギルドの宿泊棟は、中庭を挟んだギルドの真裏に当たるため、すぐに冒険者ギルドの建物へと辿り着き、再びくたびれた扉を潜って中へと入っていった。
今度は受付に先程のアリアが立っていて、3人が入ってきたことに驚いた様子だ。
「何か不都合がありましたでしょうか?!」
受付まで近付いてきた3人へ、そしてアリアは焦ったようにそう問いかけたのだった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
重ねて誤字報告もお礼申し上げます。
こうして皆様に助けていただき、とても感謝しております。
明日も引き続き、お付き合いの程よろしくお願いいたします。