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第83話 シモンの理由

「うぅ……ここは……?」


 ロン毛の男が目を覚ます。


「起きたか、シモン」

「あっ、アベル! ……っう!」


 シモンは頬を抑えながらその場にうずくまる。

 俺はそれを見て、シモンを壁にもたれかけさせた。


「落ち着け。回復魔術はかけたが、まだ痛むだろ」


 俺はかなりの力をこめて、剣の柄でシモンの顔面を殴ったんだ。

 痛むのも仕方ないだろう。


「……っく、俺は負けたのか……」

「あぁ、俺の勝ちだ」

「そうか……」

「そう落ち込むな、お前も十分強かったぞ」


 俺は何度もシモンには感心させられた。

 防御魔術を使った時の魔力操作は上手かったし、魔族の翼で俺を遠ざけるなんてかなり機転が利いていた。


「そう言って貰えるとありがたい……。……一つ質問をいいか、アベル?」

「あぁ、いくらでもしてくれ」

「……お前は魔族なのか?」

「正確には違う。俺はハーフだ」

「そうか……にしては強いな」


 俺は魔族よりも劣ったハーフ。

 素質だけだと、魔族には決して勝てない。

 しかし俺は強くなった。

 何故ならモンスターの魔石を食べ、魔族の血をこの身体に受け、そして──


「努力したからだ」

「ははは、俺もまだまだだったという事か……」


 シモンは苦笑いを浮かべる。


「前みたいに努力を続けていれば、いつかきっと強くなるさ」

「……そう信じておくさ」

「あぁ。じゃあ次はこちらの質問に答えてもらっていいか」

「いいぜ、お前が勝ったんだしな」


 誓約書に書かれた俺の要求、それは『質問に必ず応じさせる』というもの。

 シモンは俺の質問には必ず正しく答えなければならない。


「まずは……シモン、お前は人工魔族だな」

「そうだ」


 やはりそうか。

 急に強くなったのはそういう理由だったんだな。


「お前を人工魔族にしたのはあのスーツ姿の男か?」

「いや、あいつは俺を無理矢理連れて行っただけだ」


 そうか……。

 あのスーツの魔族には仲間がいるんだな。

 そしてそいつが何かの目的のためにも、人をさらっては魔族にしているのだろう。

 それが誰かなのかも気にはなったが、もっと気になることが今出来た。


「無理矢理連れていかれたのにお前は魔族になったのか?」

「……強くなりたかったんだ」


 シモンは悔しそうな顔でそう呟く。


「俺はどうしても勝ちたい親友がいたんだ。でもどんどんそいつには成績を離されて……」


 これはガルファの事だろう。


「最初は俺も抵抗したんだが、いざ魔族になってみると……あいつに勝てると思ってしまったんだ」

「……」


 魔族は人間より圧倒的に強い。

 その事は魔族と戦ってきた俺が一番わかっている。

 しかし相手が魔族なんて、戦う相手からしたらたまったもんじゃない。


 ……でも俺にはシモンの気持ちがわからなくもない。

 最下位、バカベル、と呼ばれてた頃の一年前。

 俺が何度力を望んだことか。


 だから俺はシモンに叱ることも悲しむことも出来ずにいた。


「でも、俺はハーフのお前に負けてしまったんだ。結局は俺が弱かっただけ、という事だ……心も体もな」


 シモンはそう言いつつゆっくりと瞳を閉じる。


 ……今回、果たしてシモンだけが悪いのだろうか?

 確かにシモンにも責任はある。

 だが一番悪いのはあのスーツの魔族では無いのか?


 なら、シモンのためにも俺が立ち上がるべきだろう。


「シモン、俺の目的を知りたいか?」

「すごく……知りたいな」

「……俺はお前を連れ去ったあの魔族を倒したいんだ」


 あの魔族が何の為に人工魔族を作っているのかはわからない。

 しかし罪の無い人々を連れ去ったり、こうして道を違えさせたりした事は咎められるべきだ。

 国が無理なら、俺がそれを成し遂げるだけだ。


「だから……あの魔族の名前を教えてくれ、シモン」

「……あいつの名前は……」

「あいつの名前は?」

「イス……」


 そうシモンが言おうとした瞬間──

 漆黒の槍が大量に降り注ぐ、俺達に向かって。 


「何だとッ!!」


 完全に気を抜いていた……!

 これは……間に合わない!


「『氷浮(トランシエント)(ワールド)』」


 そこへ凛とした声が響いた。

 そしてその声と共に、路地の入口から冷たい氷の世界が広がっていく。


 俺とシモンの方に向かって、冷気に満ちた氷が石畳と壁を覆い始め、何本もの氷の柱を生やし出す。

 そして俺とシモンの元へと辿り着いた瞬間。

 柱は俺の身の丈よりも高く──


 ──キンッ! カンッ! パリンッ!


 と高い音を立て、漆黒の槍を防いでくれる。


「……チッ、失敗しましたか」


 月明かりの下、スーツの魔族が空を羽ばたき、舌打ちを響かせる。


「やはり……お前か!」

「分が悪いですね……今日はここまでです」

「待て!」

「ふふふ、そう言われて待つ魔族はいませんよ」


 スーツの魔族は漆黒の翼を羽ばたかせ、そのまま闇夜へ消えていった。


 そしてこの場に残された者は、俺とシモン、そして──


「いたんだな……カレン」

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