【106】話し合い
「何だか、さっさと終わったな…」
「これからですよ、フェル。この話が少なからず次に来る司祭様の耳に入れば、光魔法だけの使い手では、魔導具を起動できないのではないかと怪しまれます」
『そこから、“ではその者は何者じゃ“という話にもなろうのぅ』
「はい。そしてその者を探し出して、確認をしようとするでしょう」
ルース達は教会から引き揚げ、今は借りている建物の中で休んでいる。そこで、先程の教会での話をしているところであった。
「だからそれまでの間に、この村から遠く離れるんだよな?」
「そうです。なるべく発生源から離れていた方が、探された時に時間は稼げるかと」
「じゃあ、すぐに出発するの?」
「明日には出発した方が良いでしょう。ですが、直ぐにどうこうなるという話でもないでしょうし、その先の事まで今は心配する必要はありませんよ?」
ルースは、フェルとソフィーの顔が強張ってきたことに気付き、余り気を張り詰めていては、今度は体を壊してしまう事になるからと肩の力を抜くように話す。
「ただ、やはりソフィーの職業が“聖女“と出た訳ですから、痕跡を残さない為にも、今後は人前でステータス確認もしない方が良いでしょう」
「そうね。でもルース達と会うまでは、確かに職業なんて出てなかったのに、半年やそこらで既にその職業レベルも上がってるなんて…驚きだわ?」
「そういや俺も、レベルがえらい事になってたな…これってやっぱり…」
フェルはそこで言葉を切って、改めてルースの顔を見た。
3人は床に円を描いて座り、カップに入っているお茶を手にしている。ルースは手に持っていたカップを床に置き、ソフィーの顔を見た。
「以前お伝えした時は理解できていなかったかも知れませんが、私には人の内部的成長を速めるスキルがあります。それは本来、私個人に向けられたスキルでしたが、別のスキルが出た事で、そのスキルが私の周りにいる人にまで影響を及ぼす様になっています」
「波及…だっけ?」
「はい」
「何となく、言われた事は覚えてるわ。その時はどういう意味かと思ったけど、私のステータスが急激に伸びているのが、それなのね?」
「はい。多分、そのスキルの影響だと思います」
「何だか凄いわね…」
「凄いんだよ…」
改めてそれを実感した2人は、凄い事であると理解してそれ以上の言葉が出て来ないらしい。
「これからそのスキルが、どれほどの影響を及ぼすのかが正直わかりません。その為、私達…私とフェルも同じ位の年齢の人達と一緒に、ステータス確認をする機会があったとすれば…」
『その成長の違いで、注目を集める事になるだろうのぅ』
ソフィーの隣に寝そべっているネージュは、目線だけを動かしてルースとフェルを見た。それが少々上目遣いになっていて、可愛く見える事は余談である。
そして、そのネージュの頭に手を添えてソフィーが撫でつけれやれば、それは気持ちよさそうに耳を倒して目を瞑った。
「どっちみち俺達も、ステータスを安易に視る事はやばいって事だな?」
「そうなりますね。大変申し訳ないのですが…」
「ん?何で申し訳ないんだ?」
「いえ、私のスキルのせいで、ご迷惑をお掛けしてしまいますから…」
「なに言ってんだ?全く迷惑じゃないぞ?反対にステータスを伸ばしてもらってる位なんだから、感謝はしても迷惑だなんて思う訳ないだろう?」
「そうよ?私も早く一人前の大人に成長できるんだって思って、喜んでいる位よ?」
フェルとソフィーのフォローに、ルースは頭を下げた。
「まったくルースは固いよなぁ。そんなの気にする事なんか一つもないのに」
「ふふ。まぁそこがルースの良いところで、私達も助けられる部分ではあるんだけどね」
「え?…そこまでか?」
『ソノ答エガ,稚拙ダト言ウノダ』
糸を紡ぐ道具に留まっているシュバルツが、そこで口を挟んだ。
「何だよ…」
ムッとした口調でフェルがシュバルツを睨めば、またそこで睨みあいを始める。
『それの通りじゃな。コヤツが思慮深いお陰でおぬしは我のところまで辿り着き、内包魔力すら解放できたのじゃ。物事は色々な角度から見ねばならぬ。人間は考え過ぎる位で丁度良いという事じゃのぅ』
ネージュにまで言われてしまったフェルは、シュバルツから視線を外してうなだれる。
「………」
「私は、フェルのそういう素直なところが好きよ?」
ソフィーの優しいフォローに、フェルは眉根を下げてソフィーを見た。
「ありがとう…ソフィーだけだよ、そう言ってくれるのは…」
肩の力が抜けたフェルに笑みを見せてから、ルースは見回すように視線を移動させる。
「今後はその様な理由もあり、全員のステータス確認が出来ませんがそれはご了承下さい。別の方法でステータスを視る事が出来れば、話は変わると思いますが」
「なぁ、教会にあるやつって魔導具だろう?だったら、他にもステータスが視れる魔導具があるんじゃないのか?」
