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八、異国の少年


 ***




 国が滅びる夢を見た。


 魔王が復活した夢だ。


 蘇った魔王は恐怖と悲劇を撒き散らし、人々は絶望の底に沈んだ。


 いや、絶望しない者がたった一人だけ存在した。


 その者は諦めることなく魔王の前に立ち、訴えた。


 目を覚まして。負けないで。


 その声が、その存在が、魔王にとっては唯一己れを脅かすものだった。


 こいつさえ居なければ、もっと早く復活できた。こいつさえ居なければ。


「見つけた」


 不意に、頭の中で声が響いた。


 漆黒の髪に藍色の瞳の少年が、こちらを見ていた。


「成功したよ。キミの魔法は。お願い、僕とーーー」


 その先は聞こえなかった。

 目が覚めてしまったからだ。


「……んあ?」


 ガタガタ揺れる馬車の荷台で、器用にも熟睡していたらしい。御者台に座った父親が笑いながら声をかけてきた。


「起きたかユーリ」


「ん……変な夢見た……」


「ははは。初めての行商だっつうのに、肝の太い奴だな!我が息子ながら!そら、もうじきヴィンドソーン王国に入るぞ!」


 父の言葉通り、道の向こうに大きな街の姿が見えた。その中心には壮麗なシュロアーフェン城が威容をもって聳える。


 八歳のユーリ・シュトライザーは夢の内容などさっさと忘れて、初めて訪れる大国への期待で胸を一杯にした。


「すっげー。大きな城だなぁ。どんな人達が住んでるんだろ」


 ユーリの住むレコス王国は小さな国だ。絹の生産が盛んだが、国の大半を占めるレクタル族には魔力がほとんどないため、常に他国の侵略に怯えなければならない弱小国だ。周辺国には侮られ、国家というより辺境の蛮族扱いされることも多い。


 三十年ほど前にレコス王国が他国に狙われて攻め込まれそうになった際に、ヴィンドソーン王国が自国の貴族の娘をレコスの王家に嫁がせてくれたことによって事なきを得たことがあった。レコスに攻めいろうとしていた国はレコスよりは大きい国だったが、大国ヴィンドソーンが相手では足元にも及ばない。ヴィンドソーン王家の不興を買うことを恐れて兵を引いたのだ。


 他国の貴族令嬢を王家に迎えることはレコス王家の悲願でもあった。他国の貴族と縁戚を結ぶべく長年努力してきたが、どの国に申し入れてもけんもほろろに断られてきた。蛮族の長に貴族の娘を嫁がせる訳にはいかないと。

 だからこそ、ヴィンドソーンが周辺国の平和を維持する目的とはいえ、レコス王家に貴族の令嬢を嫁がせたことは大きな驚きだった。

 自国の貴族を輿入れさせたということは、ヴィンドソーンがレコス王家を蛮族の長ではなく一国の王家と認めた証であるからだ。


 故に、レコス王国ではヴィンドソーン王国のーーー特に王家の人気が高い。

 ユーリもまた、まだ見ぬ大国に強い憧れを抱いていた。


「友達、出来るといいなぁ」


 ささやかな希望を口にして、ユーリは荷台の上でにこにこと笑みを浮かべた。




 ***



「国内では、もうこれ以上はみつからないと思います」


 王都の魔法協会本部の一室で、ビクトル・ムグズは集まった幹部達の前で発言した。


「やはり、ムグズには周辺国を回ってもらわなければならないでしょう」


「そうさのう……しかし、他国から魔力の高い人間を集めて連れてくるのは掟破りじゃ。下手すれば戦争になる」


「魔王の件は、国外には漏らせませんからね……」


「数年内にヴィンドソーン王国は壊滅的な打撃を受けます、なんて知られて見ろ。嬉々として乗っ取りにやってくる国がどれだけあるか」


「そういえば、あの夢では他国の影は見えなかったな。国があんなひどい状態だったのに」


「皆、魔王を恐れたんじゃないか?誰かが魔王を倒してから、弱体化した我が国に攻めいるつもりだったんじゃあ……」


 大魔法使いシャークロー・ゴドヴィンを頂点に掲げる王立魔法協会の最高幹部六部卿は来るべき魔王復活の日に向けて、戦力の増強に努めていた。

 魔法協会が真っ先に行ったのは、魔力値の高い人間を捜し出すことだ。

 とはいっても、ヴィンドソーン王国は他国に比べると魔力値の高い人間が多く、もともと魔法は盛んなため、大半の国民は幼い頃に魔力値を測ってしまっている。魔力値は生まれながらのもので増減はしないため、そもそも魔力値の高い人間は既に魔法協会に入ってしまっている。新たな戦力を見つけるのは難しい。

