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第68話 オリヴィアとの再会

「さ、じゃあ行こうか」


 入学式の翌日。


 俺は玄関を開ける。

 今日からいつも通りの学院生活が待っている。

 昼は魔術に励み、夜はバイトをする、というサイクルが再び帰ってくる。

 首席になる為にも頑張らないとな。


「今日の昼はどうしますか?」


 学院に向けて登校中、俺は共に向かうカレンに尋ねられる。


「植物園集合でいい?」

「はい」


 カレンは学院で首席みたいだし、俺と一緒にいるのをあまり見られない方がいいだろうな。

 カレンは別にいいって言うだろうけど。


 そうしてお昼の約束をしつつ、俺達は学院へと辿り着いた。


「じゃあね」

「はい」


 俺は軽くカレンと別れ、

 そのままと職員室へと向かう。


「失礼します」

「はい、アベル君ですか。準備は出来ていますよ」


 暗めの金の髪を一つに纏めたこの人の名前は、オディーヌ・ベルナール。

 藍色の魔術衣装からも分かるようにこの学院の教師だ。

 そして去年の俺のクラスの担任だった人だ。


 合格通知やその他の書類によると、今年もこの人が俺のクラスの担任になるらしい。

 ……完全に名前を忘れていたけど。


「なら行きましょうか」

「そうですね」


 そうして俺はベルナール先生と共に教室へと向かう。

 なぜ一度職員室に来たかというと、それは俺が途中編入、という点にある。

 途中編入した場合、教員に連れられ自己紹介をしなければいけない。

 別に、俺としてはそのまま教室に行っても構わないが……。


 そうして辿り着いた教室は3年3組。

 ここが俺の3年次の教室のようだ。

 この教室でこれから1年間、俺は首席を目指すことになるんだな。


「では私が先に説明しますね」

「わかりました」


 ベルナール先生は教室の扉を開き中に入る。

 俺はその後ろについて教室に入って行った。


「これからこの3年3組を担当することとなったオディーヌ・ベルナールです。よろしくお願いします」


 ベルナール先生の自己紹介。

 生徒達はそれを静かに聞いている。


「そして、こちらは途中編入で入ったアベル・マミヤ君です」

「よろしくお願いします」


 俺は礼儀として頭を下げる。

 それに伴って生徒達から、がやがやと声が聞こえてくる。


「あいつ……バカベルじゃね」

「あぁ、あの最下位の」

「あんな奴でも途中編入出来るんだな」


 まぁこれくらいの罵倒は聞き慣れている。

 別に今に始まった事じゃない。

 こんなもの適当に聞き流――


「みんな、そういうのは良くないよ!」


 凛とした声が教室中に響く。

 それによって教室は一瞬にして静まりかえる。


 ……俺を助けてくれたのだろう。

 それに俺はこの透き通った声を、この真っ直ぐな生き方を知っている。


 声のした方を見れば、目に映るのはキリっとした端正な顔に、燃えるようなセミロングの赤い髪──間違いない。

 オリヴィアだ。


「まぁ、オリヴィアさんが言うなら……」

「オリヴィアの言う通りだよ」

「チッ」


 若干不満がある者もいたが、オリヴィアのその言葉は確実に生徒を静かにさせる。

 それだけ彼女に実力があって、人望があって、勇気がある、という事だ。


 そして、何事も無かったかのように、ベルナール先生は俺に座席を教えてくれる。


「アベル君の席は向こうです」

「わかりました」


 俺はベルナール先生に言われた席に向かう。

 そこは教室隅の窓際。

 運よく、オリヴィアの隣だ。


「ありがとね、オリヴィア」


 俺は席に腰掛けながら、隣のオリヴィアに感謝した。


「別にいいわよ。でも、後で話があるから」

「植物園でお昼食べるんだけどその時でいい?」

「……わかったわ」


 ◇◇◇


 キーン、コーンと鐘が鳴る。

 これで4限目の授業は終わり、次は昼だ。


「今日はここまでだ」


 荷物を片づけ、火属性魔術を教えてくれていた先生が帰る。


「ふぁ~。疲れた」


 久し振りに授業出たせいか、すっごい疲れたな。

 だから伸びるのもしょうがないだろう。


「何、終わったみたいな顔してるの。まだ授業あるわよ」


 横の席から声をかけられる。

 オリヴィアだ。


「はは、久しぶりだから結構疲れて……」

「ならご飯食べて回復しましょ」

「あぁ、植物園に行くか」


 俺は席から立ち、オリヴィアと共に植物園へと向かい始めた。


 植物園に行く人なんて俺達くらいだし、その道中も人は見かけず、自然と植物園への道は俺達二人きりだった。

 そしてその道中で当然、オリヴィアは俺に話しかけてきた。


「アベル……まずはおかえり」


 そう言うオリヴィアは少し下を向いているが、態度自体はいつもと変わらない。

 前ならもっと感情的になりそうなのに……彼女も成長したという事なのだろうか?

