第90話 3年次初の魔術戦
いつもより弱めの光が部屋に射し込んでくる。
……朝だ。
俺はベッドから身体を起こして、服を着替えたらすぐにリビングへと向かった。
「おはよう」
「おはようございます」
陶器のような白い肌によく映える黒髪、そしてその端正な顔を俺に向けてくる。
リビングには既に朝食の準備を終えたカレンがいた。
「良い匂いだね、カレン」
「やっぱり魔術戦の日は気合が入りますね」
「今日も頑張ってね」
「うふふ、お兄様こそ」
俺達は食事を口に運びつつ談笑し、魔術戦への緊張感をゆるめる。
試合の前のこういった時間はとても大切だ。
やはり普段通りと非日常、この2つのメリハリがしっかりしてないと、戦いのスイッチは上手く入らない。
だから俺もカレンもあえて朝に練習はせず、普段通りに振る舞うのだ。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
そうして朝食を終え、食器が空になった頃、俺達は魔術戦のために学院へと向かいはじめた。
◇◇◇
「ふぅ……緊張するな」
ここは第11闘技場の控室。
これから俺は3年次初の魔術戦だ。
時間的に誰も来れないし、一人きりなのだが……そのせいで緊張する。
「問題無いかな?」
何度も何度も、俺の装備に問題が無いかを確認する。
服は制服の青い魔術服、剣は使えず、杖のみ。
これで3回目くらいの確認だが、やっぱり問題は無かった。
そうして俺がそわそわしながら待っていると、
「二人共前へ!」
扉の向こうから、審判の先生の声が聞こえて来た。
……試合の始まりだ……!
「よし……。行くか!」
俺は自分の頬を叩いて気合を入れ、扉を開いた。
「ほぉ~う、俺の相手は天下のバカベルかぁ、ラッキー」
俺の対戦相手。
バーナード・トレインは俺を見るなりそう言ってきた。
俺は彼の姿を見てみるが、バーナードは腰パンしたズボンに、柄の悪そうな顔つき。
明らかに優等生では無い。
……これなら気兼ねなくぶっ飛ばせるな。
「……でも、お前の席次も低いんだろ。人の事を言えるのか?」
俺はバーナードの眼を見て、きっぱりとそう言ってやった。
「はぁ!? バカベルの癖にちょーし乗ってんじゃねぇぞ!」
案の定、バーナードは俺に煽られキレた。
こうなった相手は制御しやすい。
魔術戦でも勝利を掴み易くなる。
もっと煽ってやろうか、と俺が口を開いた瞬間、
「二人共! 私語は慎みなさい!」
審判の先生が俺達を注意した。
バーナードの奴には言ってやりたい事もあるが、このまま無効試合になっても困る。
ここは我慢しておくか。
「……では二人共準備はいいか?」
「チッ、早くしろよ」
「いつでもいいですよ」
異なる俺達の返事。
「そうか、なら――」
審判の先生は手を上げ、
「始め!!」
素早く振り下ろした。
「死ねバカベル!」
瞬時。
バーナードは素早く杖をこちらに向けた。
そして、
「『石弾』!」
石の弾丸を俺に放って来た!
……たった一つだけ。
「……は?」
──ドスッ!
