第44話 (試験官SIDE)今年の受験生は化物かもしれない 後編
――2年前のことである。
あるエリート冒険者パーティーが獰猛なモンスターの棲む森の奥深く、川の底である鱗を発見した。
腐敗も風化もしていないその黒い鱗は、見るものを魅了する金属質の光沢を放っていた。
そしてその鱗が冒険者ギルドに持ち込まれると、驚くべき事実が明らかになった。各種鑑定の結果、鱗は古い文献にのみ存在が記されていた最上位種ドラゴン“ブラックメタルドラゴン”のものであると断定されたのだ。
半ば伝説上の存在であったブラックメタルドラゴンが実在するとわかり、冒険者ギルドに激震が走った。
そして更に驚くべきは、鱗の硬度である。冒険者ギルド所属の冒険者たちがこぞって攻撃を撃ち込んでも、鱗には傷一つ付けることさえかなわなかった。
鱗は、川の上流でブラックメタルドラゴンの身体から剥がれ落ちたものが流れ着いたものだと推測されている。そして川の上流は、いまだに強力なモンスターが生息するため冒険者ギルドの調査が進んでおらず、地形さえ不明な人類未踏の地である。
ブラックメタルドラゴンの実在が確認されたことで、冒険者ギルドは万一ブラックメタルドラゴンが街を襲撃した場合に備えた対処マニュアルを作成した。その方針は『ブラックメタルドラゴンの討伐はあきらめ、冒険者は住民の避難に専念する』というものである。
冒険者ギルドとしては異例の、非常に消極的な内容のマニュアルである。だが、冒険者は誰一人として異論を唱えなかった。誰も、ブラックメタルドラゴンにダメージを与えられる自信がないためである。
――
「――これは、幻覚……?」
今。試験官の目の前には、ブラックメタルドラゴンがそびえ立っている。
もちろん、幻覚である。
現実には『急に試験官さんが固まってしまわれたけど、どうしたのかしら?』と首をかしげるシャーロットがいるだけだ。
だが 斧を通して伝わってくるシャーロットのあまりの圧倒的な防御力が、試験官にブラックメタルドラゴンをイメージさせたのである。
試験官は、全身にびっしょり汗をかいていた。自分が持っている斧が、ティースプーンにも足らない頼りない武器に思えてならなかった。手は、小さく震えていた。
(なんなんだ、この圧倒的な防御力は! これが人間の防御力か!?)
ここで試験官は強みを発揮した。
いかに理解不能な状況でも。いかに絶望的な状況でもあきらめず最後の瞬間まで考えて行動できる。これが試験官の最高の長所だった。
(物理攻撃はまるで無意味! とにかく、一度距離を取って――)
だが。
それでも試験官はあまりに色々と余計なことを考え過ぎてしまった。
混乱の極みから脱出したのは見事であったのだが、それでも時間を掛け過ぎたのである。
試験官が2度目の斧の攻撃を打ち込んでから、距離を取ることを決めるまで3秒を要していた。
そしてその時間は、いかにおっとりしたシャーロットであっても
「試験官さん? どうされました?」
と言いながら、斧を手で掴むのには十分すぎる時間であった。
シャーロットが斧を掴んだのは、『何となく』である。だがその何となくの行動は、ここで最高の効果をもたらした。
(動かない――! 冒険者ギルド屈指の剛腕の俺が! 全身の力で引っ張ってるってのに! お嬢様が手のひらで握ってるだけの斧がビクともしない!)
試験官の前に、再びブラックメタルドラゴンの幻覚が立ちはだかる。
今試験官は完全に理解した。
(俺はこのお嬢様の動きを見て、『何の戦闘技能も身に着けていない』と思ったが、根本から間違ってるんだ! 『戦闘技能を身に着ける必要なんて無い』んだ! ドラゴンが武器や格闘技術を身に付けないのと同じように! このお嬢様は、圧倒的な身体能力を持っている! ただ素人くさいパンチを繰り出すだけで、俺の肉体なんぞ木端微塵に吹き飛ばすだけの破壊力がある!!)
試験官の全身を、寒気が駆け上がる。
「う、うわああああ!」
今度は理性的な判断ではなく、恐怖から反射的に試験官は武器を手放して飛びのく。思いっきり後ろにジャンプして、尻もちをついた。
「はぁ、はぁ……!」
試験官は息が荒くなっていた。そしてその場から逃げるために立ち上がろうとしたとき――
「今だ! やあああぁ!」
試験官に完全に存在を忘れられていたユクシーが、ハンマーで試験官の胸のペンダントを叩く。
“パリイイィン!”
高い音を立てて、ペンダントが砕ける。
「あっ……そうか、試験終了か……」
試験官は、半分放心していた。ペンダントを不意に破壊されてしまった悔しさ等はなく、ただもうこれ以上シャーロットと向き合わなくて済む安心感だけがあった。
「……第11チーム、二次試験合格だ……!」
試験官はうわごとのように呟く。
膝の震えは未だ収まらず。まだ、立ち上がれそうにはなかった。
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