第79話 生徒会室前
あれから特に何かが起こったりはせず、俺は平凡な日常の中、魔術の研鑽をしつつ水曜日を迎えた。
結局、火曜もシモンは来ず、俺はどうすることも出来なかった。
「そういえば今週の魔術戦はどうするんですか?」
学院への登校中。
カレンが俺に問いかける。
「多分相手はいないだろうし、生徒会のマッチングに頼るよ」
生徒会のマッチングの期限は水曜までだ。
木曜に相手が教えられ、金曜に試合となる。
だから本人達で相手を探さない限り、木曜も学院に行かなければならない事を、めんどくさいと思っている人は大勢いるらしい。
「良い相手だといいですね」
「うん。まぁ勝てるか分からないけど……」
前日まで相手がわからないんだ。
その不安はある。
だけどそんな不安を吹き飛ばすように、
「どんな相手が来ようともお兄様なら楽勝ですよ」
カレンはその美しい笑みを俺に向けた。
◇◇◇
「これかな?」
目の前の机、その上に置かれた用紙を一枚取る。
休み時間だから生徒会室に来てみたけど、そこには誰もいなかった。
まぁただの休み時間にいるとは俺も思っていなかったが。
しかし、代わりとして生徒会室の前には紙が積まれていて、そこには『魔術戦自動組合せ申し込み』と書かれていた。
「これだな」
俺はその用紙に必要事項を書きこみ、隣にある回収用の箱を見る。
一瞬こんなに適当でいいのか、とも思ったが、しばらくすれば、うっすらと魔術回路の雰囲気が感じ取れた。
それからよく見てみれば、全然適当じゃ無かった。
用紙の端に書かれた小さな謎の印。
これはおそらく物質の耐久性を高めるものだ。
専門外だからあまり詳しくはわからないけど、単純な衝撃から耐火や耐水までをも防ぐ優れモノだろう。
これをここにある用紙全部に刻んでいると考えると、製作者は魔術印に精通していて、なおかつ手際が良いのだろう。
魔術印なんてあまり戦闘中に使えるものでは無いが、この人ならそれも可能だな。
更に、箱にも複雑な魔術印が何重にもかけられて、今の俺のようにかなり高度な魔術師でなければ、見破る事さえ出来ないだろう。
確かに魔術師にとってこういった契約的な物は大切だけど……ここまでする必要ある?
そんな事を考えていた時。
ちらっと見えた生徒会室の目の前の窓、そこから映る景色によって俺の心臓は一瞬止まった。
男なのに肩を越す長い髪。
口にうっすら浮かべる嫌味な笑み。
「……シモン」
連れていかれたはずのシモンが一人の男子学生の前に立っていた。
「……ッ!」
俺は何故か嫌な予感がし、一度窓の下の壁へと身体を隠した。
そしてバレないように、目から上だけを出して見守ることにした。
「こんな所に呼び出してどうしたんだよシモン」
角刈りで立派な体格をした、シモンの前に立つ男子生徒はそう言う。
「ガルファ、俺は強くなった。今までの俺とは違う」
「そうか」
ガルファと呼ばれた男性はシモンの"強くなった"という事にあまり関心は無い。
「俺の活躍を見ていろ! きっとお前に追いつくからな!」
「別に俺はそんな事、気にして……」
「俺は気にしているんだ! お前に置いて行かれた事を」
「俺は置いて行ってなど……」
「どっちでもいい。お前はただ俺の活躍を見ていればいいんだ」
そう言うとシモンはその場から去って行ってしまう。
「……シモン」
ガルファはその姿を悲しそうな瞳で見つめていた。
そして会話に集中するあまり、俺は用紙を入れ忘れていた。




