【104】不安材料
ネージュの声が聴こえたのは、ルース達3人とシュバルツだけの様だ。
3人は床に座るネージュに、一斉に視線を向けた。
「どういうことなの?」
ソフィーがネージュへ耳打ちするように顔を近付けて聞く。
『聖女は教会に属する者ゆえ、当然、教会の設備は起動できるのぅ』
それが当たり前だと言わんばかりの説明をするネージュだった。
『前の聖女は中央教会に居を構えておったゆえ、教会内で生活しておったのじゃ』
ネージュから視線を外したソフィーとフェルが身を強張らせ、ルースは頭を抱えた。
ネージュの話では、聖女と言う存在は教会に関係する者となるらしい。そして今の言い方は、聖女の身柄を教会が管理するという話にすら聞こえたのだった。
やはりソフィーが聖女だという事が公に知れ渡れば、教会から何らかの接触があると心しておいた方が良さそうだなと、ルースは眉間にシワを寄せた。
ソフィーは強張らせていた体の力を抜くと、何かを決意した顔でルースを見た。
しかし熟慮しているルースは何も返すことができず、ただ物思いにふけった顔で見つめ返しただけである。
3人がそれから黙ってしまった事に、自分で話したことで心を痛めたと思った村長が、まずは疲れを取るようにと先日貸した建物に案内しようと席を立つ。それに促されたルース達3人は言葉少なにお礼を言い、歩き出した村長について行って再び裏の建物に案内された。
そしてそこで、仲間たちだけとなる。
気まずい空気が3人の間に流れ、誰も口を開かぬ中、ソフィーがおずおずと口を開けた。
「私、この村の人の役に立ちたいの」
そう言って、ソフィーが荷物を降ろしたまま佇むルースとフェルに、困ったような笑顔を向ける。
「ソフィー…。ネージュの話を聴いていたでしょう?」
ルースはまだ眉間にシワを寄せていた。
「ええ。私がもし聖女であったとしたら、教会に住む事になるのよね?何でそうなるのかは分からないけど…」
『聖女は魔の者と重要なかかわりを持つ者。魔の者がおるゆえ、聖女が生まれると言っても過言ではない。その魔の者と対極する聖の陣営…つまり教会は、それと対峙する為の旗印として聖女を抱え込み、それが現れた時に聖女を打ち出したいという事の様じゃのぅ』
「旗印って何だよ…。教会が尽力してますよっていう、ただの体裁じゃないか」
『そうとも言えるのぅ。人間は愚かゆえ、立場や世間体を重んじる生き物ではないのかえ?』
ネージュの言う事は解る。
多分、前の聖女はそうして教会の管理下で保護され、生活していたのだろう。そしてその時に何か起こっていれば、教会の指示の通りに動かなくてはならなかったはずだ。ただ、ネージュがこうして今生きているという事は、その時の聖女には何も起こらなかったのか、生涯を全うして眠りについたのだと分かる。
だが、ソフィーがその生活を望まないのであれば、教会にソフィーの存在を知られる訳にはいかないのだ。
「じゃあ聖女ってやつは、魔の者が出たらそれと対峙しないといけないのか?ソフィーは攻撃魔法が使えないのに…」
「詳しくはわかりませんが、その様ですね。そうなる前に、教会の事も調べておかねばならないでしょう。ですが今は、ネージュの情報のみで行動をとるしかありませんが…」
ルースは一旦そこで言葉を止め、ソフィーの顔を見つめる。
「ソフィーは、教会で生活がしたいですか?教会の事を何も知らないまま貴方を送り出す事は不本意ではありますが、そこでは衣食住が保証され、安定した生活が送れる事は確実でしょう。この先魔の者が出るかはわかりませんが、もし貴方がそれを望むのであれば、フェルが何と言おうとも私は貴方を応援します」
「おいっルース」
ルースの話を黙って聞いていたフェルは、納得がいかないと声を出す。
「ふふ。ありがとうルース、フェル。私の気持ちは、今のまま2人について行きたいという事よ?ネージュにも言ったけど、2人は私の大切な仲間で友達なの。私が旅に出た目的は、貴方達と一緒にいたかったからよ?今更、教会が何と言って来ようと、私はそっちには行きたくない」
ソフィーはそう言ってから、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「それにまだ、ソフィーが聖女だって決まった訳じゃないんだろう?ステータスに出た訳でもないんだし」
フェルの話に「そうなのよ」と、ソフィーが困ったように笑う。
『我の言う事が、信じられぬのかえ?』
ネージュがいった言葉は当然フェルだけに向けられており、そしてギロリと睨みつけた。
「だけど本当にこのままだと、私はどこの教会でもステータスを視られないままになってしまうのね…」
「そうですね…ステータスを視る為にはどの教会でも、必ず司祭様がついて下さるものですから。そうなれば必ず、それを確認した司祭様から教会に報告が届くでしょう」
「そうか、ステータスで聖女かどうかを視る時にも、司祭様が付き添っているって事だもんな」
