【103】村への帰還
翌朝、早朝に起き出したルースとフェルは静かに洞穴を抜け出し、いつもの様に鍛錬を始めようと外に出て、川で顔を洗った。
「冷たっ。雪で顔を洗ってるみたいだな」
「そうですね、しっかりと目が覚めますね」
河原の傍に積もった雪は、他の所よりも積雪量が少なくなっているため、2人はそこで素振りを始めた。
雪が降ろうと雨が降ろうと、2人はなるべく毎日剣の練習をすることに決めている。
ルースはマイルスの教えを忠実に守り、自分が剣と一体になるため少しでも剣を握る時間を作ってきた。いざという時に自分が剣に使われるのではなく、剣を使いこなせるようになるためだ。はっきり言えば、これには明確な終着点がなく、いつまでも続けていく事になるものだとルースは思っている。あのマイルスでさえ、村に来てからも毎日剣の練習をしていた位であり、剣とは終わりのない付き合いになるのだ。
そんな事を頭の片隅で考えながら剣を振っていれば、洞穴の中からソフィーが出てきたことでそれを終了させた。
「おはようフェル、ルース」
「おはよう」
「おはようございます」
「…あら?二人とも湯気が立ってるわ。風邪をひくから、しっかり体を拭いておいてね?」
「おう」
「はい、そうします」
2人の体は温まっていて、朝の光の中でその湯気が立ち上っているのが分かる。ルースとフェルは剣を収めて布で汗を拭いながら、ソフィーが跪いている近くへ寄って行く。
「ここは気持ち良い場所だな。空気が綺麗だ」
「そうね。寒さが身に染みる程だけど、気持ちが良いわね」
「これも、結界のお陰なのでしょうね」
3人は水の冷たさに身を震わせながら、朝の支度を整えていった。そして、ソフィーが温め直してくれていた朝食を食べてから、村へと戻る為に下山していく。
『我が結界の外に出るのは、久しぶりじゃのぅ』
再び大きな姿になってソフィーを背に乗せているネージュは、楽しそうにそう話す。
「へぇ…久しぶりってどれ位ぶりなんだ?」
『120年位かのぅ』
「…へえ…」
ネージュのする話は桁が違い過ぎて、全くピンと来ないのだった。3人は複雑な笑みを浮かべながら、山を下って行った。
「そろそろ村に着く様です」
下ってきた山の木々の間に、間近に迫ってきたトリフィー村が見えた。
ルースの声にソフィーを背からおろしたネージュは、存在を怖がれぬよう小さく姿を変えて3人と共に進んで行った。
そうして皆が村の前へと到着すれば、村人が3人こちらに向かってくる姿が見えた。
「やぁ君達か、おはよう。無事に戻ってきたようだね」
3人の内一人がルース達に声を掛けてきた。先日の一件で、ルース達は村人達に顔を覚えられている様だ。
「「「おはようございます」」」
ルース達3人も挨拶を返して、その村人たちと合流し村に入って行く。また誰かに声を掛けるつもりだったので、丁度良いタイミングだ。
「皆さんは、何をしていたのですか?」
村人の3人は武器を所持しているが、ただ村の中を歩いているだけに見えたため、ソフィーが不思議そうにそう尋ねたようだが、ルースはマイルスが同じ事をしていた為その意味は理解するところであった。
「あぁ見回りだよ。ここには自警団もないから男たちが持ち回りで、いつも3人一組、朝・昼・夕・夜と交代で村の中を回っているんだ。この前みたいに魔物が出たり動物が襲ってくることもあるし、旅人が倒れている事もあるからね」
この村人3人は全員30代位の年齢で、日に焼けた顔に笑みを浮かべてルース達と共に歩いている。
「そうそう~。人が倒れてる時もあるよなぁ~」
「ええ?人が倒れてるんですか?」
フェルも興味をひかれたようで、言葉を続けた。
「ほらぁ、ここって随分と辺鄙な場所だろぅ?たまに旅人が力尽きて、村の近くで倒れてる時もあるんだぁ。ここに来るまでに、食料がなくなったりぃ、体調が悪くなったりするみたいだぞぉ」
「なるほど…」
フェルは頷きつつ、「俺達もソフィーがいなかったら倒れていたかもな」とルースの耳元でこっそりと言った。それには同感のルースも頷く。
「あら?そう言えば、この村には教会はないのですか?」
村を見回しながら歩くソフィーは、教会の存在が見えないと感じて聞いた様だ。ルース達と出会ってから、ソフィーはまだ一度もステータスの確認をしていない為、この村で確認をしようと考えていたのかもしれない。
「いいや、教会ならあるぞ?村長ん家の、もう少し奥まった所にある。だが今は使えないから、行っても何もできないけどな」
「使えない…?それは、どのような意味でしょうか」
ルースの問いかけに、確かにそれじゃぁ分かんないよなと村人たちは苦笑した。
「言い方が変だったよな~。使えないっていうのは建物がって事じゃないぞ~?建物は俺達が綺麗にしてるんだが、今は司祭様がいないから使えないって話なんだ~」