「そうね…そういう事も考えられるわね…」
『それは当てにせぬ方が良かろう。教会は、ステータスを視るという行為で金を集めておるのじゃぞえ?それが他で視れるとなれば、誰も金を払わなくなる。そんな魔導具がもしあるのなら、教会がそれを管理していないはずはなかろう?』
「もし別の魔導具があったとしても、それは教会の持ち物…という事ですね?」
『さよう』
「んじゃ、どうすんだよ…」
「まぁ、私は別に視れなくても良いわ。私は私だし、今まで通りの事をしていくだけだもの」
「そうだけど…」
フェルはそう言って黙り込んでしまった。
フェルには、ステータスを確認しておきたいという思いがあるのだ。
ルースにはフェルの気持ちが痛い程良くわかった。フェルもルースも、今の職業のその上を目指しているからである。
「今は何の情報もありませんから、ここで考えても埒が明かないでしょう。今後のステータス確認をどうするかは一旦保留にして、これから何か手掛かりを探していきましょう」
「ええ、そうね」
「…おう」
3人が再び喉を潤すためにお茶に手を伸ばせば、今度は自然と今日視たステータスの内容に話は移っていった。
「私のステータス値はこの一年で、とんでもなく上がってたの。出たばかりの職業レベルもそうだけど、知力も前は60位だったから20も上がってたし、経験値で言えば20以上も上がってたわ?」
「それは冒険者になって、色んな事を見てきたからじゃないのか?」
「そうね、それも大きく影響しているとは思うわ」
「俺も凄かったんだ…騎士のレベルが一気に上がってた。次の上級職になる100までをこのまま頑張って行けば、手が届きそうだなって感じで嬉しかった」
「それに、しっかり魔力値も出ていましたしね?」
「そうなんだ。やっと魔力値に数字が入ってて嬉しかったんだけど…でもルースとソフィーの数値を視ちゃったら、何だか余り感動がなかった…」
「何を言っているのです?フェルはやっとスタートラインに立ったばかりですよ?これから魔法の練習をしていけば、すぐに私達と同じ位にはなれるでしょう?」
「うぅ…練習次第なのか…」
『努力せぬものには、何も掴み取ることは出来ぬのぅ』
「ごもっとも…」
フェルとネージュのやり取りに、ルースとソフィーは笑みを向けあった。
「それに、フェルのスキルにも変化がありましたよね?」
「おう。何かわかんないけど、スキルの欄に文字が増えてた…」
『あれは加護のスキルの、その内容じゃな』
「内容…?」
『さよう。加護というスキルは多種多様であり、加護のスキルが出た者が多数いたとしても、それは一様に同じものとは言えぬようじゃ。このスキルは人によりそれぞれ違うものに成長するスキルゆえ、発動してみるまでは、何が出来る事になるのかわからぬスキルであるらしいのぅ』
「お詳しいのですね?」
『多少の年月を見てきた中で、それなりに人ともかかわっておるからのぅ。じゃが、我が聖獣であると知る者は、その時の聖女と一部の者しかおらぬがな』
「へぇ…身分を隠して、人と関わってきたって事だな?」
フェルの言い方がお気に召したらしいネージュが、笑みを作ってフェルを見た。
『高貴な身分は人に畏怖を与えるゆえ、我はその身分を晒すことなく人と共におるのじゃ』
ネージュの言いように、ソフィーとルースが笑みを覗かせた。しかし大っぴらに笑ってはこの聖獣の機嫌を損ねかねないので、あくまでこっそりと…ではあるが。
「それが“月の雫“ですか?まるで、私達のパーティ名みたいですね…」
「本当だよな。似てる…」
「“月光の雫“だから、確かに似てるというか殆ど一緒ね」
『自身の内面にあるものから出たスキルの名…かも知れぬの。じゃが元々このスキルが出る運命であったおぬしが、それとは知らぬ内にその名をパーティー名に選んだのか…はたまたその逆か…ふむ』
「どちらにしても“フェルだから“そのスキル名が出た、という事ですね?」
『我にもそこまでは解らぬが、多分そうであろうのぅ』
「ふぅん…。で、その月の雫って何だ?」
フェルは、わからないものはそのまま見なかった事にするらしい。皆はそれに苦笑して、フェルの話に続ける。
『我の勘だと、“剣技の名“であろう』
「剣技の名?」
「剣を使う時の技の名前…ですか?」
ルースの問いに、ネージュは視線を向けて肯定を示した。
「へぇ…」
フェルは自分の事なのに、先程からまったく理解が追い付いていないらしく、まるで他人事のように話を聞いていた。
「それは追々、人のいない所で試してみましょう」
「おう…」
ルースが話をまとめてくれたのでフェルはそのまま頷くも、キョトンとしているその顔を、皆は心配そうに眺めていたのだった。
【本日活動報告に「続・残念なご報告」を掲載いたしました】




