第76話 3年次首席
「いやーにしても二人ともすごかったな」
二人とはカレンとオリヴィアの事だ。
俺は二人の勝利を見届けた後、二人と共に植物園に昼食を食べに来ていた。
「わしも見に行きたかったのー」
グルミニアは疲れ切った顔をしている。
「まぁ審判は大変だしね」
グルミニアはこれでも教師だ。
金曜は審判としての仕事があるし、実際それが何試合も続いたら大変だろう。
「危なかったら出来るだけギリギリで止めろ、なんて無理じゃー」
「ははは、確かにそれは無理がすぎるな」
この学院は国の優れた魔術師を育成する機関だ。
魔術戦の試合自体はとても大切なものだし、優秀な生徒を怪我させるのも学院としてはマイナスだ。
だから怪我はさせずに試合はしたいのだろう。
そりゃ審判の負担もすごいだろうな。
「でもまだ午後もありますし、頑張ってくださいねハイトウッド先生」
「うぅ~。頑張るのじゃ~」
グルミニアはカレンに抱き着いた。
一見。姉のカレンと妹のグルミニアように見えなくも無いが……年の差は10倍以上あるんだなこれが。
女性は見かけによらない、なんてよく言ったものだ。
と、俺が考えていると、
「そういえばこの後はどうするの?」
オリヴィアにそう尋ねられた。
「アベルは魔術戦無いんでしょ。じゃあもう帰る?」
確かに俺に魔術戦の予定はない。
それに、カレンやオリヴィアの試合は見終わった。
だから帰ってもいいのだが、
「一試合見たい試合があるんだ」
「誰の試合なの?」
「アマネ・ハルデンベルクだ」
◇◇◇
場所は第一闘技場。
学院最大の大きさを誇る闘技場だ。
そしてこの試合の観客席は、その闘技場をもってしても満員だ。
「狭いですね……」
カレンがそう言うのも無理はない。
観客席のイスは横長のベンチ型のものなのだが、横の人の腕が俺にもあたっている程ぎゅうぎゅうだ。
それ程人気なのだ、この試合は。
そしてそんな人気を博している張本人は、すぐに現れる。
「ベイカーさん、前に」
審判の先生が高らかに促し、秀才そうな少年が闘技場の奥から現れる。
それによって、歓声こそ起こらないが観客たちはざわめき立つ。
そして、
「ハルデンベルクさん、前に」
闘技場の奥から、透きとおった金色の髪をツインテールにした少女が現れる。
青い魔術服の下にパーカーを着込んだその少女は──アマネだ。
彼女の登場によって観客席は、
「き、きたぁ……!」
「やっぱりハルデンベルクさんって凄く綺麗ね……」
「あんなにクールなのに強いんだぜ。完璧かよ」
「早く試合が見てぇ!」
と、種々様々な反応を見せる。
だがそのどれもがアマネへの賞賛であり、罵倒はおろか嫉妬すら一切混じっていない。
もやは『誰も貶す事の出来ない位置にいる』という事だろうか?
「流石だな……」
「えぇ、そうね。相手も余程自信があるんじゃないの?」
オリヴィアは真剣に闘技場の方を見ている。
俺も一緒になって闘技場の方を見ると、もう既に試合は始まりそうだ。
「両者、用意は良いですか?」
ベイカーとアマネの顔を見る女性の審判。
彼女の言葉に、ベイカーとアマネは首を縦に振り、杖を抜く。
……アマネに杖はいらないだろうが。
まぁ魔族とバレない為のカモフラージュは必須だから、しょうがないんだろうけど。
しかし、俺がそんな事考える事の出来た時間はとても短く、
「始め!」
審判が手を振りかざし、試合が始まった。
「『雷雨』!」
最初に動いたのはベイカーだ。
ベイカーは開始の掛け声と共に、雷の矢を雨のように、上から大量に降らせる。
『雷雨』は『雷矢』の上位互換である中位魔術。
それをこんな一瞬で放てるのは、ベイカーの技術の高さを物語っている。
しかし、
「……」
アマネは軽く杖を振る"ふり"をして、自身の頭の上に土の障壁を作る。
それは頭上に薄く広がり、ベイカーの雷の雨を完璧に防ぐ。
そして、
「……」
再度アマネは杖を振り、障壁の近くに水の球を形成する。
そして、瞬時にその球を柱のような形へと変え、伸ばしていく。
「……ぐっ!」
当然。
その水の柱が伸びていく先はベイカー。
アマネは雷をベイカーの元へと導くつもりだ。
「『湧出鉄』!」
しかしベイカーは地面を思い切り踏み、目の前に避雷針となる鉄の壁を作る。
それによって雷は鉄に吸われてしまった。
これは彼のスキルなのだろうな。
確かにこのスキルは雷魔術との相性は良い、だがこれに関しては相手が悪いな。
「……ミスリル」
アマネが手をかざす。
それによってその鉄は内部から破裂し、周りに破片を飛び散らせる。
「ぐわあぁ!」
ベイカーはその衝撃に吹き飛び、闘技場を転がった。
そして元々鉄の壁があった所。
その位置には白銀に輝く金属がそびえ立っていた。
それもベイカーが出した鉄の、数倍以上の大きさで。
「……まだ、やる?」
アマネは首をかしげる。
それによって黄金のツインテールが軽く揺れる。
……確かにベイカーのスキルはとても強い。
それに雷魔術の組合せは最高だろう。
これなら大抵の相手には勝てるはずだ。
そう、大抵の相手には──
「……くっ。俺の負けだ」
「勝者、アマネ・ハルデンベルク!」
審判がアマネの勝利を告げる。
それによって歓声ではなく拍手が巻き起こった。