 で、あるならば、ヴィンドソーン以外の国から、魔力値の高い人間を連れてくるしかない。しかし、それはそれで問題がある。


「一人二人なら問題ないが、あちこちの国から魔力値の高い人間を何人も連れ帰ってしまうと、魔法を独占しようとしていると思われるだろうな。下手をすると戦争準備をしているとでもとられかねない」


 六部卿の一人が呟き、皆一様に顔を曇らせた。


 自分の能力がこんな形で役に立つ日がくるとは、と、ビクトルは複雑な気分で溜め息を吐いた。

 まだ若輩の彼が最高幹部の会議に招かれているのは、彼の持つ特殊な能力が理由である。

 彼自身はさほど魔力値が高くなく下級魔法しか使えないのであるが、彼は他人の魔力を「視る」ことが出来る目を持っているのだ。


 通常、魔力というものは目に見えない。しかし、ビクトルには魔力を持つ人間は常に体から靄のようなものを発しているように見える。


 魔力値の低い人間は弱々しい靄を、魔力値の高い人間は勢いよく靄を噴き出しているのだ。


 そのため、魔力値の高い人間を捜すために魔法協会は彼を各地に派遣したのだ。しかし、前述の通りめぼしい人材は既に中央に集まってしまっている。成果はほとんど得られなかった。


「やはり他の国から……」


「一国につき一人であれば、連れてきても不自然じゃありますまい。通常のスカウトの範囲です」


「同じ時期にたくさんの国から一人だけ連れてきていると気づかれれば、やはり同じことよ」


「そもそも、ムグズ一人でそんなにもたくさんの国を回ることは出来ないでしょう?」


 結局、いい解決策は思い浮かばず、ビクトルは六部卿の前を辞した。


「ふぅ……」


 魔法協会の廊下を歩きながら、ビクトルは肩を落とした。

 あの夢の中で、ビクトルは早々に命を落としていた。当たり前だ。下級魔法しか使えないのだから。


 しかし、上級魔法の使い手も、大魔法使いでさえも、魔王には歯が立たずに破れてしまった。

 周辺諸国から恐れ崇められるヴィンドソーン王国魔法協会が、魔王との戦いにおいては何の役にも立たなかったのだ。


 今、魔法協会の者達は必死に修行をしている。あの夢の通りに情けない死に方などしたくない。来るべき日に向けて、少しでも強くなれるように。


ーーーそうだ。私も、出来ることをしなければ。


 ビクトルは顔を上げて足早に歩き出した。もう一度、街を巡ってみよう。まだ魔力測定を受けていない幼い子供の中に、魔力値の高い者がいないか捜すのだ。


 魔王が復活するのは三年後。しかし、魔王との戦いは二十年以上続く。今は幼くとも、数年後、十数年後に十分な戦力になる者を見つけだすのだ。そして、これから生まれてくる英雄を支える魔法使いへと成長してくれればいい。


「よし!」


 気合いを入れたビクトルは、そのまま街へ出た。まずは人の集まる場所を見て回ろうと、市場へと足を向ける。


 最近は武器や防具が飛ぶように売れているという。あまり武器防具を大量に手に入れるとやはり戦争準備と誤解されかねないので、これもまた難しい問題だ。国民が勝手に買っているだけとはいえ、他国から見ればヴィンドソーン国内の武器の量が増えているのは事実なのだから。


「ねぇ、おじさん。怖い魔法から身を守る道具ってある?」


 不安そうな顔の娘が、他国から来た行商とおぼしき男にそう尋ねていた。


「なんだい?今日は似たようなことを随分聞かれるな」


 行商の男は首をひねってぼやいた。


「武器は売っていないのかーとも聞かれたし……なんだい?悪い魔法使いでも現れたのかい?」


 男は冗談口調で言ったが、この国の人間にとっては冗談ではない。誰も笑わないので、男は口を噤んだ。


 そこへーーー


「父ちゃん、こっちの荷物も下ろそうか?」


 馬車の荷台から、幼い少年がひょこっと顔を覗かせた。


 その瞬間、ビクトルは目を見開きその場に立ち尽くした。

 声もなく、少年を見つめる。



「……き、キミっ!」


「へ?」


 我に返ったビクトルは、遮二無二少年に駆け寄ってその肩を掴んだ。


「キミはっ、名前はっ、国は、どこっ……」


「おいアンタ!人の息子に何すんだ!」


 行商の男に怒鳴られたが、ビクトルは少年から手を離すつもりは無かった。


 少年の体から噴き出す魔力が、焔のように勢いよく立ち昇っていたからだ。




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