第48話 大団円は迎えられない
「はぁ……何とかって感じだな」
「……代償はでかいがな」
「……」
新魔王との戦いの後。
俺達は割って入った窓から更に下へジップラインを使い、魔王城から抜け出した。
しかし音を出し過ぎた。
追手が来るかもしれないから、取り合えず俺達は走り続ける。
しかし俺はともかく二人にそれ程体力はない。
だから疲れからか、一度俺達は早歩きで進む。
あれだけの傷を負ったが歩くことに支障はない。
なぜなら身体は既にアマネにある程度治してもらった。
しかし心の傷は大きい。
「今日中にこの町から離れた方がいいだろうな」
「あぁもちろんじゃ」
「ここから森に向かうのか?」
「それしかあるまい」
また森を通るのか。
……しかしそれ以外に道は無い。
しかし無事に行けるだろうか?
キザイアさんはもういない。
でも、だからこそ俺達は生き残らねばならない。
俺達にはその義務がある。
◇◇◇
あの後、俺達はすぐに森に入り奥へと進んだ。
そして丁度いいところで就寝し、あれから一晩が過ぎた。
運がいい事に追手もモンスターも襲っては来なかった。
そして翌日。
……なのだが、未だにキザイアさんがいなくなった実感がわかない。
だから俺は、
「深淵ってなんなんだろうな」
ふとそんな事を質問した。
「地獄の更に下じゃよ」
グルミニアは真剣そうに答える。
「どういうことなんだ?」
「人間の恨みや悲しみが最後に行きつくところじゃ。詳しくはわしも知らん」
「帰ってこれるんだろうか?」
「……無理じゃろうな」
「……そうか」
そんな所にキザイアさんは新魔王を連れていったのか……。
本当に決死の覚悟だったんだな。
はぁ……深淵に引き摺り込むというあのスキル。
そりゃ危険すぎて使えない訳だ。
……結果命を落とすことになってしまったしな。
「……アベル」
アマネが袖を引き、見上げてくる。
……わかっている。
俺の事を心配してくれているのだろう。
「大丈夫だよ、アマネ」
俺は無理に笑顔を作って、アマネの頭を撫でた。
そして空気を変えるためにも別の話題を切り出した。
「そういえばグルミニア」
「何じゃ?」
「あの『魔剣』の事だけど……真祖の力っていうのは何なの?」
真祖の力――
アマネと俺を襲った魔族、そして新魔王が発した言葉だ。
おそらく俺の能力に関したものなのだろうけど……正直何の事なのか分からない。
「うーん……お主はそもそも"真祖"を知っておるかの?」
「いや、聞いた事ないな」
「そうじゃな……一言で言えば、一番最初の魔族の事じゃ」
一番最初の魔族、つまり真なる祖――真祖って事か。
「真祖は彼にしか使えぬ魔術を使えてな、その最も有名なものがお主の『魔剣』なのじゃよ」
「その力が俺にあるって事か……」
「そうじゃ。ハーフであるお主の、どちらの親が魔族であるかは知らんが、どちらかは真祖の血を引いておるのじゃろう」
父さんか母さんのどちらかが真祖の血を引く魔族。
だから俺も真祖の血を引き、その力を覚醒させたのだろう。
そして真祖の血を引いているのは俺だけじゃない。
もちろん……
「……カレンもか……」
「前から気にはなっておったが、その"カレン"とは誰なのじゃ?」
グルミニアはそう聞いてくる。
更にアマネも興味深そうにこちらを見てくる。
「俺の妹だよ」
「……どんな人?」
「うーんそうだなー。気は効くし、優しいし……可愛いかな、はは」
「……そう」
そうだ。
だから俺は宮殿に帰らないといけない。
カレンやオリヴィアの待つ世界に戻る為にも。
◇◇◇
「アベルそろそろ交代の時間じゃぞ」
「わかった。後は頼むよ」
俺は額の汗を拭き杖を下ろす。
俺は帰りの船を動かしているのだ。
今回は魔術で。
あの後、森を抜けるのは行きとは違って簡単に抜けられた。
そしてこのままペレッキの港まで船で戻る予定だ。
「魔術もかなり上手くなったな」
「ありがとう。でもグルミニアに比べればまだまだだよ」
「それは当たり前じゃ!」
「はは」
実際かなり上手くなった。
というか二交代で風魔術を使い船を動かしていたら上手くなるに決まっている。
「じゃあ後は頼んだよ」
「大船に乗った気持ちでおるがいい。……ラッコ号は小舟じゃが」
自分で言って自分でつぼに入ったのかグルミニアは笑みをこぼす。
俺は彼女に船の操縦はは任せて、船室に休みに向かう。
そして船室の扉の前で、
「……はい」
俺にアマネがタオルと水を渡してくれる。
「ありがとう」
俺はそれを受けとり、水を飲みながら体を拭く。
俺の感謝を受けてアマネは嬉しそうだ。
もう既に夏の真っ盛りは過ぎたとはいえ未だに暑い。
だから本当にありがたい限りだ。
彼女なりに俺やグルミニアの事を、気遣ってくれているんだろう
アマネも始めてあった時に比べたら丸くなったな。
「そういえば、アマネの家族はいいのか?」
魔王城にいたかもしれないのに、アマネは何も言わず俺達の逃亡についてきた。
あの時は必死だったから分からなかったけど、もしかしたらまだ魔王城にいたかもしれない。
「……いない」
「そうか。聞いてごめんね」
「……気にしないで」
「そうさせてもらうよ」
あまりアマネは悲しそうには答えなかったけど、聞かなかった方がよかったかもな。
一応せめてもの償いとして頭を撫でる。
「トランプでもしようか」
「……うんっ」
俺は水とタオルを手に船室に向かう。
「……おおっと!」
しかし疲れからか、俺は何も無いところで転びそうになる。
鍛えられた身体のおかげで、何とか転ばずに持ちこたえたが、その衝撃に水は飛び散りアマネの服を濡らす。
暑い船上での薄着。
そこに水がかかるとなれば、どうなるかは分かり切っていた。
服は湿り気を帯びて肌にぴたりとくっつき、色白の肌やそれによく映える質素な下着をうっすらと露わにさせる。
しっとりと垂れる金の髪、瑞々しさを増す薄紅の唇。
その様は少女とは思えない程艶めかしい。
「……ごめん、アマネ」
いつもなら慌てている所かも知れない。
しかし……謝る俺に元気は無い。
その理由は……船を動かしていた事だけが原因ではないだろう。




