第24話 (モブ冒険者視点)英雄シャーロット、今度は人知れず悪霊を祓う
夜の酒場で、恐る恐る男は話し始める。
「まず俺は、回復魔法で霊を祓うことを専門にしてきた冒険者だ。何度か死線を潜って一人前だという自負は十分にある」
「はい。プライバシー保護のために詳細は伏せますが、この方は回復士や除霊師などの資格を持ち、これまでに数々の難関クエストをこなしてきた、大ベテラン冒険者です。腕前は私が保証します」
隣に立っていた受付嬢が付け加える。
「だがそれでも、俺は今日何度も、シャーロットさんに信じられないものを見せられた。未だに夢だったんじゃないのかと疑っている」
男が話し始めると、周りの冒険者達が固唾をのんで聞く姿勢をとる。
「まず初めに。いま街の外れの墓地は、原因は不明だが幽霊が悪霊化して踏み入る人間に片っ端から襲い掛かっている。除霊を専門にしている俺でさえ、10分いるのが限界だった。常人では、足を踏み入れた瞬間に呪い殺されてしまうだろう。……俺が見つけたとき、シャーロットさんは墓地で食事を取っているところだった」
「なるほど、食事は体調管理の基本。ダンジョンなどで食事を疎かにする冒険者は多いですが、空腹ではパフォーマンスを発揮できません。流石シャーロットさん、危険な悪霊の棲む墓地でも体調管理を怠らないとはお見事です」
受付嬢が何度も頷く。
「ちなみに、シャーロットさんは何を食べていたんですか?」
「カボチャの冷製スープだ」
「「「カボチャの冷製スープ!?」」」
冒険者ギルド中が騒然とする。
「自宅で作っても結構めんどくさいカボチャの冷製スープを、悪霊の棲む墓地で……!? シャーロットさんにとって、悪霊どもが棲む墓地でさえ自宅のキッチン同然ってことかよ!?」
「あのひと手間かかる料理を、わざわざ用意するとは……! シャーロットさん、冒険者の基本である“食事”をめちゃくちゃ大事にしてるんだな」
「私なんてこのあいだカボチャの冷製スープ作ろうとしましたけど、途中で面倒くさくなって温かいまま飲んじゃいましたよ」
シャーロットが食べていたものの情報だけで、冒険者ギルドは大盛り上がりだった。
「驚くのはまだ早い。シャーロットさんは次に、何らかの回復魔法またはスキルを使って除霊を開始したんだ。――それも、桁外れの。思い返すだけで恐ろしい。俺は、未だにあの時見ていたものが信じられない」
男は目を伏せる。
「マイナスの存在である霊を祓うには、プラスの力を持つ回復魔法を当てるのが一番手っ取り早い。それは皆、知っているな?」
周りの冒険者達は頷く。
「ベテランである俺は、回復魔法を本気で連射すれば1分間に15体は祓える。俺に除霊を教えてくれた師匠は、1分間に32体祓った記録を持っていると言っていた。ただしもちろん、1分以上は無理だ。息切れするし、魔力も足りない。1日に3,4回全力連射すれば魔力は空になるだろう」
黙って周りの冒険者達が話に聞き入っている。
「だがシャーロットさんは、1分間に20体以上の霊を祓った。しかも、それを30分以上ずっと続けていたんだ。走りに例えるなら、俺が50メートルを全力疾走する以上のスピードで30分間走ってるようなもんだ。……生物としてのステージが違う。俺はそう思ったね」
除霊専門の冒険者は苦笑する。
「シャーロットさんは、寄ってくる悪霊を見向きもせずに方っ端から祓っていたよ。何の魔法かスキルか知らないが、とにかくまるで寄せ付けなかった。下手すると、シャーロットさんの視界に入る前に祓われていたかもしれない。そして同じ道を何度も行ったり来たりしながら、丁寧に墓地に棲む霊を祓っていたよ。何も知らない人が見たら、まるで道に迷ってウロウロしてるだけに見えるだろうな。だがシャーロットさんがそうして徘徊しているうちに確実に、墓地の悪霊は減っていった」
