第82話 路地裏の決闘
俺は制服の、青い魔術衣装に袖を通す。
そして200年前から持ってこれたたった二つの品──宮殿で貰った杖を服にしまい、城塞都市アイルトンで貰った剣を腰にくくりつける。
「ふぅ……」
ため息をつきながら、髪を後ろできつめに結びなおす。
服装を変えれば気合も入る。
出来るだけ万全の状態で行かないとな……今から決闘なのだから。
時刻は深夜。
外を見てみれば今日は満月だ。
決闘で人目があっては困る、という事でシモンはこの時間を指定してきた。
……しかし、果たしてこの月明かりは俺とシモン、どちらを照らすのだろうか?
そんな事を考え玄関の扉を開く。
一度だけ背後を振り返るが、家は静寂が支配していた。
夕食に帰った時にカレンはいたが、バイトから帰って来た時には既に静かだった。
おそらく寝たのだろう。
だが、その方が好都合だ。
魔族関係の事にカレンの関わらせたくないからな……。
「……行ってきます」
俺は踵を返して、最後にそう呟いた。
かなり小さな声なので、特に声が返ってくる事は無い。
言う意味なんてないだろう。
でもこれが、カレンに出来る精一杯の行動だ。
◇◇◇
暗い夜道、俺は目的地を目指して靴の音を響かせる。
誰もいない通りを歩き、角を曲がり路地を抜ける。
そして目的地へと着くと、
「ビビらずに来たんだな」
シモンは既に決闘場所にいた。
「あぁ、それより誓約書は用意できたのか?」
「もちろんだ」
シモンは服のポケットから紙を取り出す。
「見せてくれ」
「『風』」
シモンは風を巻き起こし、誓約書をこちらに飛ばしてくる。
その動作からも確実だが、やはりこいつは魔族だな。
詠唱は一応しているが、杖は一切使っていない。
そんな事が出来るのは魔族くらいだ。
「っと」
俺はその誓約書をキャッチしその中身を見た。
――――――――――
此れは魔術的誓約であり、何人も犯しがたいものである。
この戦いに敗れた際、アベル・マミヤは魔族についての情報を全て失う。
シモン・スタイナーは必ず質疑に正しく答えなければならない。
そのことを此処に誓う。
――――――――――
俺が言っておいた内容はきちんと書かれているし、既にシモンのサインは書かれている。
念の為『文字隠蔽』が施されていないか確認するが、その心配も無かった。
これは正直言って意外だった。
もっと前に奇襲が来ると思っていたし、こんなにもきちんとした誓約書が作られるとも思わなかった。
これは……シモンなりのプライドなのだろうか?
「どうした? ペンでも忘れたのか?」
「いや、なんでもないさ」
「なら早く書け」
「わかってる」
俺は腰から杖を抜き取る。
そして、
「『闇形成』」
その杖に漆黒の魔力を纏わせ、一時的にペンとして使えるようにする。
「なッ! お前も魔族だったのか!?」
「合っているともいえるし、間違っているともいえるな」
確かに俺は魔族の魔術を行使したが、それは俺がハーフだから出来たことだ。
何度か試したが杖が無いとなかなか魔術は使えないし、それも本物の魔族には劣る。
「同じ魔族だろ! 何が目的なんだ」
「それはこの契約書に書いている」
「……くっ!」
俺はサインを終え契約書を投げた。
すると契約書は光を帯び、空中でバラバラになる。
──これで契約は完了だ。
「じゃあ、始めようぜ」
俺はシモンに杖を向ける。
「ふっ、いいだろう」
シモンはそう言いつつ、右の手の平をこちらに向ける。
そして、
「『闇刃』!」
シモンは漆黒の刃を放って来る。
その切れ味は抜群、早さも申し分ない。
普通なら対応しきれないかもしれないが、俺はこんな魔術程度見慣れている!
「っと!」
だからその漆黒の刃を、横にステップして回避する。
そして、
「『石散弾』!」
石のつぶて達をシモンに放つ。
前回とは違い、今回のは一切手加減をしていない。
なので破壊力も貫通力も前回とは段違いだ。
それをシモンがどこまで対応して来れるか!
「『水壁』!」
シモンは水の壁を作り、俺の石のつぶてを防ぐ。
しかもそれはただの防御とは訳が違う。
丁寧な魔力操作によって自身の身体の周囲だけを的確に覆い、その余剰分の魔力を防御力の向上に回している。
……やるな!
元々魔力の操作は上手かったのだろう、
それが魔族となったことでさらに洗練されたのか!
「なら、っと!」
俺は水の壁を張るシモンの方へと駆ける。
更にシモンまであと数メートルという所で、大きくジャンプする。
そして、空中で──
「『火球』!」
俺は火の玉を高速でシモンへと放つ。
それはシモンの斜め上から放たれる攻撃。
丁寧に防御しているしているからこそ生まれる隙を狙った一撃だ。
「っく!!」
シモンはとっさに自身の上にまで水の壁を展開して来た。
流石だ。
よく間に合った。
正直、かなり上手い。
だが──
「また、同じだな」
俺はシモンに杖を突きつける、それも後頭部に。
俺が駆けたのは、シモンに近づくため。
俺が大きくジャンプしたのは、こうして後ろに回り込むため。
所詮石のつぶても火の玉も、このための布石だ。
「俺の勝ちだ。諦めろ、シモン」
俺の勝利は確定。
シモンが振り返って魔術を行使するよりも、俺がこのまま魔術を放つ方が早い。
しかし──
「……同じだと、思うなよおおぉぉ!!」
シモンは叫び、背に漆黒の翼を生やしたッ!
「っくそ!」
俺はそれによって手で顔を覆ってしまう──そう杖を持つ手を。
「終わりだぁ! 『水流噴射』!!」
シモンはその間に距離を取り、腕を俺に向ける。
……正直、驚いた。
俺が相手じゃ無ければ勝っていただろうな。
「……『絶体真眼』ッ!」
俺はシモンを睨む。
すると、シモンの魔術は儚く霧散した。
「なッ!? 何をした!」
「それを言う暇は……無いなッ!」
俺はシモンの方へと再度駆ける。
その動きは超高速。
『絶体真眼』を使い、こうして駆ける、という事は俺が本気という事だ。
そう、本気で決めに行ったのだ。
「……『水槍』!」
シモンは水の槍を右手に作り出す。
近接で俺を倒すつもりなのだろう。
「おらああぁぁ!」
だから必然、シモンは水の槍で俺を突き刺そうとする。
勝ちにこだわるのであればこの魔術を消してもいいが、
「……っと!」
身体を軽くそらして、その一撃をかわす。
そして、それによってシモンに出来た隙を俺は見逃さなかった。
「今度こそ──俺の勝ちだ」
俺は剣を抜き、その柄でシモンの顔を殴りつけた。
「っぶ!」
シモンはそれによって地面を転がる。
そしてしばらく転がった後。
意識を失い、冷たい路地に倒れ込んだ。




