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六、昼間の夢



 ***




「えー、では、後は若い二人で……」


「待て」


 役目を終えて退場しようとしたルートヴィッヒだったが、その服の裾をがしっと掴んでガルヴィードが引き留める。


「なんだよ、もう用はねぇだろ」


「ある。俺とルティアが結婚しなくてもすむ方法を考えろ」


「そんな方法はない」


 ルートヴィッヒは一言で却下した。


 お茶に媚薬を盛られた日以降、ガルヴィードが警戒してルティアと二人きりではお茶を飲まないと宣言したため、お茶の間だけルートヴィッヒが同席することになったのである。

 ルートヴィッヒはお茶の間だけ座っていればいいだけなので、飲み終わった今は席に着いていなければならない義務はない。


 だが、ガルヴィードはルートヴィッヒを逃がすつもりはない。

 ルティアと二人きりでゲームをするのもそろそろ飽きているのだ。


 だから、この時間を有効に使いたい。作戦会議だ。


「要は、俺達が子作りしなくても、魔王が復活しなきゃいい話だろ?」


「魔王関係なく、お前にはルティア嬢しかいないってこの間言っただろ」


「うるせぇ。とにかく今は、この押せ押せムードに抗いたいんだよ!」


「やれ」と言われるとやる気がなくなる法則である。全国民をあげて「やれやれ」と言われると、これっぽっちもやる気にならない。


「ルティア嬢も、産みたくないわけ?」


 ルートヴィッヒに視線を向けられて、ルティアはぶんぶん頭を縦に振った。


「なんで?英雄だよ?」


「英雄、でも……」


 ルティアは頬を膨らませてテーブルに凭れた。


 胸の中でもやもやする気持ちを、ルティアは上手く言語化出来なかった。

 最初にあの夢を見た日、ルティアも他の皆と同じく、恐ろしい夢に怯え涙を流した。二晩続けて夢を見てしまってからは、どうかお救いくださいと神に祈った。

 だから、理解は出来るのだ。もしも英雄の母がルティア以外の誰かだったら、ルティアはその誰かに対して「早く産んで!英雄を!」と言っていただろう。今現在、全国民がルティアに求めていることを、ルティアもその人に求めていたに決まっている。


 だから、本当は頭ではわかっているのだ。自分は、ガルヴィードの子供を産むべきだと。


 全国民がそれを求め、国王も認めているのだから、素直に受け入れて英雄を産むのがルティアの役目だと。


(わかってはいる。けれど……)


 ルティアはちらりとガルヴィードの顔を見上げた。


 その精悍な顔立ちを見る度に、不思議と嫌悪感が湧き上がってくる。


 初めて会った時から、何故か消えない嫌悪感があるのだ。


(私はどうして、ガルヴィードが嫌いなんだろう)


 一緒に居たくない訳ではない。一緒にいると楽しかったりもする。


 それなのに、ガルヴィードの「何か」を、嫌いだと思ってしまうのだ。


「まあ、落ち着けよ。この間の媚薬みたいなのは、確かに馬鹿な奴の暴走だけど、俺達は皆、今すぐ産めって言ってる訳じゃないぜ。ルティア嬢はまだ十五だ。まずは手を繋ぐところから始めてみろよ」


「は?手ぐらい……」


「腕相撲は手を繋いだことにならないから」


 ありがたいアドバイスは与えてやった。これ以上は付き合いきれん、と、ルートヴィッヒはガルヴィードの手を無理矢理振り解いて部屋から出ていった。


 取り残された二人は、思わず顔を見合わせた。




 手を繋いだことぐらいある。

 山の中でキノコ探して遭難した時はさすがに心細くて手を繋いだし、人形と一緒に地下室に閉じこめられた時もガタガタ震えながら夜明けまで手を繋いでいた。

 だから、今更手ぐらい繋いだところで何がどうなる訳でもない。


「ん」


「はい」


 ガルヴィードがぶっきらぼうに差し出した手に、ルティアは躊躇うことなく自身の手を重ねる。


 二人の手が重なってーーーそれだけだ。


 ときめいたりしないし、気まずい雰囲気もない。


「どんくらい繋いでりゃいいんだ?」


「さあ?」


 ソファに隣り合って座って手を繋ぎ、やることがないのでぼーっと天井を眺める。


 手を繋いだまま、ルティアとガルヴィードはソファにもたれ掛かりーーーいつの間にか、眠ってしまった。



 ***




 ベッドから上半身を起こし、ガルヴィードが枕元の水差しに手を伸ばしす。よほど喉が渇いていたのか、一気に水を呷る。渇きは潤ったはずなのに、ガルヴィードは何かが足りないという表情をした。


