第86話 スーツの魔族について
「さ、じゃあ行こうか」
「お兄様忘れ物はありませんか?」
「うん、今日は無いよ、はは」
朝、俺とカレンは家の扉を開いて、学院へと向かい始めた。
結局色々聞けずじまいだったし、シモンからスーツの魔族のついて、聞かなければならない事がたくさんある。
でも、それはそれとして、
「今週終われば、1週間休みだからなー」
「どこかに行きませんかお兄様」
「いいね! 行きたい場所とかある?」
「そうですね……シェルブール宮殿とか行ってみたいですね!」
「シェルブール宮殿!?」
俺が召喚された宮殿の事だ。
カレンに他意はないと思うけど、さすがにその名前が出てきたらびっくりする。
ここの魔術師には……めちゃくちゃお世話になったしな、はは。
でも今の宮殿は昔の宮殿とは違うはずだ。
昔とは違ってあの近辺は観光地になっているし、宮廷魔術師自体も大量に解雇されている。
それを考えれば、宮殿に行こうという提案はすごく良いものだ。
「お兄様はどこか行きたい場所はありますか?」
「うーん、そうだなぁー……俺も宮殿に行きたいな」
「本当ですか?」
「本当だよ。それにカレンがいれば、どこでも楽しいしね」
「お上手ですねお兄様、ふふ」
俺達がそんな雑談をしていると、
「おはよう二人共」
オリヴィアがやって来た。
「おはようオリヴィア」
「おはようございます、オリヴィア先輩」
「何話してたの?」
「来週の休みにどこか行こうって話してたんだ」
「そうなんだ。……私も行っていい?」
オリヴィアが来れば楽しくなるだろうし、人数は多いに越したことは無いな。
「全然いいよ! 皆いたほうが楽しいしね」
「……私も気にしてませんよ」
カレン……微妙に気にしてそうな言い方だな。
だが、オリヴィアはその様子を気にしていないようだ。
「で、どこに行くの?」
「あぁ、宮殿に行こうかなって思ってるんだ」
「きゅ、宮殿!? ん、まぁ……大丈夫よ」
何やらオリヴィアは"宮殿"という単語に思う所があるみたいだ。
でも来ること自体には了承してくれたし、詮索することはやめておこう。
「じゃあ後はグルミニアと……」
アマネを誘いたいけど……どうしようか。
やっぱり今週中に皆に紹介すべきだろうな。
「……スペシャルゲストでも呼ぼうかな」
「スペシャルゲスト? それって私達が知ってる人?」
「そうだよ、楽しみにしててね」
そう言っている間にも俺達は学院に着いた。
来週の話もいいけど、まずはスーツの魔族という目の前の問題と、俺の魔術戦について取り組まないとな。
◇◇◇
「シモン」
「ん? アベルか、おはよう」
登校したら俺は真っ先にシモンに会いに行った。
単純にシモンが無事かどうか気になったし、それに……聞かなきゃいけない事がたくさんある。
「シモン、少し時間開いてるか?」
「あぁ、開いてるけど」
「ならちょっと顔かしてくれ」
「また俺ぼこぼこにされるのか?」
冗談交じりにシモンがそう返してきた。
「違うよ、ただの話さ」
話すといっても、内容が内容だ。
俺達はその後、人気の少ない屋上前の踊り場に行き、人がいないかを確認してから話す事にした。
「シモン、まずはお前が無事で良かったよ」
「心配ありがとうな、アベル」
「……気にするな」
こうも正面から感謝されるとなんだか気恥ずかしい。
だけどその事がバレるともっと恥ずかしいから、俺は出来るだけクールな人格を取り繕う。
「……それでシモン。用件は分かってるよな」
「当然だ。魔族の話だろ」
「あぁそうだ。あの魔族の名前はなんていうんだ?」
俺が聞きたいのはシモンを連れ去り、おそらく人工魔族を作っているであろうスーツの魔族の名前。
他にも聞きたい事はたくさんあるが、誰かを知るにはまずは名前から知るべきだろう。
そしてシモンはその問いにきっちりと答えてくれた。
「あいつの名前はイスカリオーテだ」
「ほう」
「あいつは人工魔族を作る際の人間の拉致を担当している」
拉致、か。
やはり王都での行方不明事件はあいつが関係しているのだろうな。
他にもシモンに色々と聞いておかないと。
「他にも魔族はいるのか?」
「数人いたぞ」
「それはどんな奴ら……」
俺がそう言おうとした瞬間──
キーン、コーン。
と鐘が鳴った。
もうそろそろ授業が始まってしまう。
この学院は生徒の出席自体にあまり興味が無いし、別にサボってもいいけど……。
まぁ話を聞くだけなら別に今じゃなくてもいいか。
「じゃシモン、放課後な」
「またな、アベル」
そうして、俺達は別れ、それぞれの教室へと帰り始めた。