 なら俺も普段通りの物腰で返事しよう。


「ただいま、オリヴィア。久し振りだね」

「そうね。アベルが結構長い間いなかったからね」

「う、うん」

「あれからどこにいたの?」


 あれからとは、俺が学院ダンジョンの地下に落ちてからの事だろう。

 カレンはこの事についてあまり掘り下げては来なかったが、実直なオリヴィアは別だ。

 急にいなくなった俺がどこにいたのか気になるのだろう。


 だが、正直に伝えるつもりはない。

 オリヴィアの性格も考えれば、正直に言って欲しいんだとは思う。

 でもオリヴィアには一番言わない方がいい気がする。

 だってオリヴィアに話したら……絶対に悲しんで泣いてくれるから。


 戦って傷ついた事。

 仲間がいなくなってしまった事。

 あらぬ罪を被せられた事。

 その全てに共感して、悲しんでくれるだろう。

 だからこそ、決して伝えたくない。


「うーん……遠いところ、かな」

「遠いところ、か。大変だったね」

「……ちゃんと言えなくて、ごめん。心配もかけたのに……」


 おそらく相当な心配をかけただろう。

 しかし俺はそれに対して、十分な説明もせずにただただ謝るだけだ。

 オリヴィアもその事に不満を抱いていると思ったが……


「心配をかけて、申し訳ないって思ってるの?」

「うん、思ってるよ」

「……それ、全然思わなくてもいいよ」

「……なんで?」

「私も、助けられなくて申し訳ないって思ってるから」


 オリヴィアの声は震えている。


「そんな事思わなくていいよ!」


 そもそも、新魔王によく似たあの少女に落とされたのが原因だ。

 あいつが一番悪いはずだし、次に悪いのは実力不足だった俺のはずだ。


「オリヴィアは悪くないよ! だからオリヴィアは気にしなくても──」

「そんな訳にはいかないよ……っ!」


 オリヴィアは顔をこちらに向ける。

 するとその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、今にも泣きだしそうだ。


 オリヴィアは人の事を思って、こうも悲しんでくれる。

 それは優しいというよりも、優し過ぎる。

 そして、俺はそんな彼女を見て、何故か勝手に口が動いていた。


「……オリヴィア、聞いてくれ」

「うん」

「俺が帰ってこれたのはオリヴィアやカレンの存在があったからだ。俺はいつも二人に見えない力を貰っていたんだ。それが無かったら俺は今、ここにはいない」

「でも……」


 俺は感謝を伝えるが、オリヴィアは納得していない。


「……オリヴィア、聖杖の勇者って知ってる?」

「もちろん」

「彼はね、新魔王との戦いの時に仲間を失ってしまったんだ。そこには後悔や悲しみがたくさんあったけど、一番彼の心を覆っていたのは、また会えるという希望や期待だったんだよ」


 キザイアさんとは必ず会える。

 俺は今でもそれを信じている。


「彼になれ、とは言わないけど、君のように立派な人間にはそうあって欲しいんだ」


 過去に縛られていても未来は見えない。

 俺は、アベル・マミヤという未来をもう一度見たかったからこそ、聖杖の勇者という過去から抜け出したんだ。


「だからオリヴィア、過去よりも今だ。実際俺は帰って来たんだから、これからは一緒に笑おう」


 上手くこの気持ちが伝えられているかは分からない。

 そもそもこんな言葉に意味があるのかも分からない。


 ……だけど今、オリヴィアは泣きそうな顔で精一杯笑おうとしている。

 それだけで十分だ。


「ごめんね……上手く笑えない」

「仕方ないよ。それよりも化粧室に行っておいで、俺はここで待ってるから」


 俺は最後に微笑んで、背を向けた。

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