「……ルティア」


 口から出た声は、ひどく掠れていた。


「ルティアは、どこだ……」


「ガルヴィード」


 ベッドの横に立っていたルートヴィッヒが、肩をすくめて言った。


「何度も言っただろう。ルティア嬢はお前に会えない」


「ダメだ……っ、ルティアを連れてきてくれ!頼む!」


「無理だ。ルティア嬢が傍にいると、お前は具合が悪くなるじゃないか。ルティア嬢も納得してくれている。今は体を治せ」


 ガルヴィードもルートヴィッヒも、今よりほんの少し年上に見える。

 ガルヴィードは窶れており、長く寝付いているようだ。


 彼は必死な様子でルティアを求める。


「ルティアに会わせてくれっ……でないとっ」


「もう休め。元気になればいくらでもルティア嬢に会えるさ」


 ルートヴィッヒはガルヴィードの訴えに取り合わず、部屋から出ていった。

 取り残されたガルヴィードは、拳を握り締めて俯いた。


「……俺が、……俺じゃなくなる……っ!……ルティア……っ」




 ***



 はっ、と、二人同時に目を開けた。


 繋いだままの手がびくりと震えた。

 ルティアとガルヴィードはソファに凭れていた身を起こして目を見合わせた。


「あ……」


「え……」


 ルティアは目の前のガルヴィードの顔を見つめて、たった今見た夢の内容を思い出して狼狽えた。


(なに、今の夢……っ?)


 病気で寝込んでいるようなガルヴィードが、ひたすらルティアに会いたいと訴えていた。


(え?何?なんで?手を繋いで寝たから?)


 繋いだままの手を見やって、ガルヴィードの夢を見たのはこのせいに違いないと自分に言い聞かせた。


(あんな夢を見たなんて知られたら、まるで私がガルヴィードに求められたがっているみたいで、恥ずかしいわ!)


 絶対に黙っていようと心に決めた時、ガルヴィードが口を開いた。


「……夢を見た」


「え?」


「俺が、なんか病人みたいで……お前に会いたがっていた」


「え?」


 ルティアは驚いて目を丸くした。


「ルートヴィッヒの野郎……お前に会わせないとかなんとか……なんだ、やけに現実みのある夢だったな」


 ガルヴィードが肩をすくめながら言うのを聞いて、ルティアは愕然とした。

 ガルヴィードの語る夢の内容が、ルティアが見たものとまったく同じだったからだ。


「ガルヴィード!」


 ルティアは繋いだままの手を、ガルヴィードの手ごともう片方の手でがっしと掴んだ。


「私も同じ夢をみたわ!」


「はあ?」


 目を白黒させるガルヴィードに、ルティアは自分が見た夢の内容を話した。それを聞いて、ガルヴィードの目に驚愕が浮かぶ。


「同じ夢……まさか、また全国民が同じ夢見てるんじゃ……?」


「いや、でも今は昼間だよ?みんな起きてるでしょ」


「そうだな。しかし、なんであんな夢を?二、三年ぐらい先の光景にみえたが……俺は病気になるのか?」


 ガルヴィードの呟きを耳にして、ルティアはハッとした。そう、夢が未来に起きることならば、近い将来にガルヴィードが病気になってしまうことになる。


「ガルヴィード!お医者様にみてもらおう!」


「お、おう……でも、今は別になんともねぇし」


「今はなんともなくても、ガルヴィードに何かあったらどうするの!?絶対、病気になんかなっちゃダメだからね!」


 ルティアはずいっと顔を寄せてガルヴィードの顔を覗き込んだ。

 手は握ったままである。


 ノックの音がした。


「失礼いたします……」


 扉を開けた侍女の目に飛び込んできたのは、ソファの上で手を握りあって至近距離で見つめ合う二人の姿だった。


 侍女が「赤飯!」と叫ぶ声が城中に響き渡った。




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