第9話 春先の天気じゃないが
そして翌日。
姉弟は電車に乗っていた。
四人用ボックス席である。
満員というわけじゃないので贅沢に二人で使っている。
「おお〜、快速電車ってはぇ〜。日本の鉄道は世界一だぜぇ〜」
小学生みたいに喜んでいるのがバカ姉貴の水瀬ユウナ。
久しぶりに遠出するということで、珍しくお団子ヘアにしている。
「喜びすぎだって」
「でもよ、ハルくん、北は北海道から、南は沖縄まで、一本の鉄道でつながっているんだぜ。これってすごくない?」
「はいはい、すごいね。ちなみに九州と沖縄は鉄道でつながっていないけれどもね」
「えっ? そうなの? 海列車的なやつないの?」
「どこの世界線だよ。台風で確実にぶっ壊れるよね」
乗り換えの駅についたので、ユウナの首根っこをつかんで降ろした。
これから私鉄のホームへ向かうのである。
肘でちょんちょんされる。
何事かと思いきや、スマホのカメラを向けられた。
駅名看板が入るように写真を撮ってくれ、というお願いだった。
「格好よく撮影してくれたまえ」
「じゃあ、何かポーズを決めて」
「任せろ」
アニメキャラの真似するユウナを何枚か写真に残した。
「これ、何のポーズか分かる?」
「魔法少女戦士のやつでしょう」
「お、正解。じゃあ、これは?」
「あ〜、古いやつだ。何だっけ。よくコラ動画が出回っているやつ」
「たぶん正解」
撮った写真はSNSで家族へ送っておく。
姉弟で旅しています、と。
「おい、旅って大げさだな」
「日帰りでも旅行は旅行なのだよ」
「確かに……」
旅したい! と言い出したのはユウナの方だった。
インスピレーションが枯渇したのが理由だった。
どういうわけか、創作欲がいきなり迷子になったらしい。
ハルトの経験上、こうなった姉は素直に連れ出した方がいい。
じゃないとアホみたいにお菓子を食い散らかす。
「お、パピーから返信が来た」
怪我しないようにね、と。
ユウナの母親の写真が添えられている。
「ほら、早く乗り換えるよ。じゃないと電車が出ちゃうから。各駅停車、三十分に一本しかないんだよ」
「ちゃんと調べてくるなんてハルくん偉いねぇ。私なら全部駅員さんに聞いちゃうね」
「いやいや、少しは努力しようよ」
これから向かうのは動物園。
定番の遠足スポットなのでハルトもユウナも一度は来ているが、姉弟で一緒に行くのは初めてかもしれない。
ユウナは昔から動物が好きだ。
そもそも小学生が好きそうなものは大体好き。
芸能人の名前は全然知らないくせに、珍しい魚や植物の名前は知っていたりする。
「ゾウ、キリン、ライオンもいいけれども、やっぱりゴリラだよね」
急にドラミングするユウナを他の利用客が奇異の目で見てくる。
「ゴリラ、いたっけ?」
「えっ、いないの?」
「いやいや、ゴリラ飼育している動物園の方がレアでしょ」
「うそ……ゴリラいないの……今日ゴリラ見たかったのに」
ドラミングの音がみるみる弱くなる。
悪いことをしたわけじゃないのに罪悪感にさいなまれたハルトは、必死に励ましの言葉を探した。
「あ〜、でも、日本でここだけしか飼育していない動物もいるらしいよ。ゴリラより希少じゃないかな」
「マジで⁉︎ それって激レアじゃん! オンリーワンって格好いいな! ネット上で自慢できるな!」
両の拳を上下に振りまくるユウナ。
「いや、自慢すると住んでいるエリアがバレると思うよ」
「気にしすぎだって! それに私、漫画投稿サイトのプロフィール、四十過ぎのおっさんに設定しているから!」
「マジかよ……」
春先の天気はコロコロ変わるというけれども、ユウナの機嫌も負けないくらい変わりやすかったりする。