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第47話 勇者達

「……これはやばいな」


 俺達は城の屋上に降り立った。


 しかし、未だに俺の手からハンガーが離れていない。

 それだけ怖かったのだ。

 もう二度としたくない。


「ここの真下じゃな」

「どうやって入るんだ?」

「窓を突き破るのじゃ」

「え? どうやってだ?」

「こういうことじゃよ」


 グルミニアは屋上の端に4つの種を置く。


「『成長(グローアップ)』」


 それをツルとして伸ばし下に垂らす。


 わお。

 これで窓をぶち破るんだな。


「準備は良いか?」

「私は構わん」

「……うん」

「俺も準備は出来た」


 俺達はツルを掴み身体を屋上からはみださせる。

 ……下は見ないようにな。


「とおおぉぉ!!」


 俺はツルを手に屋上から飛び出し、その勢いのまま足で窓を割って城の中に侵入する!


「っと!」


 ぴたっと俺は着地することが出来た。

 魔石で強くなったのと、足場の悪い森を通ったおかげだろう。


「大丈夫か?」


 俺は皆の方を見る。

 キザイアさんは問題なく着地している。

 グルミニアは植物を生やしてクッションにしている。

 アマネもアニがクッションになっている。


 なんとかみんな無事なようだ。


 と言いたい所だが――心配してられるのもここまでだ。


「よく来たな」


 突如――

 俺達は部屋の奥から声を掛けられる。


 俺はそちらに目を遣る。


「……ッ!?」


 そこで、俺は驚いてしまった。

 何故なら玉座に座って怪し気に微笑んでいる少女に、見覚えがあったからだ。


 病的なまでに色白い肌に、上品に盛られた白い髪、そして黒を基調としたゴスロリ。

 唯一、灰色の瞳だけが異なっているが、見間違えるはずが無い。


 この少女は、俺を学院ダンジョンの地下に落とした少女だ――


「……何故お前がここにいる?」

「何の事だ。わらわはお前と会うのは初めてだぞ」


 ……そうだ。

 ここは俺のいた世界とは違う。

 グルミニア・ハイトウッドが俺を知らないように、彼女も俺の事を知らないのだろう。


 俺は一度引き下がる。

 しかし、


「……新魔王っ!」


 アマネが顔を歪ませる。


「ほう、懐かしい顔だな」


 なっ!?

 こいつが新魔王!?


「何をしているアベル!」


 キザイアさんは俺を叱責し、そのまま少女へと切りかかる。


 キザイアさんのその一撃は速い!

 とてもとっさに出た一撃とは思えない!

 これなら――


「遅いな」


 しかし、俺の期待は一瞬で崩壊した。

 少女はキザイアさんの高速の剣をいとも簡単に片手で払い、腹に蹴りを入れたからだ。


「……っぐはっ!」


 金属の鎧が欠け、空中に飛び散る。

 そしてキザイアさんも吐血しながら後方へと大きく吹き飛んだ。


「キザイアさん!」

「アベル、振り返るな! 『葉刃(グラスエッジ)』!」


 グルミニアは俺にそう言い、葉っぱを刃に変え飛ばす。


「『石弾(ストーンバレット)』!」


 俺も石のつぶてを飛ばす。

 これまでの成果か、今まで一つだったそのつぶては3つ同時に作られ放たれる。


「『闇膜(ダークフィルム)』」


 襲いかかる葉の刃と石のつぶてを、少女は薄い膜を作りそれらを塞ぐ。


「くっ! 突破できないッ! だが――」


 たかが膜で何が防げるのかと思い、何度も何度も魔術を放つ。

 しかし一向に壊れない……!

 なら――


「『魔剣(ダーインスレイヴ)』!」


 俺は漆黒の剣を右手に作り出し――走る!


 魔術でダメなら……このまま近距離戦に持ち込んでやるッ!!


「たあああ!」


 俺は闇の膜を漆黒の剣で、一息に切り裂く――


「ほう、真祖の力か」

「感心してる暇は無いぜ、新魔王!」


 俺は返す刀で新魔王に切りかかる。


 少女の左側からはグルミニアの葉の刃。

 そして右側からは俺の漆黒の剣。

 どちらを防ごうと、確実に手傷を負わせる事の出来る完璧な攻撃。


 勝った――!!


「ふっ、甘すぎるな」


 しかしッ!!

 少女は飛来する無数の葉を紙一重でかわしつつも、突っ込んできた俺に高速の蹴りを放つ!


 それは明らかに人間、いや魔族をも超越した動き。

 神がかった動体視力と卓越した体術を持つ者が、血の滲むような鍛錬の末に辿り着ける境地だ――


 だがッ!!

 神にも届かんばかりのその一撃でさえ、神に与えられし紅眼には届かない。

 俺の『絶対真眼』には確かに見える……!


 音をも置き去りにしたその蹴りの軌道が――


「っあぶな……っ!」


 俺は魔石で強化した身体を無理矢理ひねり、少女の蹴りをすんでの所でかわす。


 何とか一発目はかわす事が出来た。

 そう……一発目は。


「やるではないか!」


 これだけの実力を持つ者がたった一発で止まるはずが無いのだ。

 必然。

 2発、3発と蹴りが俺に向かって叩き込まれる、それも葉の刃をかわしつつ――


「……ふっ! ッ!!」


 しかし見える!


