自己犠牲
ヨタヨタと、アンデットの大群は、俺達へと近付く。
そのすべてが右腕を持っていない。
左腕から、右足から、様々な部位に蒼い炎を灯したアンデット達は、ジリジリ距離を詰めてきた。
「徒党を組もうが、たかがアンデット――」
その時、ガナイアに一番近いアンデットが、その姿を消した。
ほぼ同時に、ガナイアが何者かの一撃を受ける。
「ぐぁ……!?」
消えたんじゃない、早すぎて目で追えないのだ。
「ガナイア!!」
パトルは叫ぶ。
だが、そんな彼もアンデットの高速の一撃に晒される。
パトルは、突如目の前に現れたアンデットの一撃を、剣で受け止めた。
アンデットの放った一撃はパンチ、パトルの剣は、刃でそのパンチを受け止めている。
「はぁあああああああ!」
パトルは刃をアンデットの拳に食い込ませ、そのままアンデットを一刀両断した。
「ふん!」
次いで、ガナイアが襲い掛かってきたアンデットを、胴から二つに切り裂く。
アンデットとは一般的に動く死体を意味する。
故に、動きは遅いが、高い耐久力を持つ種族とされている。
だがこいつらは、速い。
ただのアンデットではない……?
「う、ううぅ」
クリナは、襲い掛かってきたアンデットを、盾で受け止めていた。
しかしアンデットは、次から次へとクリナの盾に襲い掛かってくる。
1度攻撃に晒されるたびに、クリナの盾の重みが増すのだ。
「クリナ!」
俺は叫ぶが、何もできない。
すでにアンデットの拳に腹を貫かれ、俺は何度か死んでいる。
そんな状況で自分以外の面倒を見れるはずがない。
俺は、自分自身の不甲斐なさを嘆いた。
「クソ! アンデットは大したことはないが……」
そう、数が多いのだ。
アンデット1体は、パトルやガナイアなら普通に対処できる。
だが、4人パーティを覆いかぶさることのできる程の数となると……。
俺にはわかる、弱いからこそわかる。
今は戦うべきではない、退くべきだ。
「ガナイア、一度退こう。この数じゃ……」
長くは持たない。
だがそんなことはガナイアもわかっていたらしく、すぐに頷いた。
「く、お前が正しい――」
言い終わるのを待たず、ガナイアへと飛び掛かるアンデット。
「――か!」
それが空中にいるうちに、ガナイアは真っ二つに切り裂いた。
幸い、パトルとガナイアはアンデットの対処をできている。
今のうちに撤退できれば……。
だがそれを許さんとする者がいる。
この部屋の主、ドラゴン・ゾンビだ。
ドラゴン・ゾンビは蒼い炎を俺達へと吐いた。
「しまった――」
完全にアンデット達に気を取られていた俺達は、ドラゴンの炎に対処できない。
刹那、クリナの盾が、ドラゴンの炎を受け止めた。
「竜の攻撃は私が止めます、皆さんは退路を!」
パトルとガナイアが退路を切り開く。
クリナがドラゴン・ゾンビの攻撃を引き付ける。
それでは俺は? 俺には何ができる?
何もできない、それは紛れもない事実だった。
だが、そんな自問自答をしている余裕はない。
前方からは蒼い炎で焼かれ、その他全方向からはアンデットが休む暇もなく襲い掛かってくる。
このままならば、何とか退路を切り開けるか?
その時、俺はクリナに違和感を覚えた。
蒼い炎を受け止めている割に、足を踏ん張っていない。
それどころか、彼女の足は次第に覚束なくなっていく。
「なに、この火。頭が……ふわってして……」
恍惚の表情を浮かべるクリナ。
まさかあの炎は、催眠術か!?
それに気が付いた俺は、クリナの脇腹に飛びつき、彼女を炎の射線上から退かす。
盾に遮られることがなくなった炎が、俺達の服に燃え移った。
「クリナ、クリナ! しっかりしろ!!」
俺に押し倒されたクリナは、きょとんとした表情を浮かべ、周囲を見渡す。
「あれ?私は……何を……」
俺は、自らに燃え移った炎に、快感を覚える。
燃えている場所が、甘い、刺激的な感覚を放っているのだ。
いやな予感がした俺は、パトルとガナイアへと目をやる。
彼らも、体に燃え移った炎に気を取られ、アンデットの対処が出来ていないように感じた。
次に俺が睨んだのは、ドラゴンの口元。
奴はもう次の一撃を喉に溜めている。
この状況でもう一度、蒼い炎が放たれれば、俺達のパーティは……。
俺はこの状況で何ができる?
このダンジョンに入ってから、何もしてなかった俺にできることは?
あのドラゴンさえいなければ、残りの3人は自分の力で脱出できるんだ。
だったら、俺は――。
「クリナ、盾を少しだけ貸してくれないか?」
「ナズ、どうして?」
クリナが答えるよりも早く、俺は彼女の盾を拾い上げ、ドラゴン・ゾンビへと向き直った。
「みんな、俺に構わず逃げろ!」
その言葉に、ガナイアとパトルは、俺へと振り返る。
「え? ナズ……?」
「あのドラゴンの炎はヤバい! 俺が止めているうちに逃げるんだ!!」
未だ地面に倒れたままのクリナが、真っ先に声を上げた。
「な、ナズ! そんなこと、できるわけ!」
「早く行け!!」
ドラゴンは、俺達を待ってくれなどしない。
蒼い炎を吐き出し、俺達の退路を断たんとする。
その炎を、俺は盾で受け止めた。
クリナほどの防御力を持たない俺が、盾を構えたところで、彼女のように攻撃を受け止めることはできない。
だが、3人の逃げる隙を作り出すことくらいならできる。
「嫌です! ナズも一緒に帰りましょう!!」
「早くしろ!」
幸い、ドラゴン・ゾンビの炎に、破壊力はない。
あるのは、甘い誘惑だけ。
俺は鼻をくすぐる甘い香りを、歯をくいしばって耐える。
最後まで声を荒げるクリナ、そんな彼女を無理やりにも立たせたのは、パトルだった。
「必ず戻る、だからナズ!」
パトルは、炎に包まれる俺へと叫んだ。
「ああ、死なないのは……俺の得意分野だ」
そして、この部屋の扉は、閉められた。
残っていたフォースライトの光弾も、その輝きを失い始めている。
そんな部屋で一人、心地よい蒼い炎の香りに、俺は意識を手放した。
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