俺はあまりの弱さに驚き、石の弾丸に当たってしまった。
「どうだ、バカベル! お前の負けだ!」
「……は?」
しかし俺は倒れなかった。
……どころか痛みさえなかった。
今更この程度の攻撃では怯みさえしない。
「何だと!? お前なんで!?」
「いやお前……弱すぎないか」
「な、なんだと!! なら、『石弾』!」
バーナードはもう一度、石の弾丸を俺に放って来た。
また、たった一つだけ。
「っと」
俺はそれを軽くかわし、
「『石弾』!」
俺は石の弾丸を高速でバーナードへ放つ……同時に7つも。
これだけの数を相当な速さで放ったのだ。
大抵の魔術師なら回避はおろか防御すらできないだろう。
それはバーナードも例外で無く、
「うわああぁぁぁ!!」
石の弾丸をもろにくらい、後方へと大きく吹き飛んだ。
「勝者、アベル・マミヤ!!」
審判の先生はそれを見て、試合を止めた。
結果は明らか、俺の勝ちだ。
それにしても……
「流石に弱すぎないか……?」
バーナードの実力は、俺が2年次最下位だった時と何ら変わらない。
3年次でこれでは、先が思いやられるな……。
ま、彼には彼の道があるし、俺が気にする事は無いか。
それよりも今回の勝利で天狗になって「へへっ、弱すぎるぜ!」みたいな事を言わないようにしないと。
◇◇◇
「って事は私達全員勝利で終わったのね、すごいじゃない!」
オリヴィアが嬉しそうに笑っている。
「私はしてませんよオリヴィア先輩」
アメリアがオリヴィアにそう答えた。
「アメリアちゃんごめんごめん。自分の事のように嬉しくて、つい……」
「怒ってませんよ、私も嬉しいですし! それに、カレンちゃんの活躍を見て、私もがんばろっかなって思いましたよ!」
「ふふ、ありがとうございますアメリアさん」
カレンはおしとやかに笑って答えた。
「にしても、お兄様も大金星ですね」
「……おめでと」
カレンが俺をほめてくれたのに、アマネも乗って来てくれた。
「ありがとう」
そう、俺は今この場、王都のとある定食屋で俺とカレンとオリヴィアとアメリア、アマネの5人で、今回の勝利もこめてご飯を食べに来ていた。
クラーラさんは残念ながら家の用事か何かで先に帰ってしまった。
だからこの五人だ。
「ハイトウッド先生に私も会いたかったなー」
アメリアは残念そうにしている。
クラーラさんだけじゃなく、グルミニアもこの場にはいない。
教員の仕事がまだあるそうだ。
「何でなのアメリアちゃん?」
オリヴィアがアメリアにそう質問した。
確かに、何でグルミニアに会いたいのだろうか?
「いやーだってあの見た目で教員とか絶対なにか裏がありますよ!」
「……ッ!」
「どうしたんですか、アベル先輩?」
「いや、何でもないよ、はは」
「えー何か隠してるんじゃないんですか?」
「そそそそんなことないよ!?」
ぐ、グルミニアが200才オーバーだとか、新魔王を討伐した一人とか……俺、何も知らないしー。
「……アベル、知らない。……私、詳しい」
「本当ですか、ハルデンベルク先輩!?」
「……当然」
アマネの助け舟に助けられた……。
でも、逆にアマネに任せるのも不安なんだが……。
「え、やっぱり隠された過去とかあるんですか?」
「……ある。……昔、」
「ちょ、アマ……」
本当に言うつもりなのか!?
「……酒を、浴びてた」
「え!?」
「どうかしたんですかアベル先輩」
「い、いや! そういえば、そうっぽいな~って、ははは」
「魔術戦に勝ったのが嬉しくて、おかしくなったんですか?」
「そそそ、そうかも! はは」
「……ふふ」
◇◇◇
「はぁー日曜が楽しみだなー」
「私も待ち遠しいですね。あ、これどうします?」
「一応持って行った方がいいんじゃない?」
俺は今、カレンと共に日曜の準備をしている。
皆と別れた後、今日はバイトもないしゆっくりしても良かったけど、やっぱりこういった準備は早めにしておいた方がいいだろう。
「でも、アメリアも来れればよかったのになー」
「仕方ないですよ、こういった長期休暇は家族が優先ですし」
「確かになー。ま、そういう事なら俺はカレンが優先だな」
「……そうですね」
少しカレンは少し物憂げな表情でどこかを見つめている。
おそらくは何かを考えているのだとは思うが、たぶん……両親の事か。
もう亡くなったものはしょうがないし、どうしようも無いのはカレンだってわかっているはずだ。
でも、両親のいない旅行にカレンも思う所はあるのだろう。
なら――
「俺はこれからもずっと一緒にいるから」
俺は後ろからカレンを抱きしめた。
出来るだけ俺の熱が、俺の鼓動が伝わるように……しっかりと。
両親については気になる事もたくさんある。
俺達がハーフである理由や、何故突然死んだか、とか。
気にはなる。
気にはなるけど、でも――
「カレンがいれば俺は幸せだよ」
最後にそっと耳元にそう呟いた。
――――――――――
◆アベル・マミヤ、第287位
◇スキル『絶対真眼』
・『崩壊』
・『遅緩時間』
◇真祖の力
・『神殺槍』
・『魔剣』
◇加護
・『縁の加護』




