10月3日-⑤
〇時四十四分。
滝藤宅、庭。木造づくりの小屋、その地下。一階は物置きになっており、地下への階段は隠されてある。その地下には滝藤の作業台や、家業に必要なものが整理されている。
海野と滝藤の前には一人の男が立っていた。
「やっぱ無理だったか」言うわりに声に落胆の色は見られない。
滝藤の兄、滝藤一真。
「マッピング行った時にも思ったがさすがに警備が厳重だな。金がかかってる」
役割は侵入先の下調べや、ハニートラップ、情報収集である。滝藤の兄だけありその顔立ちは整っており、ほりが深く、日本人離れしておりハリウッドスターと舞台に立てるほどである。しかし残念なことに弟はそこまでない。
「ああ、あの家はもう諦めた方がよさそうだ」
「じゃあもう品評会しか残ってないじゃん」
今日の侵入で夜の警備は強化されるはずだ。もう侵入はできない。しかし、あの家の当主である雨露源三郎の所有する美術品は一級品が数点存在する。狙わない理由はないのだが家に拒絶されるなら、あとは唯一作品を表に出す品評会での奪取を狙うしかないだろう。
美術品品評会。
一年に一回、権力を持った者が違法取引で集めた自身のコレクションを自慢したり、競売にかけたりあらゆることが起きたりする大規模のイベント。
もちろん表沙汰にはできないので雨露源三郎が校長を務める雨露高等学校が開催する文化祭を隠れ蓑に行ってきた。
雨露源三郎のコレクションを奪取するのはもはやその日しか残されていなかった。後にも先にもこの日だけである。だって今日無理だったし。
「だな。プランBを進める」一真は言う。
後ろにあるホワイトボードには黒い文字でプランAとBが書かれていた。今日の作戦がAで失敗である。Bに移行するということでAに斜線がひかれ、Bに丸が付けられる。
「面倒臭い手順は避けたかったけどな」
「なるほど。つまり冷蔵庫ってことだね」
「「ちがう」」
プランBは手間がかかる。三人とも避けたいのは共通認識だったが、そんなこと言っていられない状況になった。
「それよりさ、一真また彼女と別れたの?」
鼻を指で擦りながら海野は訊く。
「相変わらず良い嗅覚だな。そうだよ…」
「兄貴その気持ちの入れ替え方変えた方がいいんじゃねえの? 彼女変わるたびに相手が好きな香水に変えてたらその内便所の芳香剤身体にかけることになるぞ」
そして別れたら香水は着けず無臭になるのだ。
「意味わかんねーこと言ってんな。お前らも少しは色気付け。だが俺のコレクションはやらねーぞ。思い出だからな」
「一真はフラれてるのに大事にしてるよねー。女々しい」手を縦に叩きつつ笑う。
「ま、道具に使えそうだったら使わせてもらうわ。匂い隠しくらいにはなるかもな。兄貴の失恋も上手く再利用してやるよ」
「今に泣くことになるからなお前ら!」
「はいはい。まあ一真のテクニックは信用してるからさ頼むよ? 雨露の家とは違って細工というより相手の攻略がメインなわけだし」
「そうだぞ兄貴。プランBの最初の鍵だからな。いつも通り頼むぞ」
「わかってるよ。また、彼女作れない期間に入るのか…」