背中越しの会話
今回のドラマのロケは奈良の広いお寺で行われた。
午前の撮影が終わり昼食時間になる。広々とした風景の中でロケ弁を開く。
他のキャストやスタッフの人たちも、あちこちに腰掛けて弁当を食べ始めた。
皆、マスクを外し、距離を空けている。
食事中に会話をしない「默食」が原則なので、親しい人と一緒に食べるということも自然となくなってきた。
「みぶさん、ご無沙汰してます」
背後から女の人の声がした。
振り向こうとすると、
「あ、そっち向いててください。食事中、顔を合わせて会話しないよう言われてますから」
とたしなめられる。
「そうでしたね。以前、ご一緒しましたっけ?」
「バラエティ番組で…ほら、あの骨董品の…」
「ああ、あの時ですね」
思い出した。
骨董品の価格を当てるクイズ形式の番組に出たことがある。
回答者の中に女優さんもいたっけ。
「みぶさんがズバリ価格を当てられたんでびっくりしました」
「あの古い鏡ですね」
蔵の中から出てきた鏡の値段を、たまたまぼくがぴったり当てたので賞品を貰ったのだ。
待てよ、あの番組放送されたんだっけ?
「そんなこともありましたね。あなたも回答者で出演されてたんですか?」
「それに、みぶさん、綺麗な人が使ってたんでしょうねっておっしゃってましたね」
質問には答えず彼女が言う。
「古い鏡なのに傷ひとつなかったから、綺麗な人が丁寧に使っていたように思ったんです」
「そういうことだったんですね。オンエアもご覧になりました?」
そう尋ねられたので、気になっていたことを応える。
「あの番組は放送されなかったんです」
「まあ、どうして?」
「トラブルがあったんですよ。鏡の面をカメラが撮った時、そこにいるはずのない女の人の姿がモニターに映っていたんです。それが何十年も前に亡くなった鏡の持ち主の澄川初枝さんという方とそっくりで、それで番組自体がお蔵入りに…」
思わず振り返ると、そこには誰もいない。
あるのは「澄川家」と書かれた小さなお墓だけだった。