第77話 暗い夜
「へぇ~そのアマネって子すごいのねぇ~」
サラスティーナさんはカウンターの下で何かを探している。
それが何かは俺にもわからない。
「本当、あんなの見てしまったら勝てる気がしませんよ」
俺は食器を拭きながらサラスティーナさんと会話している。
「でもぉ~その子に勝たなきゃ首席にはなれないんでしょ」
「そうなんですよ、道のりは遠そうですね」
首席合格にはアマネを倒さなければならないし、その道中はアマネだけではない。
俺は途中編入だから最下位。
どれ程の相手を倒せばアマネに辿り着けるのだろうか。
「うふふ、大丈夫よ。アベル君は強いもの」
「そう言って貰えると心強いですね」
俺も『時空転移』が使える程の魔術師だし、実際ほとんどの魔術師には勝てるだろう。
でも……自信は無い。
こういった励ましや経験に俺は助けられている。
「……っと、あったわぁ~」
「さっきから何を探していたんですか?」
「昔の友人にもらったお守りよ」
そう言うと、サラスティーナさんはお守りを見せてくれる。
それは五角形をした布のお守りで、かなり一般的な物だった。
「へー」
しかし、それが誰からもらったものなのか、今の俺にはまだ分からなかった。
◇◇◇
「ふふふーん、ふんふーん」
俺は小さく鼻歌を歌いながら家に向かう。
既に時刻は深夜だし、通りに人なんていない。
だからこそ鼻歌を歌えるのだが、
「ぐわあああ!!」
大きな悲鳴によって俺の鼻歌は止められた。
「な、なんだ!?」
声は通りの脇、路地の方から聞こえてきた!
「……っく! 今行くぞ!」
俺は声のした方へと走る。
場所は遠くなく、俺はわき道に入り、その光景を目にした。
「おやおや、邪魔者ですか……?」
そこにいたのは二人の男。
一人は直立し、一人はもう一人の足元で倒れている。
倒れている男は水曜日に俺が模擬戦をしたロン毛の男。
目は閉じられ力が抜けきっている所からも、悲鳴を上げたのはあいつだろう。
そして直立する男。
俺にとってはロン毛の男よりも、この男の方が強く印象に残っていた。
そのすらっとしたスーツ姿に、背中に生えた2つの黒い翼。
そして蛇の様に細い目つきと、いやらしい笑み。
俺がこいつを忘れるはずが無い。
こいつは俺の腹に穴を開け、俺を死の淵へと追いやった魔族だ。
「何をしている!」
「それを教える義理はありませんね」
スーツ姿の魔族はロン毛の生徒を肩に担ぐ。
あいつをどこかに連れていくつもりなのだろう。
だが、そうはさせないッ!
「動くなッ!」
俺は瞬時に杖を抜いた。
そして当然、その杖の先はスーツの魔族の方を向いている。
「別にあなたと戦うつもりはありませんよ」
「何を言っている! あの時俺を殺そうとしただろう!」
「んー……」
スーツの魔族は顎に手を当て、記憶を思い出そうとしている。
しかし、記憶には無かったのだろう。
「人間など殺し過ぎていて、覚えていませんよ」
「お前ッ!!」
魔族が全員悪いとは言わない。
アマネのように普通の人たちもたくさんいる。
だが……だが、こいつは間違い無く──悪だ!!
「『魔剣』!!」
俺は漆黒の剣を右手に形成し、全速力で駆けるッ!
「……速いッ!! が!」
スーツの魔族はそれに対し、後ろに飛びながらも金属の壁を作る。
それはおそらく鉄。
普通なら決して刃など通りはしない。
音を盛大に響かすのが関の山だろう。
だが、俺とこの剣は普通ではない。
「おらあぁ!」
俺は漆黒の剣で、斬撃という綺麗な軌跡を描く。
そして、まるでチーズの様に壁を引き裂き二つに分ける。
それはもはや人知を超えた切れ味。
真祖の力がどれ程規格外かが一瞬で理解できる。
だがその様子を目にしても、スーツの魔族の余裕そうな表情は変わらない。
何故なら、
「ははは、強いですね!」
スーツの魔族は漆黒の翼で空を飛んでいるからだ。
こうなってしまっては、人間ではどうする事も出来ない。
人間では、の話だが。
「待てッ!」
俺は背中に力をこめる。
それによって背中に一枚だけの翼が現れていく。
「うおおぉぉ!!」
俺は渾身の力で翼を羽ばたかせ、そして跳んだ。
しかしこれが一枚羽のハーフの限界なのか、多少は浮いたが、すぐに俺は地面に墜落してしまった。
「っく!」
「どこまでも面白い男ですね。また機会があれば会いましょう!」
そう言ってスーツの魔族は闇夜の空に消えていった。




