現在 その4
今ほど、ここが学園で良かったと思ったことはないわ~。
城だったら何がしか絶対に人が控えてるんですもの。
レオン殿下の渾身の訴えが聞かれる所だった。
「…ねぇ、ロゼが言ってたゲーム18禁とかじゃないよね?!」
「なんてこというんですか!違いますわよ、普通の『乙女ゲーム』に決まってるじゃないですか!」
「じゃあ、なんであの“ピンク”、尻なんて撫で回すの?!それともソレ普通なのっ?」
撫で回されたのか…。
殿下が、しまったって顔してますが、もう聞いちゃったし。
そっか~粘着質なセクハラされたら…まぁ荒れるよね。いや、普通にセクハラって、だけでもダメだけど。
ホントに、彼女なにやってるの?
よりによって“ピンク”もとい『ヒロイン』が、セクハラって。
「よく我慢されましたわね…」
正直被害を受けたんだから、その場で何とかするべきだろうけど体面が悪すぎる。
あの部屋の入り方からして、ここまで我慢して我慢して切れちゃったんだろうなぁ。
それからどうして、そのようなトンでも状態になったのか説明してもらった訳だけど。
「ウルが肩組んで話しかけてくるから、立ち居地を変えられなくてさ。アレの姿が見えたからヤバイと思ったんだ。でも走ってきて避けられなくて、抱きつかれた…」
攻略対象の一人“ウルヴァ・ルビー”がヒロインに協力した為に、レオン殿下が捕まってしまったという事ですか。あの脳筋がー!
ヒロインが友達だから喋るのに協力って、ありえんだろう!
と言うか、あんたらぜんぜん友達の距離じゃないからね。
脳筋という設定の所為か、本気で思ってるのが始末に悪すぎるわ。
「恥ずかしい話だけど、気持ち悪くて体が動かなくなった。…情けないよね」
「情けなくなどありませんわ。己の体に対して意に染まぬことを強要されれば誰だって嫌に決まっています。それに男女の差などございません」
「ロゼ…」
…トラウマを癒してこその『ヒロイン』じゃないの?
なのに、攻略対象者にトラウマ植え付けて何したいのよ?!
今、目の前で身を守るように小さくなっている人は『ヒロイン』の大切な人じゃないの?
傷つけるんじゃないわよ!
そっと向かい合わせの席を立って、レオン殿下の前に跪く。
強張った顔のまま、ゆっくり伸ばされた手を握る。
かつて私がレオ様にして頂いたように。
「大体、剣術・体術ともに優秀であられる方がですよ。女生徒ひとり振り払うのなど簡単ですわよ?それでもレオ様は、色んなことを鑑みて騒ぐべきではないと、穏便にすませられたのでしょう? そんな方の何処が情けないというのでしょう」
「…俺、頑張ったと思う?」
「えぇ、とても。辛抱なさいましたわね」
「うん、そっかー、ロゼがそう言ってくれるなら良いかな…。でも凄く気持ちの悪いのが残ってるのは嫌なんだ。だからね……ん」
「んん?」
なんですかね?
笑顔も戻ってきて少し元気が出られたようなのは、良い事なんですけどその腕は?
両手を広げて、なんですか?
「もう。ロゼをぎゅっと、させてってことだよ?いや?」
ああ、上書きですかって。
にこにこ何、無邪気な顔で言い出したかな、この方。
前世でも、この世界においてもスキンシップに慣れない人間へ無茶振りして来るとは。
こういう時スマートに流せる機転や語彙力とか、マジ欲しいんですけど。
「…ごめん、無理なこと言ってるよね」
固まってしまった私を見て、俺がセクハラ野郎になっちゃう…なんて、寂しく呟かないで下さいよ。
苛めているみたいじゃないですか。
レオン殿下を嫌いなはずないでしょう。ただちょっと羞恥心とかがですね。
よし…単に背中をポンポンするだけ。
婚約者だし問題はない、はず。
女は度胸!と、誰かが言っていたし!
ガバッといけば、良いんでしょ!リリーを抱きしめるのと一緒よ。
「レオ様…ぎゅっですわ!」
座ってるレオ様を抱え込んだんだけど、ホント恥ずかしい~。
前世で小さい甥っ子を抱っこしていたのとぜんぜん違う。
比べちゃダメだから、変に冷静に考えたらダメなのよ。一緒よ、一緒。
「…………ほんと、単純で可愛い」
「えっと、何か言われました?」
「ううん、ロゼが優しいなぁって。ふふ…大好きだよ」
「…なっ?!もうレオ様は黙っていて下さいまし!」
私の心臓限界に挑戦と言わんばかりの極上スマイルに「大好き」発言。
抱え込んでいたのが、いつのまにか逆転されてるし、鼻血吹くから!!
この方は、私を早死にさせたいのかしら。
ゴロゴロとネコなら喉を鳴らしそうなレオン殿下から逃れるすべがなく、私の全身発火状態は離されても、しばらく続いたのだった。