静かに。だが確かに。周りの冒険者達の興奮の熱は上がっていった。
「だが、墓地にいるのは幽霊だけじゃない。出たんだよ。“ガーゴイル”が」
「「「ガーゴイルだって!?」」」
冒険者達が一斉に慌てる。
「ガーゴイルっていえば、翼の生えた悪魔の石像みたいな、あの超強固なモンスターだろ!?」
「物理攻撃も魔法攻撃もほとんど通らない希少モンスターと聞いています」
「俺なら出会った瞬間に即逃げ出すね」
「……ガーゴイルと遭遇して。シャーロットさんは、俺の視界から“消えた”。超スピードなのかなんなのかわからないが、とにかく俺もガーゴイルもシャーロットさんを見失ったんだ。……そして次の瞬間、シャーロットさんはガーゴイルの背後に立っていて――魔法の一撃でガーゴイルを木端微塵に破壊した」
「「「一撃で木端微塵に!?」」」
さすがの冒険者たちも、言葉を失う。
「魔法ダメージを1割も通さないあのガーゴイルの強固な体を一撃って……! ドラゴン殺しに匹敵する武勇伝じゃないか、それは?」
「一体あの華奢な体のどこに、それほどの魔力が?」
「まだまだ語ることはある。シャーロットさんはそのまま、近くにあった木の切り株に腰掛けて、目を閉じて集中する。そして、押し寄せてくる悪霊達を寄せ付けることなく、3時間もの間除霊し続けた。……想像してくれ、短距離走と同じスピードで3時間ぶっ通しで、汗一つかかずに走り切る人間を。シャーロットさんが成し遂げたのは、そういうことだ」
もはや周りの冒険者たちは、言葉を発することさえできなくなっていた。
「そして墓地にいた悪霊は全滅した。シャーロットさんは墓地の出口に向かっていた……だがここで、事態は急変する。……墓地にいた悪霊達の多くは、既に融合して最悪の存在となっていたんだ」
「それってまさか……」
冒険者の1人が口にする。
「そう。“怨霊集合体”が既に完成していたんだ。過去にいくつもの街を廃墟に変え、今も誰も踏み込めない土地になっている」
口にする男の手は、震えていた。
「通常の幽霊は半透明かほぼ透けているが、“怨霊集合体”は密度が異常に高いためほぼ実体化している。見た目だけなら、フードをかぶったただの人間に見えるだろう。だが俺は、“怨霊集合体”を見た瞬間に死を覚悟したよ」
額の汗を拭きながら男は語り続ける。
「怨霊集合体は、シャーロットさんに呪詛を掛けた。常人なら、即死どころか肉体が即腐乱死体になるほどの凄まじい呪いだ。……だが、シャーロットさんは平然としていた。本当に、意味が分からない。呪いや毒などの状態異常を完全遮断しているとしか考えられない」
男は、頭を抱えている。
「怨霊集合体の繰り出す呪詛を何度も受けて、シャーロットさんは平然としている。その間にも、シャーロットさんは怨霊集合体にプラスの力を送り込み続け、遂に怨霊集合体を完全に祓った」
冒険者ギルドの中に、拍手が満ちる。
「あの怨霊集合体が解き放たれていれば、この街は既に廃墟になっていただろう。それを、誰にも語ることなく1人で片づけたシャーロットさんは、“最高”という言葉以外では言い表せないよ……」
そこで男は、自分の酒の注がれたグラスを手にとる。
「俺にできることはこれくらいしかない。街の英雄、シャーロットさんに乾杯」
「「「乾杯!!」」」
こうしてまた1つ、本人のあずかり知らぬところでシャーロットの武勇伝が増えたのであった。








