第58話 学院ダンジョン五階層、そして━━
「この下か」
「……長い」
「確かにね」
俺達は長い階段を降りる。
この下は5階層。
次の攻略場所だ。
「なんだか広いな」
降りた5階層はそれまでの階層よりも広い作りになっていた。
もしかしてここが最後の階層か?
しかしだからといって何かかが変わるわけでは無く、その事をあまり気にもせずに俺達はどんどんと先に進む。
だが進めば進む程、俺達はとある一つの違和感に気付く。
「にしてもさっきから……」
「……敵、いない」
そう、敵がいないのだ。
4階層まではかなりの数、敵に遭遇したが、この5階層では未だに出会っていない。
「ありがたいけど、5階層はずっとこんなのが続くんだろうか」
「……意外」
しかししばらく歩くととある物が目に入る。
「これは……魔石だな」
おそらくホワイトウルフ達の魔石。
あの狼達のものだろうか。
「……奥。……何か、来る」
重い足音と共に奥から巨体の影が見えてくる。
それは暗いダンジョンの中、ゆっくりとその姿を俺達へと現してゆく。
しかし徐々に目に見えるその姿は、俺には見覚えがあった。
人の背丈を大きく超えた大きさに石で出来たその重厚な体。
そう、ゴーレムだ。
「こいつにアマネのスキルは効かないだろう。魔術で支援してくれ」
「……わかった」
俺は杖を抜く。
このゴーレム相手に剣が通用するか分からないからだ。
「『岩砲』!」
俺は巨大な岩をゴーレムへと飛ばす。が――
バンッ!
っとゴーレムはそれを拳で砕く。
「マジかよ……」
飛んでくる岩を壊すなんてどんな力だよ。
「……あれ、古い。……もしかしたら。……奪える」
「本当か!?」
「……少し。……時間」
アマネはホワイトウルフの魔石に力をこめ始める。
「あぁわかった」
ここは俺が止めないとな。
「『魔剣』」
俺は漆黒の剣を作り出す。
通常の剣なら防ぎきれないかも知れない。
しかし、これなら――
「ギギギ……!」
ゴーレムはこちらへ走ってくる。
「たああぁぁ!」
俺はそれに対し走っていき、剣を振る!
しかし、俊敏な動きで避けられ、ゴーレムの右手がカウンターで飛んでくる。
「っと! たあぁ!」
しかし俺には当たらず、そのまま俺はゴーレムに一撃加える。
だが傷は浅く、ゴーレムは何度も拳を俺に振ってくる。
「っふ。当たらないな!」
しかし俺はそれを全てさばききる。
そして――
「……アベルっ」
アマネは俺に魔石を投げてくる。
「どうすればいいんだ!?」
俺はそれをキャッチする。
でもどう使えばいいんだ!?
「……背中っ」
「わかった!」
俺はゴーレムへと走る。
右の拳を避け、ゴーレムの懐へともぐりこむ。
「った!」
そして一気に背中に回る。
するとそこには赤く光る魔石があった。
「ここか!」
俺はそれをパワーで無理矢理外し、アマネから受け取った魔石をはめる。
それによってゴーレムの動きは完全に停止した。
「やったな、アマネ」
「……うん」
「にしてもこのゴーレムどうするんだ?」
動かないゴーレムがその場に立っている。
「……手を挙げて」
アマネがそう言うとゴーレムが手を上げる。
「え!?」
「……制御、奪った」
「おぉ! 良いな!」
アマネは褒められて嬉しそうだ。
「……パンチ」
気を良くしたのか、再度指令を出す。
するとゴーレムはパンチを繰り出す。
壁へと。
「え!? なんだここは!?」
そして何より意外なことに、それによって崩れた壁の向こうに、部屋が現れた。
「なっ!? ここは……っ!」
そこは魔術師の研究所みたいな場所だった。
照明は無いが何故かほんのりと明るく、無数の本棚や何かの実験器具が大量にある。
ここに見覚えはある。
俺がこの世界に来る前に、最後に来た場所だ。
「……何、ここ?」
アマネの問いも当然だ。
たまたまゴレームがパンチした先に部屋があったんだからな。
……しかし俺は幸運だ。
「ここだよ。俺が目指していた場所は」
そう言いつつ俺は部屋に入る。
ここに手掛かりがあるはずだ。
「少し見てから帰るよ」
「……うん」
まずは実験器具。
これは正直よく分からない。
次に本棚。
そこには多種多様の本が分類別に並べられている。
そして案の定、その中には時空魔術の分類もあった。
「これかな?」
アマネは実験器具を眺めている間、俺は一冊の本を本棚から手に取った。
その本のタイトルは『旧世界へ』。
中を読んでみると、どうやら未来から過去へ飛ばされた男が、元の世界に帰る為に行った研究の全てを書いた本のようだった。
