第78話 助けたいという思い
「お兄様、杖忘れてますよ」
「あ、忘れてた、ごめんごめん。じゃあ、行こうか」
「はい」
俺とカレンは玄関を開けて学院へと向かう。
金曜の深夜。
俺はロン毛の男が魔族に連れていかれる現場を見てしまった。
あれから土日を利用して少し探ってはみたが、俺一人の調査なんてたかが知れてる。
何も手掛かりは得られなかったし、そもそも何故連れて行ったのかさえわからない。
「大丈夫ですかお兄様? 最近疲れてませんか」
カレンが考えこむ俺の顔をのぞき込む。
「魔術戦の相手が見つからなかったからかもね、ははは」
俺は大して気の利いてもいない冗談を返した。
新魔王といいスーツの魔族といい、最近は予期せぬ、求めていもいない再会が多かった。
その大変さが顔に現れていたのだろう。
しかしカレンは優しく、
「今週は見つかりますよ」
笑顔でそう言ってくれた。
良い家族を持ったな俺は。
と考えていたら、
「アベル、カレンちゃん、おはよう」
オリヴィアがやって来た。
「おはようオリヴィア」
「おはようございますオリヴィア先輩」
俺達はオリヴィアに挨拶をする。
「二人共、本当いつも一緒にいるわね」
「そうかな?」
「悪い事じゃないけど、普通兄妹ってそんなに仲良くないわよ」
「オリヴィアにも兄妹とかいるの?」
「まぁいるけど……仲良くはないわね」
本当に仲良くないからなのか、オリヴィアは少し眉をひそめた。
「へー会ってみたいな」
「なんでよ、会ったってしょうもないでしょ」
「そう? オリヴィアの家族なら、綺麗なんじゃないの?」
オリヴィアはとても可愛いし、それはオリヴィアの家族だってそうだろう。
「えっ! そ、それは……」
オリヴィアは頬を赤らめ下を俯く。
その姿は明らかに恥ずかしがって、言葉に詰まっている。
そこへ、
「お兄様……?」
カレンが俺を微笑む。
表情自体は笑顔だが、どことなく俺にもその怖さは伝わってくる。
「ど、どうしたのカレン!?」
「自覚はないのですか……?」
「な、何の話!?」
じりじりと詰め寄るカレン。
俺はそれにゆっくりと後ずさりするしかない。
そしてその時。
運が良いのか悪いのか、二人の少女がこちらに駆け寄ってきた。
「おはようございまーす!」
「おはようございますっ!」
一人は青い瞳に青い髪をした、快活な少女。
アメリアだ。
もう一人は茶の髪を三つ編みにした眼鏡の少女。
名前は確か……クラーラだったかな?
カレンの友人だ。
「お、おはようアメリア……とクラーラさん」
「おはようございます」
俺とカレンは挨拶を返した。
オリヴィアは下をうつむいたまま恥ずかしがっているせいか、アメリアとクラーラさんが来た事にさえ気が付いていない。
「……なんかカレンちゃん、怒ってる?」
「いえそんな事ありませんよ。ね、お兄様」
ん!?
俺に聞くのか!?
「そ、そうかもな……」
カレンは怒っていない……と思いたい。
だってこんなに笑顔なんだぞ。
怒ってる訳ないじゃないか、ははは。
そんな事を考えるが、それは言葉にはならない。
しかし、
「先輩も大変そうですね……」
クラーラさんは苦笑いを浮かべた。
◇◇◇
キーン、コーンと鐘の音が聞こえてくる。
これで授業は終わり、ようやく昼食だ。
「この範囲は試験に出すからの、フォッフォッフォ」
髭を伸ばしに伸ばしまくった、魔力操作の先生が教室から去って行った。
「アベル、お昼ご飯にしましょ」
隣の席のオリヴィアが提案してくる。
いつもならこのまま植物園に行くのだが……。
「少しだけ用事があるんだ」
今日の朝からとある男を探したが、俺には見つけられなかった。
おそらく学院には登校してきていない。
ならせめてどういった生徒だったのかを聞かなければならない。
それは絶対という訳では無い。
しかし俺は謎の義務感に駆られていた。
「悪いけど、先に行っててくれないかな?」
「分かったわ、早めにね」
そのままオリヴィアはお弁当箱を片手に、植物園へと向かった。
その後すぐに俺は席を立ちあがり、早歩きで職員室へと向かった。
そして職員室に着くなり、扉を開け、中の様子を見た。
「失礼します。ベルナール先生いますか?」
すると運が良い事に、職員室には目的の人物、俺のクラスの担任でもあるベルナール先生がいた。
「アベル君。どうかしましたか?」
「少し聞きたいことがあって」
「はい、何でしょうか?」
「同級生で、ロン毛のこれくらいの身長の人っていますか?」
俺が訪ねているのは、先週の水曜に俺と戦い、金曜の深夜に魔族に連れていかれた、あのいけ好かない奴の事だ。
他の人に聞いてもいいが、魔族関係の事にカレンやオリヴィアを巻き込めない。
それに頼みの綱であるグルミニアは、あの男を知らない可能性が高すぎる。
だからベルナール先生に聞いたのだ。
「うーん。二組のシモン君の事でしょうか……?」
「どんな感じの人なんですか?」
「ちょっと周りと溶け込めていないっていうか、少し傲慢っていうか……」
ベルナール先生は言葉を濁す。
まぁ学院の生徒の事だし仕方ないな。
でも、
「それなら、俺が探していたのは彼です。何でも良いので彼について教えてくれませんか?」
それがあのスーツの魔族に繋がり、誘拐事件解決の糸口になるかも知れない。
これは正義感ではなく、あの魔族を単に倒したいという俺の私情だ。
だからこそ周りは巻き込めないし、本心から必死にもなる。
「うーん」
ベルナール先生は少し悩む。
知っているとはいえ、そこまで接点がある訳では無いのだろう。
だが先生は記憶を漁って、思い出した事を教えてくれた。
「去年の終わり頃から魔術戦の負けがこんでて少し荒れてたと思います」
「何位くらいだったんですか?」
「100位くらいから一気に200位くらいまで落ちましたね」
「マジですか……」
学院の1学年の大体の人数は300人程度。
そして3年生の人数は301人だ。
大陸中の才能ある若者が集まっているとはいえ、そこまで数が多い訳では無い。
しかし、いやだからこそ100位も落ちたなんて……本人にとっては大きなショックだろう。
……それで相手が決まってもいないのに、必死に練習していたのか。
少し見直したな。
性格はどうかすべきだと思うけど。
「にしてもシモン君がどうかしたんですか?」
当然の質問だろう。
急に職員室までやってきて、大して接点も無さそうな他クラスの生徒の事を聞いてきたのだ。
ここは適当に答えて──
「……彼の力になってあげくて」
俺の口は勝手に動いていた。
俺もアマネも、人に裏切られ、利用されて来た。
しかし人も魔族も根本的には好きだ。
それは、嫌う理由以上に好きな理由があるからだ。
シモンは確かにいけ好かない奴だが、悪い奴じゃない……と思う。
なら助けるべきだ。
俺は聖杖の勇者なのだから。
誤字脱字報告、ありがとうございます!!
とても助けになります!!




