目
まさか、そんなことを言われると思っていなかった私は、たじろぐ。
「そんなの……、私がもし、陛下のことを好きになってしまったら……」
私は誰にも恋をするつもりはないけれど。それでも、一般的に自分に向けられる好意というものは心地のいいものだ。その心地よさに流されてしまう可能性はゼロじゃない。でも、その場合、この国から神が去る。
そんなこと、許されるはずがなかった。
最悪、私は殺されるだろう。
でも、私は死にたくない。
「ああ。だから、私のことは好きにならないでくれ」
言ってることが最低だ。本当にこのひとは、わかっていっているのだろうか。
「……陛下、戯れがすぎます」
「本気だ。君は、誰も好きになる気はないのだろう?」
「それは、そう、ですが……」
それは、あくまでそういうつもりなだけで。私自身も絶対そうだとは、言いきれないのに。だって、誰が言ったのか、恋とは落ちるもの。私の今のところの旦那様に対する恋愛的な好感度は地をはっているけれど。
『あまり、アデラインをこまらせるな、ユーリシア王』
バメオロスが口を開いた。
『私は、アデラインの幸せを望む。アデラインが幸せなら、誰に恋に落ちてもいい。どちらにせよ、ユーリシアと私との盟約はもう終わったのだから。私は、私の意思でどうあるべきかを決める』
「っ、それは、すでにこの国を去られる意志がということですか?」
旦那様が、バメオロスの言葉に焦りをあらわにした。
バメオロスはそんな旦那様に興味がなさそうな瞳をむけた。
『アデラインとの契約が終わるまではアデラインのそばにいるが、それは【アデラインのそば】であって、ユーリシアとは限らない。【目】を喪った時点で、ユーリシアとの盟約は終わったのだから』
そういうと、バメオロスは私に近づき、体を刷り寄せた。
私は、優しくその背を撫でる。
「では、また【目】さえ取り戻せば……!」
『どうやって? アデラインを利用する気か? そんな心根に【目】をもつものが生まれるとは到底思えないが』
バメオロスは、ため息をついた。旦那様も深く考え込む。
朝の食事は、気まずい雰囲気のまま、終わった。
『アデライン』
朝食を終え、バメオロスのために、イーディナ花を咲かせた後。バメオロスは、ふいに、口を開いた。
「どうしたの? バメオロス」
『あなたが幸せなら、誰に恋に落ちてもいいが。ユーリシア王には、恋人かもしれないものがいるだろう』
そうだった。すっかり忘れていたけれど。私が旦那様に興味をもつきっかけとなったボール。そして、そのボールの手紙から香った旦那様の好きなトドロキ花の香り。
『そんな相手に、恋をするのはあまりすすめはしないな』
「……そうね」
本当に旦那様の恋人であっても、相手の片想いであっても。そんな相手が近くにいる。そんな面倒ごとはごめんだわ。
でも、恋人の場合。旦那様は、私に一目ぼれをしたというのは嘘だということよね。勝手に好きでいるといったのも。私を懐柔して、バメオロスをどうにかするため。嘘はあまり好きじゃない。でも、嘘の方が、安心できる。
嘘だと思えば、私が、偽の想いにながされることはないだろう。
ふと、目映い光がバメオロスを包んだ。
そして、バメオロスが、人の姿になる。端正な顔立ちの美青年だ。そうして、そっと、私の髪を耳にかける。
「あなたの瞳が、よくみえる」
そうだ。目といえば。
「ねぇ、バメオロス。どうして、ユーリシアは目を失ったの?」