そして気が付くと俺は、その本を小一時間程読んでいた。
「はぁ……」
疲れを感じ、俺は本を閉じて大きくため息をついた。
だがそのため息の理由は疲れだけじゃない。
「まぁ、そうだとは思ったよ……」
その理由は、この本を読んで一つの事に確信したからだ。
それは、ここが"過去"だという事。
決して異世界やパラレルワールドの類じゃない。
まごう事なき過去。
魔族も存在し、古い建物が新しかった頃だ。
……まぁ俺も何となくは気付いていた。
だがあまり認めたくなかった。
認めてしまったら俺の中での常識が壊れる気がしたから……。
「……大丈夫?」
俺を心配してくれたのか、アマネの蒼い瞳が俺の顔をのぞきこむ。
「あぁ、うん大丈夫だよ」
「……目的、のもの。……見つかった?」
「あったよ。だから……そろそろ、帰ろうか」
何はともあれ、未来に戻る為に必要な物は見つけた。
後はこの本の魔術を使えるようになればいい。
だから俺はこの本を持って一度宿に帰ることにした。
実験器具を使う必要がありそうだから、また来ることになるだろうけど。
そして宿に帰るために通路を抜け、階段を上がる。
それを4度繰り返し、目の前にはダンジョンの扉。
するとそこで――
「これはこれは聖杖の勇者様」
魔術服を着た魔術師達が5人、立っていた。
しかもその中央にいるのは片眼鏡をかけた黒髪の男。
……ロッキンジーだ。
「何の用だ?」
「勇者様のおかげで魔族が絶滅したと聞き……」
「ん!? 待て! 今なんて言った!?」
「ですから、魔族が絶滅しました」
何だって!?
魔族が絶滅!?
そこまで追い込んだのかこいつらは……ッ。
「何故だ!?」
「聖杖の勇者様本人が全て根絶やしにしたと聞き及んでおります」
「俺はそんな事してないぞ!」
「……うん」
アマネは俺の言葉を肯定しつつ、俺の後ろに隠れる。
「いえ、そういわれてもこれはもう覆せない事実ですので」
ロッキンジーはいやらしく、にやりと笑う。
……はめられた。
魔族を絶滅させた事を俺に全てなすりつけられた。
「……そうか。で、用事とは?」
何のためにここに来たかは、察しはつく。
だから俺は念のため後ろで杖を抜いておく。
しかし俺は質問する、一縷の希望にかけて。
しかし――
「聖杖の勇者様には死んで、伝説になってもらうんですよ!!」
魔術師達は杖を抜く。
「『石弾』!」
だが、俺は五つの石の弾丸を彼等よりも早く放つ!
「うわあああ!!」「ぐほおぉお!!」
5人の内2人にそれは命中し、
その二人は悲鳴を上げて倒れる。
「「『石弾』!」」
残っている三人の内二人が石の弾丸を放つ。
一人で2つ、二人だから四つの石の弾丸が飛んでくるが、
「っと」
俺はアマネを抱え、余裕でかわす。
「……『生命力操作』」
アマネは一人の身体を爆発させ、
「たあぁ!」
俺は剣を抜き、もう一人を切り捨てる。
「魔術も、剣術も俺以下。話にならないな」
「うわあああ!!」
残った最後の一人。
ロッキンジーは俺達に恐怖して腰を抜かす。
「つ、妻と子供がいるんです! 許してください!」
「誠意が足りないんじゃないのか?」
「ごめんなさい! もうしません、どうかゆるしてください!」
ロッキンジーはプライドを捨て、みっともなく土下座をする。
「……まぁいいだろう。二度と来るんじゃないぞ」
俺はロッキンジーに背を向けた。
それは完全な油断。
当然ロッキンジーは、
「『纏風』ッ!」
風を身体に纏い、背後から俺に襲い掛かる。
だが、俺は読んでいた。
ロッキンジーならこうするだろうと――
「……『生命力操作』」
聞こえてくるアマネの声。
そして同時にロッキンジーの身体が急速にふくれ上がる。
「ごっ! がっぁあ!!」
それは明らかに人間の限界を超えた膨張。
必然的に膨張し尽くした身体は行き場を失い、最後には――
――バンッッ!!
と、破裂した。
「……ありがとアマネ。信じてたよ」
「……当然」
「でもこれで良かったの?」
ロッキンジーはアマネにとっては殺しても殺し足りないほどの相手だろう。
それをこんなにもあっさりと殺したのだ。
少し残酷だが……もう少し恨みを晴らしてからでもよかったはずだ。
「……別に、いい」
とは言いつつも、アマネはロッキンジーだったものを侮蔑の目で見ている。
何も感じていない訳は無いのだろう。
「……そう。なら帰ろうか」
だが俺のアマネも、共に見据えているのは未来。
ロッキンジーという過去の存在にいつまでも縛られてはいられない。
だから俺達は進み続ける、遥かなる未来を目指して。




