第43話 (試験官SIDE)今年の受験生は化物かもしれない 前編
「それでは、第11チーム。入ってきな」
試験官に呼ばれて、シャーロット達3人が入ってくる。
シャーロット達が通されたのは、建物の外にある小さな広場。
足元は土で、障害物などは何も無い。
「やる気十分って顔だな。それじゃ、早速始めようか」
試験官が腕を回す。
(随分ヤワそうなのが来たな。これは歯応えがなさそうだ)
試験官は、そう考えていた。
試験官の身長は2メートルを優に超えている。肩幅も広く、向かい合ったものに威圧感を与える。
対して、相手は中肉中背の剣士に、上品な雰囲気のお嬢様。そして、獣人の子供。
(1分だな。連携を緻密に組み立てたら何とか2分は持ちこたえられるか)
と、試験官は見積もった。
この試験官は、決して油断して相手を過小評価しているわけではない。
この試験官の武器は冒険者としての圧倒的経験値。相手の何気ない挙動から、相手の練度を推察することができる。
(あの剣士はそこそこ。経験値は詰んできたようだが、プラチナにあげてやるにはまだ実力不足かな)
と評する。
(あの上品なお嬢様は、論外だ。まるで動きが洗練されてねぇ。喧嘩もしたことないんじゃねぇか? 全く戦う人間の動きじゃない。およそ生まれてから一度も武術も剣術も習ったことなんてないんだろうな。恐らく、サポート系の魔法かギフトでこれまで仲間を支えてきたんだろう。だが、プラチナ級冒険者ってのは、自分の身は自分で守れる強さが求められる。悪いが、何らかの戦闘技能を身に付けて出直してもらうぜ)
そして、
(あの獣人の子供。あいつが一番おっかねぇ。俺には分かるぜ。あの若さで、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた動きだ。プラチナ昇格試験の資格を手にしたってのは伊達じゃねぇ。ギフトを手にするずっと前から己を鍛え、モンスターと命のやり取りをしてきた動きだ。あの子は必ず、冒険者として大成する。間違いなく、プラチナに上がるべき人材だ)
試験官の背中を脂汗が伝う。
(だが、プラチナに上がってもらうべきは今じゃねぇ。素質も努力も十分だが、まだまだ身体の成長が追いついてねぇ。後少なくとも数年経って、大きくなってから出直してもらうぜ)
そしてそこまで詳細に相手の力量を見極めた上で、
(やはり1分だ。1分で、全員のしてやる)
と決めた。
「受験生達、もう一回ルールを説明するぜ。合格条件は、この俺の胸にぶら下がってるペンダントを破壊すること。全員降参するか気絶したら試験失格だ」
そして試験官は傍らに立てていた大斧を持ち上げる。斧は木製で、更に衝撃を和らげるために布を何重にも巻いている。
「見ての通り、こっちも出来るだけ怪我をさせないように工夫はしている。だが、それでも怪我するときは怪我はする。駄目だと思ったら、早めの降参を勧めるぜ。相手の力量を見定めて逃げるのも、大切なことだ」
そして試験官は斧を構える。
「準備はいいな? それじゃ……試験開始!」
こうして戦いの火ぶたが切られた。
「俺が1人で決めてやる!」
剣を持った受験生が、素早く斬りこむ。
左右に軽快に動いて、斧の狙いを付けさせない――という算段だったのだが。
「動きが単調過ぎだぜ」
試験官が、片手で軽く斧を振るう。斧は正確に受験生を捉えた。
受験生が咄嗟に剣でガードするのだが、剣ごと吹き飛ばされた。そして地面に転がって動かなくなった。気絶しているのだ。
「まずは1人。駄目だぜ、コンビネーションを考えねぇと」
試験官はそういって、余裕たっぷりに斧を構えなおす。
「ん? 1人いねぇな」
試験官は辺りを見渡す。
「やあぁ!」
ユクシーは、試験官の足元に潜り込んでいた。
腰の小さなハンマーを抜き、試験官の太ももを狙って振りぬく。
「ぬぅ!?」
試験官が体勢を崩す。
(単騎で突っ込んだ仲間に合わせて、ためらいなく俺の足元に潜り込んできたのか! その判断力と度胸は良い! やはりお前は逸材だ! 数年後に是非プラチナに上がってくれ!)
更に。
“ボン!”
試験官の足元で、小さな爆発が起きる。
(これは――火薬!? ギフトで火薬を生成したのか! 面白れぇ!)
試験官は、片脚が宙に浮いて完全に体勢を崩す。そこへ――
「“パラライズ”ですわ!」
すかさずシャーロットが麻痺魔法を放つ。完璧なタイミングだった。
しかし。
「あっぶねぇ!」
試験官は片脚だけで素早く横へ飛び、麻痺の粉を回避する。
(やるじゃねぇか! だが、それでもプラチナにあげてやるにはまだ少し足りねぇな!)
試験官は、ユクシーを放置してシャーロットに突撃する。
「シャーロットお姉さん、危ない!」
突然の反撃に、シャーロットは防御体勢を取ることもできなかった。
試験官が斧を振るう。
(怪我しない程度、ギリ戦闘不能になる程度にしといてやるよ)
加減した一撃が、シャーロットの肩に当たる。
――だが。
“ゴツン!”
試験官は、恐ろしく固い手応えを味わっていた。
「な、何が起こった!?」
試験官の手は、衝撃でしびれていた。
「なんだ、これは……!? まるで岩でも殴ったみてぇなこの感触は!」
試験官は、手加減をやめた。
さっきより重い一撃を、もう一度シャーロットの肩めがけて打ち込む。一般人であれば、胸の骨まで砕ける一撃だ。
“ゴツン!!!”
さっきよりも大きく、固い音が響く。
「これは……ドラゴン?」
試験官の目の前には、ドラゴンの幻覚がそびえていた。
それもただのドラゴンではない。最上位種、ブラックメタルドラゴン。
ドラゴンの中でも最も強固な体をもつ種である。