三、令嬢達の密やかなお茶会
***
ルティア・ビークベルは伯爵令嬢だ。
伯爵令嬢ともなれば、他の家のご令嬢からお茶会に招かれるのは珍しいことではない。
仲の良いご令嬢達と優雅にお茶を飲み、お菓子を食べ、穏やかに語り合うのだ。
「うふふ。ルティア様、こちらごらんになって」
「嫌だわ、ハルベリー様ったら。ルティア様にはこちらの方が」
「いえいえ。ルティア様にはぜひ私のおすすめを」
仲良しのご令嬢方がきゃっきゃっと鈴を転がすような声ではしゃぐのを、ルティアは微笑みを浮かべて見守っていた。
決して微笑みは絶やさない。
なぜなら、微笑んでいれば目を細めていられる。
そう、テーブルの上に積まれた代物を見なくてすむのだ。
テーブルの真ん中に積まれた春書ーーーエロ本を。
貴族令嬢のお茶会のテーブルに載っていていい代物ではない。
「ですから!ルティア様にはもっと初心者向けじゃないと!」
「クロエ様、優しいだけではいけませんわ!もっと踏み込んだ内容でないと!」
「お二人とも、落ち着かれて!ルティア様にはまず想像の翼を広げていただいて、この……あらまあ、すごい」
昼日中のお茶会で貴族令嬢がエロ本読んで頬染めてはいけない。美しく庭を整えた庭師が泣くぞ。
「でも、ルティア様が英雄の母になるだなんて……お友達として私も出来ることはなんでもいたしますわ!」
「私もよ!なんでもおっしゃって!」
「ルティア様はただ者ではないと以前から思っていましたわ!」
「……ありがとう、みなさん。まずはエロ本を仕舞っていただけるかしら?」
ルティアは優雅に微笑みを浮かべたままそう言った。
「ルティア様、私達、アルフリード様のご誕生を心よりお待ちしておりますのよ?」
「そうなの。でも、私は産むつもりなくてよ?」
「何をおっしゃるの!アルフリード様を産めるのはルティア様だけですのよ!?」
「そうですわ!どうか恐れずに、貴女様の道をお進みになって!英雄誕生への道を!!」
気軽にそんな道をお勧めしないでいただきたい。お勧めされても、お進む気ないから。
ルティアは深い溜め息を吐いた。あの夢以来、ルティアの都合などお構いなしで毎日城に連れて行かれてガルヴィードの私室に放り込まれるのだ。いきなり自分の部屋に伯爵令嬢を放り込まれるガルヴィードも不本意だろうが、いきなり王太子の部屋に放り込まれるルティアも不本意である。もっと丁寧に扱え。英雄の母だぞ。いや、産む気ないけど。
そんな日々に嫌気がさして、息抜きにお茶会に出かけてみればご令嬢達からこの仕打ち。
前世で聖人でも殺したんだろうか私、とルティアは前世の自分を疑った。
「はぁ……でも、お二人は救世主をこの世に生み出す運命の恋人だったのですね」
「素敵ですわ。この奇跡はきっと、我が国に永遠に語り継がれるでしょう」
「アルフリード様も素敵だったわ。漆黒の髪に、夜空のような藍色の瞳。お二人の良いところを受け継がれているのね」
令嬢達がうっとりとなる。お年頃のご令嬢達には「運命」の「恋人」が「奇跡」の「英雄」を生むなんて、ロマンチックが止まらない案件なのである。ルティアとガルヴィードが犬猿の仲だなんて瑣末な事実はロマンチックの前にはひとえに風の前の塵に同じだ。
ルティアは頭を抱えた。
城の方では「さっさと結婚させちまえ」という意見でまとまっているらしく、父は毎日城に出かけて忙しくしている。昨日なんかウェディングドレスのデザイン案が送られてきた。なんで皆そんなにノリノリなんだ。そりゃそうか、命がかかってんだもんな。
そう。夢の通りならば、三年後には魔王が復活し、国民が大量に殺されてしまうのだ。誰も魔王を倒せず、国全体に絶望が広がり、長い戦いの末に生まれた救世主アルフリード・ヴィンドソーンだけが希望となる。
だから産め、という言い分は、わからなくもないのだ。しかし
(あの男は無理!!)
どうしても、生理的な嫌悪が抑えられない。自分でもなんでこんなに嫌いなのかわからないけれど、とにかくガルヴィード・ヴィンドソーンだけは駄目なのだ。受け付けない。
ルティアは初めて出会った頃からのことを思い浮かべる。顔を合わせる度に怒鳴り合い、罵り合い、春は「四つ葉のクローバー探し勝負」、夏は「納涼!ビビらせたもん勝ち一本勝負」、秋は「仁義無きキノコ狩り勝負〜毒殺は反則負けとする〜」、冬は「白い恐怖!無限雪だるまサバイバル」で戦い続けてきた相手だ。もはや宿敵といっても過言ではない。
そんな相手と子作り……
「絶対無理!!」
ルティアは叫んで立ち上がった。
そのままお茶会の席から逃亡する。
「ルティア様!お待ちになって!」
「帰るのならばこれをお持ちに!」
「ルティア様に必要な知識はここに!」
泣きながら逃げ帰る伯爵令嬢を、仲良しの貴族令嬢達がそれぞれの手にお勧めのエロ本を持って追いかける。
絶対に捕まる訳にはいかない。
そんな覚悟でもって、ルティアは過去最高速度の脚力でご令嬢達を振り切って自邸に逃げ帰った。
泣きながら馬車も使わずに帰ってきたルティアを見た侍女が驚愕して駆け寄ってくる。
「お嬢様!どうなされました!?」
「お勧めのエロ本を手にしたハルベリー侯爵令嬢とクロエ伯爵令嬢とマチルダ伯爵令嬢に追いかけられたのよ!!うわああああ!!」
ルティアは身も世もなく泣き伏した。
よくわからないトラウマを抱えて帰ってきた主人に、侍女は傍にいたメイドに目配せしてルティアの私室に用意したロマンス小説の山をルティアの目に触れないうちに片づけさせた。
やりすぎて男女のあれこれ自体に嫌悪感を持たれては元も子もない。
「お嬢様、お気を確かに」
「ううう……「至上の快楽〜実践編〜」「濃蜜姫のひとり遊び」「ベッドの上で合いましょう〜それぞれの超絶技〜」……」
「タイトルしっかり覚えてるじゃないですか!!実はちょっと興味あったんですね!?」