新たなる力「ゾンビ化」
むしゃ、むしゃ。
何かを貪る音が、部屋に響き渡る。
まるで子供が散らかしたように、部屋に散乱するアンデットの死体。
それらに囲まれた中心から、音がする、
むしゃ、むしゃ。
まるで鼓動のように、拍を取るその音に、俺は起こされた。
暗闇から目が覚めたというのに、驚くほどに精神が安定している。
頭がスーッと透き通って、周囲の状況を冷静に感知していく。
こんな感覚は初めてだ。
周囲の景色に、何の感情も抱かない。
視覚、聴覚、視覚、嗅覚、触覚、すべてがただの情報として、脳に処理されていく。
俺は左腕を動かしてみた。
その手で、自らの頬を撫でてみる。
「……いき、てる……?」
自分は何をしていたのか、俺は思い返す。
確か、ダンジョンに入って……クビを宣告されて……ドラゴンに遭って。
そうだ、皆を逃がすために、ダンジョンの最奥部に1人残ったのだった。
あれだけのアンデットに囲まれ、あの巨大なドラゴンの炎に耐えながら、逃げていくパーティの背を見送ったのだ。
最後は、ドラゴンの吐く蒼い炎が放つ甘い快感に耐え切れずに、気を失ったのだった。
普通の人間なら発狂しそうな状況だ。
ドラゴンの巣に1人残され、周りには今にも動き出さんとするアンデット。
だが、その状況でも俺は冷静さを欠かなかった。
なぜだろう?
俺はそんなに強い人間ではない。
普段の俺ならば、間違いなくパニックに陥っていたに違いない。
原因があるとすれば、頭のスーッとするこの感覚か。
むしゃ、むしゃ。
その音に、俺は顔を起こす。
あのまま部屋の中心に寝ていたのか……。
先程の激闘が嘘かのように、部屋は静まり返っていた。
むしゃ、むしゃと何かを貪る音以外は。
その音の主は、この部屋の主。
ドラゴン・ゾンビが小さく蠢いているのが、うっすら見えた。
まったく光のささないこの部屋で、何故物が見えるのだろうか?
俺は体を起こそうと右腕を地面に付くが――。
――肩を地面にぶつけてしまった。
なぜだろう?
右腕をどれだけ振り回しても、地面に当たることはない。
俺は右腕を使うことを諦め、左腕を使って体を起こした。
むしゃ、むしゃ。
何を貪っているのだろうか?
ドラゴン・ゾンビにエサはいらないと思うが、この部屋に食料の蓄えでもあるのだろうか?
しかし幸運だった。
体をドラゴンに食われてしまえば、蘇生はできなかった。
「不死」の能力は、体がなければ発動しないからだ。
しかし、俺という新鮮な餌を放っておいて、何を食っている?
その時、透き通っていた俺の脳に、小さな稲妻が走った。
どれだけ振り回しても感覚のない右腕、先程襲い掛かってきた右腕のないアンデット、何かを貪る音。
そのすべてが、繋がったのだ。
俺は恐る恐る左腕を伸ばした、右腕のあるはず場所に。
だが――。
まるで視界が赤く染まるかのように、血が沸騰するかのように、俺の腸が煮えくり返る。
なかったのだ――右腕が。
俺は左腕で地面を殴りつける。
その音に、ドラゴン・ゾンビが静かに顔を上げた。
奴が今まで貪っていた位置に転がっているのは、1本の腕。
「……テメェが……食ったのか……!!」
ドラゴン・ゾンビは瞳孔の開いた眼を、大きく見開く。
何に驚いたのだろうか、俺が……生きていることに?
「食ったのか、俺の腕を!!」
俺の怒りに呼応するかのように、右肩の断面から、炎が噴き出した。
先程俺を眠らせたのと同じ、蒼い炎が。
外敵がまだ生きていることに気が付いたドラゴン・ゾンビは、雄叫びを上げる。
そして、体中に蒼い炎を灯らせた。
「返せ……俺の、腕を!!」
ドラゴンは迷うことなく、蒼い炎を俺へと吐き出す。
俺は炎の先にあるドラゴンの頭目掛けて、地面を蹴った。
それとほぼ同時に、俺はドラゴンの眼前に迫っていた。
瞬間移動?
違う、速すぎて、そう見えるだけだ。
だが、透き通った俺の思考は、その状況でも冷静に情報を処理する。
俺は目の前に迫るドラゴンの鼻先を、力強く蹴り飛ばした。
小さな城門ほどはあろう巨体が、俺の一撃で大きく吹き飛ぶ。
そしてドラゴンの巨体は、部屋の奥の壁に叩きつけられた。
大きく部屋が揺れ、敷き詰められた石壁から埃が落ちる。
俺は驚愕した。
ただの蹴りがドラゴンを吹き飛ばすなんて、ガナイアでもできないことだ。
今、俺の体に何が起こっている……?
俺は転がっていた自らの腕であろう物を拾い上げた。
もはや骨しか残っていないが、これが俺の腕であることは間違いない。
俺の能力「不死」に、再生の力はない。
右腕を切り落とされれば、特殊な魔法で処置をしない限り、再生しない。
だが今違う、そんな気がした。
今右腕を元に戻せば、治ってくれると……。
俺は右肩の断面に、失った右腕を、無理やり押し付けた。
すると骨だけだった右腕が、見る見るうちに肉に覆われ、元の形に戻っていく。
「……これは?」
新たな能力か?
いや、スキルは1人に付き1つずつ。
2つのスキルを持っているなんて聞いたことがない。
ならば、これは何の力だ?
ふと俺は、再生した右腕から漏れる炎に目をやった。
まさか、この炎が力の根源?
先程ドラゴンを蹴り飛ばしたのもそうか?
その時、俺は1つの答えを導き出した。
先程襲い掛かってきた隻腕のアンデット、あれらはアンデットにはないスピードを持っていた。
ドラゴン・ゾンビと同じ蒼い炎が灯っていたことから察するに、ドラゴンの炎に焼かれてしまった者が、奴の手下になってしまったんだ。
蒼い炎を纏うアンデット……いや、ドラゴン・ゾンビの手下だから、ゾンビと呼んだ方がいいか。
普通ならば、ゾンビ化するということは死を意味する。
しかし、俺だけは蘇ってしまった。
持ち前の「不死」のおかげで。
ゾンビしか得られないパワーを持って。
つまり、蒼い炎が灯っている今の俺はゾンビ。
不死者が、ゾンビとなってしまったのだ。
「そういうことか……」
俺の視線の先で、ドラゴン・ゾンビが姿勢を立て直す。
俺は奴の元に一足飛びで近付くと、ドラゴンの巨体を上空へと蹴り上げた。
「俺の仲間に、手を出した分!」
そして、上空へと跳躍し、ドラゴンの腹を蹴りで貫く。
天井に「着地」した俺は、宙を舞うドラゴンの頭部を見据えた。
「それでこれが……俺の右腕の分だ!」
ドラゴンの頭部へと飛び、右足を突き出す。
その一撃で、俺はドラゴンの頭を、粉砕した。
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