 俺は何とかその蹴りもしのぎ切ることが出来た。

 そして同時に勝利の可能性がふつふつと湧き上がってくる。


 何故なら、グルミニアの葉の刃が徐々に少女の身体を刺さってきているからだ。

 急所は的確に外れているとはいえ、これはおそらく注意がこちらに向き始めている証拠。

 このままいけば――


「……がッ!!」


 突如。

 宙を舞い後方へと吹き飛ぶ俺の身体。


 俺はついに6発目の蹴りをかわし切れなかった。

 というより見えなかった……。


「あの程度で本気と思うなよ、小童!」


 そして空中で理解した。

 葉の刃が刺さり始めた理由。

 それは俺を倒すために少女がギアを上げたからだ。

 最初の一撃は本気じゃなかったんだ――


「アベル!!」

「おやおや、よそ見か? わらわも舐められたものじゃな!」


 俺を吹き飛ばした後。

 少女は一気にグルミニアへと距離を詰める。


「……ッ! 『木盾(ウッドシールド)』!」


 グルミニアはとっさに木の盾を作った……が、その盾は少女の攻撃力の前では無意味だった。


 ――バキンッ!


 と盾は蹴り破られ、奥のグルミニアまでその蹴りは届く。


「……『成長(グローアップ)』!」


 グルミニアは蹴られる瞬間に魔術を使い、少女の足に重厚な黒い植物を巻き付ける。

 だがそれによって蹴りが止まることは無く、グルミニアも遠くに蹴り飛ばされた。


「……っく! かなり重いな」


 少女は顔をしかめる。

 蹴り飛ばしたグルミニアに向かう足もかなりゆっくりだ。


「……それは細鉄木と呼ばれる木じゃ。一度巻きつかれれば常人では身動き一つ出来ないはずなのじゃが……お主が動けることに驚いておるわ、ははは」


 グルミニアは笑っているが、満身創痍だ。

 腹には血が滲み、口からは血がこぼれる。

 明らかに身体の力は入っていないし、立ち上がる力も残っていないだろう。


 このままでは……確実に殺される。


「この状況で笑うとは……面白い奴だ。いいだろう、まずはお前から始末してやろう」


 ……状況は絶望的。

 ここで頑張っても勝てるとは限らない。

 諦めて殺してもらった方が楽だろう。

 だが――


 ――『勇気があるから勇者なのよ』

 不意に思い出す母さんの言葉。


 ……あぁ、そうだ。

 別に英雄じゃなくていい。

 賢者じゃなくていい。


 だが──俺は勇者でありたい。


「……待てよ、新魔王。……俺の事を忘れてないか」


 俺は必死に身体を起こし立ち上がる。


 痛みは酷い。

 腰や背中は血だらけだろう……。

 でも……まだ戦える。


「ほう……流石真祖の血を引く者だな……。よかろう、相手をしてやる」


 少女は灰色の瞳をこちらに向ける。

 それに対し、俺は紅い瞳を睨み返す。


 交差する紅と灰――どっちが上かはっきりさせよう。

 そう思い俺は静かに杖を抜く。


 俺の『魔剣』はもう消失した。

 魔力もそれ程残っていない。

 だが――


「『昇風(エアロウィンド)』!!」


 最後の魔力を使い、俺は風魔法を発動させる。

 そしてそれに合わせて少女もゆっくりながら走ってくる。


 しかし――


「どうした、発動していないようだな小童ァ!」


 俺も少女も、一切変化は無い。


 魔力切れ。

 不発。

 少女はそう思ったかもしれない。


 だが……俺達に変化が無いのは当たり前だ。

 俺は違う所に発生させたんだからな!!


「はあああああぁぁぁぁ!!!」


 キザイアさんが風の勢いを受け、一気に突っ込んでくる!

 その完全な奇襲に、重荷を背負う少女は、よけ切れなかった――


「っぐああぁぁ!!」


 ――ザシュッ!


 剣が少女の小さな身体に突き刺さる。


 キザイアさんを飛ばしたのは俺の魔術。

 キザイアさんの傷を治したのはアマネの魔術。

 新魔王の動きを鈍くしたのはグルミニアの魔術。


 これは俺達の今までの積み重ねの結果だ――


「……決まった」


 血を噴き出す少女を見て、俺は勝利を確信した。

 しかし、まだ少女は完全に瞳の輝きを失ってはいなかった。


「……ふふ、惜しかったようだな」


 少女はキザイアさんの剣を掴み、その顔をにらむ。


 なに……!?

 まだ余力があったのか!?


「いや、これで終わりだ新魔王。解き放たれよ、我が『深淵』!」


 キザイアさんがそう言い放つと、彼女の周囲には闇が立ち込める。


「こ、これはっ!?」


 その色は漆黒よりもさらに深い闇。

 更に闇からは子供のものような小さな手が伸び、どこからともなくすすり泣きや悲鳴が聞こえてくる。


「私のスキルだ。お前は私と共に地獄より深いところに行ってもらう」


 徐々に小さな手達が伸び、キザイアさんと少女の身体を掴んでいく。


「キザイアさん!」

「お前の言いたいことは分かるアベル。達者でな」


 深淵から伸びる手は、二人をその闇の奥底へと引き摺り込んでいく。


「やめろ、離せ!!」

「無理な相談だな」


 少女の叫び声すら闇は吸い込んでいく。

 それに、もう既に身体のほとんどは闇に取り込まれた。


「やめろおおおおお!!」


 最後に聞こえてきたのは新魔王の苦痛の叫び。


 気付けばそこにはもう何もなかった――

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