第47話 (王太子SIDE)憧れのシャーロットさんをデートに誘う練習をする
仮面の冒険者アウロフことアウゼス王太子が宿に戻ったのは、陽が沈みかけてきた頃だった。
アウゼス王太子は街の中心にある高級宿を丸ごと借り切って王国騎士団の護衛達と共に滞在している。
「やっっっっっっった~!! シャーロットさんとランチとティータイムを過ごしてしまったぞ! 激務の合間に修行して冒険者登録して、プラチナ級昇格試験を受けに来た甲斐があった……!!」
部屋に入るや否や、アウゼス王太子は両腕を天に突き上げて喜びを爆発させる。
「シャーロット様との初デート成功、おめでとうございます」
隣に控えていた使用人セバスが拍手で殿下を祝福する。
「ば、馬鹿なことを言うなセバス! デートなどではない、一緒に昼食をとってその後紅茶を飲みに行っただけだ!
「そうですかな? 一緒にランチをとってその後ティータイム。これはもう立派なデートではございませんかな?」
「僕がシャーロットさんとデートなどと、まだ早い! それはそうとセバス、1つ仕事を頼まれてくれ」
「既に動いております。今日一緒に食べたフィッシュアンドチップスの出店はオーナーと交渉して買取済。あの店は表向きは何も変わりはありませんが、何があっても閉店することはありません。同じく、あの港の公園も管理者に命じて断りなく景観に影響する工事を行わないようにしております。これで、今日の思い出の味と景色はよほどのことがない限り失われることはないでしょう」
「僕の考えることはお見通しか。流石だセバス」
「恐縮でございます」
セバスが恭しく一礼する。
「さて、それはそれとして本日のデート、1点ばかり残念な事がございましたな」
「だからデートではないと言っている。サハギンの群れの襲撃は残念だったな。全くあのモンスターども、空気を読まず――」
「いえ、そのことではございません。私が申し上げているのは、最後のティータイム後のことでございます。紅茶を飲んだらそのまま解散、などというのは実に勿体ない。『シャーロットさん、折角だしこのままショッピングでもどうだろうか?』と言って街で買い物。そして陽が沈んできたころに『このままディナーにしないか? 美味しい店を知っているんだ』と言って夕食に誘い、あらかじめ調べていた街の有名レストランまでエスコート。ここまでできれば完璧なデートでございました」
「ま、待てセバス! それはちょっと……僕には早いというか……ほら、一国の王太子が女性をデートに誘ったりしたのが明るみになったらスキャンダルになるし……」
「今更ですか殿下!?」
「シャーロットさんをお誘いするなんてそんな難しいこと、僕には……」
「国民支持率90%という数字を叩き出した殿下に難しいことなどあるはずもないでしょう!」
「嫌だ! 恥ずかしい! 断られてしまうのがとてつもなく怖い!」
「殿下! このままポッと出の男がシャーロット殿をデートに誘って連れて行ってしまってもよいのですか!?」
「それも嫌だーー!」
「とにかく、次のチャンスはプラチナ昇格試験終了後。その時こそ、殿下の方からディナーにお誘いするのですぞ」
「だ、だが……」
一歩踏み出せないアウゼス王太子の背中を、セバスが押す。
「想像してくだされ殿下。高級レストランの個室で、シャーロット様と2人きり。窓の外には美しい夜景。テーブルの上にはシェフが技術をつぎ込んだ料理が並び、シャーロット様がそれを笑顔で口に運んでいく。最高の時間ではございませんか」
「いいな……! それは実に素晴らしい。だが、僕はこれまでシャーロットさんを僕から何度も食事や買い物に誘おうとして、そのたびに失敗してきた。どうやら僕には女性を食事に誘う才能というものがないらしい」
「女性を誘う才能とはなんですか殿下。いえ、仮に女性を誘うのに才能というものが必要であったとしても。才能がないくらいなんですか。練習するのです、殿下」
うなだれるアウゼス王太子の肩の上に、セバスが手を置く。
「デートに誘う練習をするのです。アウゼス殿下はいつだって、困難なことに対して何度もくじけず努力を積み重ねてきたお方です。今回もそう。シャーロット様をデートにお誘いする練習をするのです。殿下を応援しているのは、私だけではございません。入りなさい」
セバスが合図すると、目深にローブを被った男たちが音もなく部屋に入ってきて、アウゼス王太子の前に膝をつく。
「王国諜報団、ここに推参しました」
王国が誇る、諜報を専門とする影の部隊。その長と幹部がアウゼス王太子の前に集結していた。
「差し出がましいかも知れませんが、我ら王国諜報団、この街の高級レストランの中でも特にオススメの店をリストアップしておきました」
先頭に立つローブの男が紙束をアウゼス王太子に差し出す。紙には、1枚1枚店の特徴やオススメメニューが丁寧に記されている。
「我らは影に生きる存在。表立って力をお貸しすることは出来ませんが、我々も陰ながら殿下を応援しております」
「お分かりになりますか、殿下。殿下には、沢山の味方が付いております。殿下が一歩踏み出す勇気がないとおっしゃるのであれば、我らがその勇気をお貸しいたしましょう」
「セバス……みんな。ありがとう! プラチナ昇格試験終了後、今度こそシャーロットさんをディナーに誘って見せる! 今日はまだ時間がある。セバス、早速シャーロットさんをデートに誘う練習をするぞ」
「そうおっしゃるかと思い、シャーロット様に頭身が近いマネキンを用意しておきました」
セバスが合図すると、騎士団のメンバーがドレスを着た女性型マネキンを運び込んでくる。
「何から何まで済まないな、セバス」
「この程度お安い御用でございます」
アウゼス王太子とセバス以外の人間が静かに部屋から退出していく。
「さぁ、このマネキンをシャーロット様だと思ってお誘いするのです!」
「よし行くぞ!」
アウゼス王太子は自分の両頬をたたいて気合を入れる。
「シャー、シャーロットさん、ええとその……すまない、なんでもないんだ……」
「殿下、勇気をお出しくだされ!」
――
「シャ、シャーロットさん、今日この後もし暇だったらその……暇だったら……今日はいい天気だね、君もそう思わないかい?」
「天気の話に逃げるのはおやめくだされ殿下!」
――
「シャーロットさん、今日はこのあと暇かな? よ、良ければ今からディナーでもどうかな? 良い店を知って……ところで今日はいい天気だね」
「あと一歩ですぞ殿下!」
――そして数時間後。
「シャーロットさん、今日はこのあと暇かな? 良ければ今からディナーでもどうだろう? 美味しい魚料理を出す良い店を知っているんだ」
アウゼス王太子は遂に、よどみなくディナーへ誘う台詞を言えるようになった。
「お見事です、殿下。あとは無事にプラチナ昇格試験をクリアするだけですな」
部屋にはセバスの惜しみない拍手がいつまでも響いていた。