第7話 ダメ人間の究極系
「はい、交代。次は私が揉んであげるよ」
「いいよ、別に。恥ずかしいし」
「拒否すんな。揉ませろ」
ハルトはやれやれと首を振って背中を向けた。
お風呂で全裸の女子高生から『揉ませろ』と迫られるシチュエーション、そうそう巡り会うものじゃないなと、不埒な考えが頭をよぎる。
ユウナの手は小さい。
入浴剤の成分のせいかツルツルと滑っている。
「くそっ……このっ……今日は上手く揉めないな」
「無理すんなって。たぶん疲れているんだよ」
「なんの、これしき」
ユウナは膝立ちのポーズになった。
これなら上から押す感じになるので力も入りやすい。
「お、悪くない。気持ちいいかも」
「ほら〜。ハルくんだって肩が凝ってんじゃん」
よいしょ、よいしょ、よいしょ。
いちいち声に出すユウナはちょっと可愛い。
親のお手伝いを頑張る幼女みたい。
「ハルくん、今気づいたのだけれども……」
「どうした、急に?」
「頭のすぐ後ろに胸があるって、なんかエロいよね」
「アホか。姉の胸じゃ興奮しないでしょ、普通」
「まあ、そうだよね。胸なんて肉の塊だしね」
「いや、そこまでは言ってない」
ユウナが疲れる前に肩揉みは切り上げてもらった。
体育座りで向かい合うポーズに戻る。
「ちょっとハルくんにお悩み相談なのだけれども……」
「次はどうした?」
ユウナは恥ずかしそうに膝と膝をこすり合わせる。
「私ってお風呂に入ると、毎回尿意に襲われるんだよね。これって病気なのかな。膀胱炎の前兆みたいなやつかな」
「うわぁ……汚い悩みだな」
「いや、真剣なんよ」
気持ちが分からないわけじゃない。
長風呂しているとハルトも同じ現象に襲われる。
「そんなの、入浴前にトイレを済ませたらいいだろう」
「いやいやいや……トイレに行っても尿意に襲われるんだよ。修学旅行とかで旅館に泊まるでしょ。みんなで大浴場に行くでしょ。おしっこ我慢できなくなるでしょ。洗い場のところで出しちゃうか毎回悩むよね」
「きったね〜!」
「でもでもでも……シャワーを流していたら誰にもバレないと思わない?」
「そういう問題じゃないと思うのだが」
尿意を我慢しているユウナの姿を想像して笑ってしまう。
この世の終わりみたいな表情をしていることだろう。
「ねぇねぇ、ハルくんも私に何かお悩み相談してよ」
「ん〜。特に悩んでいることはないな。はい、相談終了」
「したい! したい! したい! 私も誰かのお悩みを解決したい!」
体を揺らしたせいで湯船のお湯がちゃぷちゃぷと跳ねた。
「じゃあ、大学進学で迷っている。地元の大学へ進むべきか。県外の大学へ進むべきか」
「そんなの地元一択だよ。ハルくんが県外行ったら、誰が私の面倒を見るのさ」
「おい、お悩み相談になってねぇ」
ユウナはずっと地元にいるらしい。
家に引きこもっている時間が大半だから、どこに住んでも一緒という発想だろう。
「でもね〜。私が一人暮らししたら相当危ないと思うんだよね〜。家をゴミ屋敷にしちゃいそう。ゴミ捨てるの苦手だし」
「ゴミ捨てるの苦手って、意味が分からないけれども。小学生でもできるよね」
「明日できることは明日やる。その究極系がゴミ捨てるの苦手なんだよ」
「ああ、それなら納得」
ユウナは首までお湯に沈めてクスリと笑った。
ロングヘアが海藻みたいに揺れている。
「ハルくん、いつもありがとね。ゴミ出ししてくれて」
「アホか。自分のためにやってんだよ」
「なんだよ〜、格好つけんなよ〜」
「つけてね〜よ」
面と向かって『ありがとう』を言われたのが恥ずかしくて、ハルトは先に風呂から上がった。
姉弟で話していると時々調子が狂いそうになるから困りものである。