第49話 (試験官SIDE)ベテラン試験官だがこんな受験生を見るのは初めてだ
受験生たちを乗せた船が真っ二つに折れ、沈没し始める。
誰よりも早く動いたのは、仮面の冒険者アウロフことアウゼス王太子だった。
まずアウゼス王太子は改めて島の方角を確認。そして自ら海へと飛び込んだ。
「何と早い判断。見事だというほかない」
沈みゆく船の上で、試験官ロードリックは唸った。
船が沈むとき、周りの海水を巻き込んで大きな渦が発生する。最後まで船に乗っていると、一緒に海中深くまで沈んでしまうのだ。なので、出来るだけ船が完全に沈没する前に泳いで船から距離を取る必要がある。
とはいえ、自ら海に飛び込むというのは中々勇気のいることで、頭でわかっていても中々出来ることではない。なのに、仮面の冒険者アウロフは迷いなく海へと飛び込んだ。
それかあるいは、船に乗る前に武器や荷物を預けるよう言われた段階で試験の内容に気付いていたのかもしれない、と試験官ロードリックは考えた。
飛び込む前に、冷静に目的地の島の方角を再確認しているのも評価ポイントだ。
この試験では、主に
・不測の事態に冷静に対処できる判断力
・着衣水泳で島まで泳ぎつく体力
を審査している。判断力については、仮面の冒険者アウロフは満点だ、とロードリックは考えた。
アウゼス王太子もとい仮面の冒険者アウロフにつられて、他の冒険者達も海へと飛び込み始める。
そうして船が、完全に沈没した。
海面にいた試験官ロードリックは、周りで待機していた試験補佐官の船に引き上げられる。
「さぁ急げ! 1人も死人を出すんじゃないぞ! 溺れそうな受験生は迷わずすぐに引き上げろ!」
「「「了解!」」」
試験補佐官達が、溺れかけている受験生達を船に引き上げていく。当然、引き上げられた受験生達は試験不合格である。
更に海中では、魔法による酸素発生装置を背負った試験補佐官達が、海中に沈んだ冒険者達や装備類を回収している。
冒険者ギルドの試験は厳しいが、同時に安全性にも非常に気を使っている。過去数十年のこの試験で、死者やけが人は一切出していない。
海面では、他の受験生に混じってユクシーが、懸命に泳いでいる。
手足が短い分他の受験生に差は付けられているが、それでも確実に島に向かって進んでいる。
「……止めるんじゃない。だが、重点的に目を光らせておくんだ。危ないと思ったらすぐに引き上げろ」
「了解!」
一人の試験補佐官が水中から上がってくる。
「あの! 海中に妙な受験生がいるのですが、この場合どうすればよいでしょうか?」
「妙な受験生……? 海中にいるということは、溺れて沈んでいるということか?」
「いえ、そうではなく……海中、というより海底を歩いています」
「は?」
「魔法によって自分を丸ごと包み込む泡のドームを作り出して、鼻唄を歌いながら歩いているんです!」
「……はぁ?」
「どころか、襲ってきたモンスターを魔法で丸焼きにして美味しそうに食べてるんですよ!!」
「はあああぁ!?」
過去十年この試験を任されているベテラン試験官ロードリックは、かつてない事態に困惑していた。