【101】同類
「これは一度に表に出せないでしょうが、折をみて…という感じですね」
「そうだな」
ルースとフェルは、こっそりと声を潜めて話し合った。
2人は魔石に詳しい訳ではないが、町にある設備などで見る事の出来る魔石は、大体3cm~5cm位の物で、それを思えば10cm以上もある今回の物は、少々大きすぎる様に見えた。町で育ってきたソフィーも頷くところをみれば、同意見なのだろう。
3人が固まって頷きあっている間、ネージュはここを出る為に忘れ物はないかと住処を確認している。この聖獣は獣に見えて、思いのほか几帳面らしい。
そうこうしている内にここの確認も気が済んだ様で、皆は洞窟から出てきて崖の上に立った。
「なぁ、腹減ってないか?」
「そう言われれば、お昼はとうに過ぎていましたね」
「私もお腹ペコペコなの」
3人が顔を見合わせて苦笑する。
「では、ここは見晴らしも良いので食事にしましょう」
「おう」
「ええ」
崖の上の座りやすいところで、3人は敷物を広げて腰を下ろした。
「村長が色々と持たせてくれて、助かったな。でないと、ここで干し肉を食う事になってた」
「そうですね。村へ着くまでに食べ物を仕入れられませんでしたから、すぐに食べられる物は、もう干し肉位しかありませんからね」
「干し肉ってスープのお出汁にするのには良いんだけど、そのまま食べるのにはちょっと味気ないわよね」
3人は巾着から出てくる食料に、目を輝かせた。スープも水筒に入れてもらって熱々の状態を保っている。
『パンじゃな。人間の食料なぞ、久しぶりに見たのぅ』
「ネージュは、私達の食べ物も色々知っているの?」
『勿論じゃとも。以前の聖女がいた頃は、共に町中に出て色々と見てきたものよ。その時はここが住まいではなく、もっと南におったがのぅ』
「へぇ、前にも聖女と一緒だったのか。俺が知らないだけで、聖女って沢山いるもんなんだな」
フェルは出し終えた食料から茶色のパンを千切り、口に放り込んでネージュを見た。
『何を言っておる。聖女とは、この世に一人しかおらぬ者ぞ?その聖女とは、200年前の者の事よ』
「フゴッ」
ネージュの続けた言葉にパンを喉に詰まらせたフェルが、慌てて熱いスープを口に入れ、それにも熱さで狼狽えている。
『急イデ食ウカラダ』
シュバルツの突込みも今のフェルには聴こえておらず、それはそれで良かったと言えるのだろう。
ルースはシュバルツにパンを千切って差し出すと、それを嬉しそうに口に入れるシュバルツだった。
「聖獣は、長生きなのですね」
『そうよのぅ。我ら聖獣には、朽ちていくという時間の概念は存在せぬ。ただし聖女を護り切る事ができなくば、その時はその聖女と共に滅び消滅する』
聖獣とは随分と重い使命を背負っているのだと、そこでルースは思った。
「護るって、そう言えば何から護るの?魔物とかかしら?」
ソフィーが根本的な疑問を口にすれば、聖獣は目を細めてソフィーを見た。
『魔物という物も含まれるが、根底は“魔の者“より護るためじゃ。聖女は魔の者を封印するに際し、重要な存在となる。その時に我々聖獣は、身を挺してでも、聖女を護りぬかねばならぬのじゃ』
広げた食事に手を伸ばし、ルースはネージュの話に耳を傾けていた。
そしてネージュの話を聴いていただけのはずが、ルースはその見た事もないはずの魔の者と戦う様子が頭に浮かんだ気がしたのだった。だがそれをしっかり掴み取ろうとすれば、それは一瞬のうち四散して、そしてもう何も思い浮かべる事はできなくなった。
「どうしたルース、食べないのか?」
頭の中の映像に気を取られて手が止まっていたルースに、フェルが食事を促す。
「え?……いえ、いただきます」
少しぼんやりとしつつルースは再度パンに手を伸ばして口に入れるが、口の中には水分がなく、なかなか喉を通って行かなかった。
その後もネージュに話しかけているソフィーは、無邪気に前の聖女の事や町での暮らしの事を聴いているが、ルースはそれがとても残酷な事である気がして、心に愁いを貯めたまま、言葉と食事を飲み込んでいったのだった。
『ではソフィア、我の背に乗ると良い』
ネージュが身をかがめてソフィーが乗り易いようにすれば、促されたソフィーは素直にその背にまたがった。
しかしその視線は、辺りを目で追っている。どうやらここにも精霊が集まってきており、フワフワと周辺を漂っているらしい。
「精霊って本当にいるのね…知らなかったわ」
「その様ですね。ただ私達一般人には視えないもののようですから、そのせいでお話の中だけの存在となっているのでしょう」
「そうだよな。ソフィーにいるって言われても俺達には視えない訳だから、実際にいるって聞いても信じられない話だよ」
