第81話 シモンの魔術戦
「ごめん、ちょっといいかな?」
俺は一人の男子学生に話しかける。
「何の用だ?」
「シモンは今日来てる?」
昨日は結局、シモンが見つからなかった、
だから今日こそは問い詰めたい。
なので俺は2組の教室の前で聞きこむことにした。
しかし、
「来てないな。魔術戦の練習じゃないのか?」
確かに木曜は金曜の魔術戦に備えて、学院に来ずに練習に励むも者も多い。
……シモンもその一人なのか。
「そうか、すまないな。時間を取って」
俺は軽く会釈し、その場を後にした。
そしてシモンが魔術戦をする事を聞いたので、魔術戦の予定が描かれたボードを見に、学院中央館まで向かった。
「……これか」
3年次の予定表の中にシモンの名前があった。
その相手は俺も知らない生徒。
シモンと直接交渉したのか、生徒会のマッチングを使ったのか、俺にはわからない。
しかし一つ分かる事がある。
「場所は第9闘技場か」
俺は明日そこに向かえばいい、という事だ。
◇◇◇
そしてむかえた4月下旬金曜、待ちに待った魔術戦の日。
俺は第9闘技場の観客席に来ていた、それも一人で。
「……ここでいいかな?」
何となくバレたくないので、俺は観客席の一番後方、闘技場からはものすごく見づらい所に座る。
そして後ろから密かに観客席の様子を見るが、元々小さい闘技場だし注目の試合ではないのか、あまり人はいない。
しかしよく見れば、観客席にはガルファの姿がある。
……本当にシモンの事が心配なんだろうな。
「ガルファ……」
誰にも聞こえる事のないような、俺の小さい呟き。
そしてその声量を遥かに越す、
「二人とも前へ!」
審判の先生の掛け声。
それによって二人の生徒が前に出る。
一人は俺も知らない生徒だ。
しかしもう一人はロン毛に偉そうな態度をした男子生徒。
俺とガルファの良く知る──シモンだ。
「用意はいいか?」
審判の先生は二人の顔を見る。
すると二人共、先生の顔を見てうなずく。
そして──
「それでは、始め!」
審判の先生は手を振り下ろす。
それによって、新たなシモンにとって初となる戦いの火蓋が切って落とされた。
「『石弾』!」
最初は相手の生徒から動き始めた。
石の弾丸を2発、その杖の先から飛ばす。
高速で放たれた2発の攻撃。
その速度は速く、身体能力では避けにくいとはいえ、防御魔術が間に合わない事は無いだろう。
定石通りにいけば、一度守りに入るべきだが、
「『水流噴射』!」
シモンは攻撃魔術で対抗した。
水を勢いよく噴射し、その矛先を相手の生徒へと向け、そして正確な操作で石の弾丸二つの弾道を逸らした。
「なッ!! ……『輝ッ」
相手の生徒はその正確な攻撃に驚き、もう一度魔術を使おうとするが、
「ぐわあぁぁぁ!!」
止まる事のない水流の勢いによって、後方に大きく飛ばされる。
そして大きな音を立てながら、壁にぶつかった。
これで勝負は決まりだ。
シモンの勝ちだ。
しかし、
「うおおぉぉ!!」
「……うっ、ぐぐぐ」
シモンは魔術を止めない。
相手の選手は、壁と水流に挟まれる形で体を圧迫されていく。
「勝負あり! 終わりだ!」
審判の先生は試合を止めようと勝負の終わりを告げる。
しかし、
「うおおぉぉ!!」
「……うわあああ!!」
シモンはその水の勢いを止めはしない。
むしろその勢いは強くなっていく。
「シモン、止めろ! くそっ!」
審判の先生は杖を引き抜き、無理矢理止めに入ろうとする。
「ふぅ……邪魔だな」
シモンは審判の先生を一瞥すると一度魔術を止める。
それによって相手の生徒は解放されたが、
「……止めるなよ」
シモンは身動き一つせず、圧縮した水の砲弾を"審判の先生"へと放った。
「待て! 『光ぃ……ッ!」
審判の先生は杖を構え詠唱するが……間に合わないッ!
勢いをつけられた水の砲弾は審判の先生へと当たり、爆発が起こったかのような大音量と共に、その場に水蒸気を巻き起こす。
そして圧倒的な規模で周囲へと広がり、審判の先生は水蒸気に包まれて見えなくなる。
しかしその時間も永遠ではない。
徐々に霧散していくその水蒸気。
そしてその中心にいる審判の先生は──
「……はっ、はぁっ!」
腰を抜かしていた。
氷の壁の後ろで。
「チッ、間に合ったか。ま、いいだろう。この勝負は俺の勝ちだ」
舌打ちと共にシモンは踵を返し、魔術服をはためかせながらその場を去る。
俺はその様子を見ながら、
「ふぅ……なんとか間に合ったな……」
杖を腰へとしまう。
そして、すぐに観客席の外へと走り出した。
その後、俺の向かう先は闘技場の控室。
もちろんシモンを追って、だ。
そして控室の外、丁度控室から出てきたシモンにかち合った。
「シモン!」
「……お前は、この前の奴か。何故俺の名前を知っている?」
どうやら俺の事は覚えていたようだな。
話が楽だからありがたい。
「お前の事を嗅ぎまわったからな」
「ふんっ」
「……にしてもシモン。急に強くなったな」
今日の戦いは見事だった。
正確で高威力な魔術行使。
そしてそれは審判の先生さえ圧倒していた。
俺に一瞬で敗れた男とは思えない。
「……嫉妬か?」
俺の発言に対して、明らかにシモンは嫌そうな顔をしている。
「そんな怒るなよ。別に喧嘩を売りに来たわけじゃない」
「なら何の用だ」
「いくつか質問をしに来た」
シモンは眉をひそめる。
そして、
「何も答える気はない、俺は帰るぞ」
俺から顔を背け、この場から去ろうとする。
だがここで逃がす気はない。
だから俺は──
「はっきり言うぜシモン。お前"魔族"だろ」
一番最後に言うつもりだった言葉を放つ。
「なっ!! 何故それをっ!?」
シモンは明らかに慌てふためいている。
「俺は色々詳しいんだ」
「くっ! ……生かしておけない」
シモンは歯を食いしばり、俺を睨みつける。
俺は念のためにもシモンにばれないように、足に力をこめる。
しかし、俺とてこの場で戦うつもりはない。
「こんな往来で俺を殺すのか? すぐに捕まるぞ」
「それくらいは分かっている。だが……お前の名前は何だ」
「アベル……アベルマミヤだ」
「ならアベル。俺はお前に"決闘"を申し込む」
決闘──
それは練習でも魔術戦でも無い、命と誇りを賭した戦い。
もし負ければ、命を失うかもしれない危険なものだ。
でも……これがスーツの魔族、そして人工魔族に繋がる最短ルートのはずだ。
だから俺は──
「いいだろう」
決闘を受諾した。




