プロボクサーである幼馴染の肩パンがめっちゃしんどい……。
俺の名前はボゴォ!
「いってえ!」
「よーう、春樹くーん。相変わらずぼーっとしとるようじゃなあ」
俺の肩をいきなり殴ってきたこの女は俺の幼馴染。
「灯里ぃ……。いきなり殴ってくんなって言ってるだろ!」
灯里はプロボクサーだ。
体格は普通の女子とあまり変わらないように見えるが、夏服のカッターシャツから露出した上腕二頭筋がムキムキっとなっている。
こいつは細マッチョだ。
「お、断りを入れたらいつでもサンドバッグにしていいんだ! 私のことを細マッチョだと思った春樹にパーンチ!」
「いてえええ! 断りがあろうがなかろうが絶対に殴んなああ! ってか心の中まで読めるようになったのか?! 吉田沙◯里以上かてめえは!?」
「いやいやそれほどでもぉ……」
「別に褒めたつもりはねーけど!?」
……辛い。……痛い。
……しくしく。
……痛すぎて涙が出てきた
「あ、ごめん春樹。教室に忘れ物したから取ってくるね」
灯里は廊下を走って行った。
「ほんっとうにめんどくせえなぁお前はぁ。ったく、早くしろよー!」
俺は灯里の背中へと言葉を浴びせた。
そういえば、灯里が肩パンしてくるようになったのはいつ頃からだったか……。
「あー、あの頃くらいからかな」
幼少期の頃、公園で遊んでいた灯里は三人くらいの男子小学生に絡まれた頃があった。
そこへ俺が割って入って、いじめられていた灯里を小学生から助けたんだっけ。
助けたっていうか、普通にボコられただけだけど……。
俺をボコって満足したのか小学生は帰って行ったわけだし、まぁ、助けたってことでいいだろう!
この出来事の数日後、灯里はボクシングジムに通い、大会をいくつも制覇してプロになったってわけだ。
「何だってボクシングなんてやり始めたんだか」
誰か、めちゃくちゃ強いプロボクサーさん。
あいつの心を折って、ボクシングを辞めさせてください。
これ以上あいつを強くしないでください。切実に。
俺の肩がなくなる前に──どうか。
「よう兄ちゃん」
「へ?」
知らない男子生徒が話しかけてきた。
俺の倍ぐらいの身長だ。先輩だろうな。
「頼みがあんだけどさー。金貨してくんね?」
「か、金? す、すいません。今は手持ちなくて」
何故ならほとんどが灯里のプロテイン代に霧散したからだ!
買ってくれなきゃ肩パンする! とか脅されたら買うしかないだろうよ……。
あー! 思い出したら腹が立ってきた! 畜生!
「貸せ──っつってんだろうがよ!」
「ぐほぇ!?」
先輩に思いっきり腹パンを食らわせられる俺。
あ、そうか。これ、俗に言うカツアゲってやつだったのか。
「う、うぅ……」
「あ、悪い悪い。つい力が入っちまったよ」
先輩は再び俺にこぶしを振るおうとする。
「やっぱ男なら肩パンだよな。痛がるそぶりをしたら、金出せよ!」
「う、ぐふ。す、すいませ……金、ほんとに、持って、なくて、」
「はいはい。じゃあとりあえずボコるんで、よろしくうううう!!」
カキーン。
先輩のパンチが俺の肩に炸裂した時、気持ちの良い音が鳴った。
「い、いて!? て、てめぇ、肩に何か仕込んでやがるな!?」
「い、いや、何も……」
?
先輩のパンチ。肩にハエが止まったような感じだったんだが?
そう言えば、最近妙に肩の筋肉が硬くなっていってるような……。
そりゃそうか。毎日毎日プロボクサーの肩パンを嫌って言うほど食らってるんだもんな。
ドタドタドタドタ!
誰かが走ってくるような音がする。
ドギュン!
「ぐぼぇがあ!」
「私のサンドバッグに何してくれてんのよあんたはー!」
灯里のキックが先輩の顔面に炸裂し、先輩は吹き飛んだ。
ちーん。
先輩はそのまま気絶した。
「大丈夫サンド──春樹!」
いやもう訂正しなくていいから! 手遅れだよ!
「はいはい。俺はどうせサンドバッグですよーだ。」
「もう、拗ねちゃって。可愛い……サンドバッグにしちゃいたいくらい♡」
「毎日されてますけどね!」
「はは! ………ごめんね春樹。私が忘れ物したせいで、私のせいで……また、春樹が傷ついちゃって」
『また?』。
「慣れっこだよ。お前に毎日肩パンされてるからな! てか、お前のお陰? で先輩に一泡吹かせてやれたよ!」
「クソザコ春樹が? 何したの?」
クソザコ!?
「ちくしょう……。まぁいいさ。教えてやる。お前のせいで鋼鉄と化した俺の肩を先輩が思いっきり殴ったんだよ! 先輩めちゃくちゃ痛がってたかんな!」
「あらまー!? 鍛えた甲斐があったね!」
「鍛えてねーわ!」
「ふふふ」
「ふふふじゃねぇよ……」
……はぁ。
ボクシングなんて辞めちまえって何度も思ったけど、こいつのこの笑顔を見てると無償に応援したくなるっていうかなんていうか(プロテイン買ってやるとか)。
ボゴォ!
「いてええ!」
肩パンされた!
「さ、帰ろ! サンドバッグ!」
こいつめ! とうとう言いやがった!
「いてて……。よし、帰ろう細マッチョ!」
ボゴォ!
いてえええ!
「春樹……私」
「いてて。何だよ?」
「私が春樹のこと守ってあげるから! もう二度と春樹のこと傷つけさせないから!」
灯里は顔を赤らめて、歩いていく。
……俺のことを守る? さっきみたいにか?
「変なやつだな」
人に散々肩パンしといて!
そのお陰で多少は強くなれたっぽいけど!
トタトタトタ。
灯里が俺の方へと走って戻ってくる。
「春樹──」
「ちょ、おま、急に何を──」
灯里の顔が俺の顔に近づいてくる。
こ、これってまさか、き、き、キ
ボゴォ!
いてえええ!
肩パンされた!
「ふふふ。春樹のバーカ!」
「こ、こんにゃろう」
あの夕焼けに走っていく灯里を、俺は追いかけていく──。