「え?司祭様がいなくなるっていう事があるんですね…」
ソフィーが気の毒そうに、村人たちへ視線を向けた。
「昨年の秋に、司祭様がご高齢で亡くなってなぁ。次の司祭様は春になったら来てくれるって、村長が話してたなぁ」
「そんな事もあるんだ…」
フェルもその理由に、なるほどなと頷いている。
「大変ですね…。あっここまで送って下さり、ありがとうございました」
村長の家の前まで送ってくれた3人にルースはそうお礼を言うと、村人たちはまだ見回り中だからと手を振って去って行った。
「色々あるんだなぁ」
フェルがポツリと言葉をこぼして、ルース達は村長の家の扉を叩いた。
家の中から顔を覗かせた村長は、3人が無事に戻った事に笑顔を見せた。
「お帰り。心配していたんだが、それは無駄だったみたいだね」
そういって3人を中に招いてくれた村長は、再び台所に通した3人についてきた獣たちに目を瞬かせた。その反応を見る限り、ルース達人間以外に気付いていなかったらしい。先程の村人たちも特に気にする様子がなかったが、案外すでに馴染んで見えるのか、はたまた気配を小さくしている為かは不明である。
「すみません。家の中にまで付いてきてしまって…」
ソフィーがそう言って頭を下げるも、言われているネージュとシュバルツは全く意に介していないらしく、自分の事ではないというように澄ました態度の彼らだった。
「それは…魔物じゃないのかい?」
村長が大丈夫か?と言うようにネージュの傍にいるソフィーに問いかける。
「魔物ではありますが、彼らは襲ってきませんので大丈夫です。ソフィーが調教師で、その管理下にいますから」
村長の問いに答えたのはルースで、それを聞いた村長はホッとした表情を浮かべて頷いた。
「そうかい。じゃぁ使役する魔物を探しに、こんな所まで来ていたんだね」
村長はその推測に、納得した様にひとり頷く。
「相棒が見付かって良かったね。調教師は魔物との相性もあると聞くから、出会えたことに感謝しなくちゃならないね」
村長が3人の前に温かいお茶を並べて、自分も席に座った。
「調教師に、お詳しいのですか?」
今の村長の話に、ルースはそう尋ねる。
「たまにね、この村でも調教師の職業を授かる者がいるんだよ。彼らの話をきいていたから、多少は知っているよ。彼らはすぐに相棒となる魔物や動物を見つける事もあるが、なかなか見付からない者もいるんだよ。まぁ調教師を賜った者は皆、もれなく冒険者になると言って村を出て行ってしまうから、その後どこかで相棒を見付けているとは思うんだよ」
懐かしい話をしているかのように、柔和な表情を浮かべた村長はそう説明する。3人は出してもらった温かいお茶をいただきながら、村長の話に耳を傾ていた。
「今年の春には、間に合うと良いが…」
村長が独り言を呟いて茶をすする。
「どうかされたのですか?」
「ああ、ごめんよ。調教師の話をしたから、ステータス確認の事を考えてね。今教会に司祭様が不在で、後任の司祭様は一応春には来てくれる事にはなっているが、その方は多分予定より遅れて、雪が溶けてからの動きになりそうだなと思ってね…」
「それ、さっき村の人に聞きました。昨年、司祭様が亡くなったんだって」
「そうなんだよ。儂が子供の頃からずっといて下さっていた司祭様だったんだが、ご高齢でね。昨年秋に亡くなられてしまった。寂しくなったよ…」
「では今は、村の人達もお困りでしょう」
「まぁそうだね。ステータスの確認をしたくても出来ないし、子供たちの勉強も各自、家でやってもらってるからね」
ステータス確認は年に一回位、年が明けてから程なくしてする者が多い。年が明ければ年齢が上がるため、15歳になるものは早々に職業の確認をするのだ。その頃の習慣で、大人になっても年明けにステータスを視る者が多いのだった。
「では、今年15歳になった子供たちはまだ、職業の確認が出来ていないのですね?」
「そうなんだよ…春過ぎまで待ってもらう事になるのは、心苦しいんだがね。こればかりは仕方ない事だから」
村長は豊かに生やした眉を下げ、困ったように微笑んだ。
今は新しい年になって少し経っている。本来ならば、皆が自分のステータスを確認して、子供達は騒いでいる頃だろう。
『ではソフィアが、その装置を起動すれば良かろう?』
そこへ突然、静かなネージュの声が注がれたのだった。
※作中でのルース達の年齢について。
トリフィー村に着くまでに年が明けていましたので、年齢を上方修正いたしました。その為「【92】白熱?」の自己紹介部分も修正しております。事後報告になりますが、何卒よろしくお願いいたします。
【本日活動報告で「残念なご報告」を掲載いたしました】