3人が精霊について話をしていれば、ソフィーの視線がルースに向いた。
「一つだけ、ルースの周りを飛んでいるみたい…」
「私の周り…ですか?私がソフィーの近くにいるから、ではなく?」
「ええ。着かず離れず、ルースの周りで飛んでいるように視えるわ」
「どうしたのでしょうね?」
「ルースから食い物の匂いでもするんじゃないか?」
フェルがそこで意見を言えば、シュバルツが近くの枝の上からその黒い目をフェルに向ける。
『稚拙ダナ』
一言、はっきりとした口調でシュバルツから念話が送られてきた。
それにルースとソフィーは聴こえない振りをしたのだが、フェルは即座に反応し、シュバルツのいる木まで近寄って行って文句を言い始めた。
「また始まったわね」
「まぁ、そうなるでしょうね…」
ソフィーとルースは顔を見合わせて肩を揺する。お手上げという意味である。
『同類じゃのぅ』
ネージュが追加した言葉は的を得ているもので、ルースとソフィーがクスリと笑った。
そして彼らから視線を外したソフィーが、またルースの傍にいるらしい精霊を目で追った。
「どうしてこの子はルースを気にしているのから…」
話しを戻したソフィーが、首をコテリと傾けた。
ルースはそれに一つだけ思い当たる事があると、胸元からシンディのペンダントを取り出し手の平に乗せれば、ソフィーの目が驚いた様に大きくなっていく。
それは天色に輝く石をはめ込んだ、金のペンダントだ。今は陽の光を受けて、キラキラと光を発している様にも見えた。
『ほう。珍しいものを持っておるのぅ』
ネージュもルースが出したペンダントを見て、目を細めた。
「これは私の育ての親が渡してくれた物で、精霊が宿っていると聞いていましたが…まさか」
『うむ。その中には金色に輝く精霊が入っておるのぅ』
「綺麗な子ね…この周りにいる子達とは、少し違うみたいだけど」
「…違いがあるのですか?」
「…何となくしか分からないけど、その子の輝きは、ちょっと違うような気がするわ」
『我はそれらについて詳しくは知らぬが、ここにいるものとは、少し違うように視えるのぅ』
「はぁ…本当に精霊が宿っていたのですね…そんな大切な物を、私に渡してくれたのですか…」
「それはルースが持っていてって渡されたのでしょ?確かに大切な物だろうけど、それよりもルースの方が大切だったという事だと思うわ」
ソフィーの言葉に、ルースは村に残っているシンディを思い出した。いつも笑顔で微笑みかけ、時には叱ってくれたシンディの思い出は、今もルースの心の支えといって良いものだ。
「そうですね…私にとっても、大切な人ですから。そんな人から渡されたものに、何か不思議な事があっても、おかしくはないのでしょうね」
そのペンダントを見つめるルースの微笑みは幸せそうで、ソフィーは心が温かくなるような、そんな優しい気持ちに包まれていった。
「どうした?まだ行かないのか?」
そこにフェルがシュバルツを肩に乗せて、2人に近付いてきた。どうやらフェルとシュバルツは和解して、言い合いは終了したらしい。
『では行くかのぅ』
「「はい」」
「おう」
それから3人とネージュ・シュバルツは、山の中腹から村への道のりを辿った。
しかし山の夕暮れは早く途中で日も暮れてくれば、足元が見えなくなり危険度も増すため、今日は森の中で一夜を明かすことにした。
「さっき休憩したところだったら、夜も大丈夫だろう」
「そうですね。あそこならば、天候の変化があっても凌げるでしょう」
「じゃあ、そっちへ案内してくれ。頼んだぞ、シュバルツ」
『承知シタ』
シュバルツはフェルの肩から飛び立つと、上空を旋回してから消えていく。
現在地を上から確認してくれているらしく、そのシュバルツからすぐに念話が届き、3人はそれから2時間ほど下ってから休憩した洞窟へと到着した。
「ごめんなさい、ネージュ。貴方は入れないみたいだから、外にいてもらう事になっちゃうわね」
入口の狭い洞窟は目の前の大きな獣では入りそうもないと、ソフィーが申し訳なさ気に言えば、ネージュが『問題ない』と言ってのち、その姿は眩い光に包まれていったのだった。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
前話の100話目に、温かいコメントをいただきありがとうございました^^
前作は本当に色々と初めての事ばかりで、あたふたの連続でした。
今作はその意味では、落ち着いてゆったりと執筆している様な気もします。
しかし、お話の保存分がなくなりそうになると、やはりあたふたしてしまいますが。笑
いつまで経っても未熟な筆者ではございますが、これからもお付き合いの程よろしくお願い申し上げます。