「だとすれば、司祭様のいない教会で確認した方が良い…とも考えられますが…」
「だったらこの村で確認すれば、さっきソフィーが言った“村人の役に立ちたい“っていうのも、一緒に解消されるのか…」
なるべくならば、ソフィーの事は人に知られない様にしないとならない様だ。せめて教会が聖女をどう扱うのかを調べるまでは。
3人は言葉もなく考え込み室内が静寂に包まれる中、そこでネージュが言葉を投げかける。
『どうであれ、我はソフィアと共にできるのならば、教会だろうが旅先であろうが何も思う事はない』
「要は、ソフィー次第…という事ですね」
『さよう』
ネージュは自分の使命を全うできるのであれば、何も問題にしないと言う。人間の思惑など聖獣には関係がない事なのだ。そしてソフィーは、教会よりもルース達と旅を共にしたいと申し出てくれた。という事は、残りはルースとフェルの問題となる。
ルースがフェルに視線を向ければ、フェルは言わなくても分かるだろうと強い視線をルースに返す。では、話は纏まったと言える。
「では村長さん達には、聖女である事を気付かれない様にして、ソフィーの案…この教会のステータス掲示板を起動させ、村の子供たちに使ってもらいましょう。そして人のいない時に、ソフィーのステータスも確認しておきましょう。今後はもしかすると、もう確認できる機会がないかも知れませんから」
「ええ。そうしましょう」
「……わかった」
ソフィーは基本的に、人の役に立つことを望む人間だ。だからこの村の状態を憂いて、魔導具を起動させたいと言ってきたのだ。確かに困っている村人達にはありがたい事だろうが、その為にソフィーの立場が悪くなる事は、出来る限り避けなければならない。
「何て伝えて、起動させるんだ?」
「そうよね。ステータス掲示板を起動させることが出来る人の定義…それが分かれば適当な理由もつくれるのだけど…」
『教会に属する者は聖魔法を使える者。その為、聖魔法を使えなくば教会には属せぬし、聖魔法を使う者は教会の関係者という事。そしてその聖魔法が使えれば、魔導具を発動する事ができる』
「「「………」」」
ネージュの話に3人は黙り込んだ。
それではステータス掲示板を起動できる者は、教会に属する者という事になってしまうではないか。
だが、その知識は一般の人も持ち合わせているものなのか…。
ルース達は、そんな事は知らない事であったし、もしかすると、そこが誤魔化せる所なのかもしれない。
「光魔法は聖魔法の一つとされていますから、そちらの方向で話す…というのはどうですか?それならば、教会の関係者でなくとも、言い訳が立つ…かも知れません」
自信はないがとルースは話す。
ソフィーは「そうね」といって考えている様だが、フェルはキョトンとしてルースを見る。
「どういう事だ?」
自分だけが分からないのだと気付いたフェルが、ルースに尋ねた。
ルースはそのフェルを見つめて、確かにわからなかったかもしれないと説明を始めた。
「フェルは魔女を知っていますね?」
「おう。薬師で魔法を使う人だよな?」
「はい。その魔女は治癒魔法を使う事が出来ます。先日ソフィーもこの村で治癒魔法を使いましたよね?」
「ええ、使ったわ」
「それは光魔法と呼ばれ、聖魔法の内の一つとされるもの。当然、聖魔法を使える者は治癒魔法以外も使えますが。その治癒魔法だけしか使えない人が使う魔法を光魔法と呼びます」
「じゃあ、ソフィーを光魔法だけが使えるという事にするんだな?」
「ええ。調教師の職業を持つ人が光魔法も使える…かなり苦しい言い訳ですが、その光魔法が使える者がたまたま詠唱をしたら発動する事が出来た…という体裁にしようかと思います。ですがそれは、ここに司祭様が来るまでの間だけのその場しのぎとなるでしょう。司祭様にはその事は明白な嘘とわかるでしょうし、その方が来るまでにあと数か月、その間に私達が移動をしていれば、行方を追う事は難しくなるのでは…と。ですがこれは、少々危険であることは確かです」
3人が冒険者である事と名前が知られている状況で、聖女だという事に気付かれれば、教会が何らかの行動にでるであろう事は否定できない。
教会側が聖女の意思を重んじる機関であれば、ソフィーの希望に沿って動いてくれるだろうが、組織というものはそこまで寛容なものではないと、ルースは思っている。
「わかったわ。見付かってしまったら、それはそれで諦める。でもそれまでの間だけでも、私は2人と一緒に居たいし役に立てるよう、毎日を楽しむことにするわ」
ソフィーが聖女だろうという話になった時は、ただ希少な職業だからという理由で伏せようとしていた事が、ここにきて話が違う方向へと進んで行ってしまった。
それを思えばソフィーの出した答えは、とても危険なものだ。
だが本人がそれで良いと言うのであれば、ルース達は出来る限り彼女を教会から護り、その時を遅らせる為に動くだけなのである。