第43話 ヒノモト到着
「ようやく見えてきましたね……」
「そうだな」
始祖龍ドラゴギアとの出会いからおよそ1週間。
船の帆を動かす俺とキザイアさんの目の前には、陸地が見えていた。
そう、ようやくヒノモトに着いたのだ。
……にしてもここまで長かったな。
休憩有りとは言え、1週間も船を人力で動かし続けたのだ。
肉体的にも精神的にもきつい。
「アベル、2人を呼んできてくれないか?」
「わかりました」
じゃあ、二人が休んでる船室に行くか。
「二人とも、陸地が見えてきたよ」
船室に入るなり、俺は二人を呼ぶ。
すると二人は船室中央のテーブルでトランプゲームをしていた。
……正確に言うと、二人と一匹。
何故かテーブルに乗っかるアニの目の前にもカードが置かれている。
このトランプは賭場で、さらっとグルミニアが買っていたものだ。
俺達は暇な時間を、こうして費やしたりしていた。
「あぁ、すぐに行くのじゃ」
「……うん」
「早めにね」
俺はそう言って、キザイアさんを手伝いに戻ろうとする。
「……アベル。……船、ありがとう。……動かすの」
澄んだアマネの蒼い瞳が上目遣いに俺の顔をのぞきこむ。
ぽつりぽつりと薄紅色の唇から言葉が漏れる。
確かに疲れはものすごい。
でも……頑張った甲斐が少しはあったな。
「もちろんだよ」
俺は船室を出て、キザイアさんの元に戻り、陸地を目指して再度船を動かし始めた。
◇◇◇
「よいしょっと」
「忘れ物は無かったか?」
「無かったのじゃ」
「アマネ。気をつけて」
「……うん」
俺達は船から岩場へと降りた。
その際、俺はアマネの柔らかい手を取って安全に降ろしてあげる。
「……にしても、一面森だな」
キザイアさんがそう言うように目の前に広がるのは一面の森。
海岸だというのに町や村は全くない。
というのも、俺達がそういった場所に降り立とうと計画していたからだ。
なぜならヒノモトは完全に魔族の領域。
魔族との接触は出来るだけ避けたい。
「森なら見つかりにくいのじゃ。それより、帰る事が出来ればこの船を使うやもしれん。皆、場所は覚えとくのじゃぞ」
グルミニアは地図を開いて大まかな位置に指を指す。
これから突き進む森を過ぎた先にあるこの海――俺はここを記憶にとどめておいた。
「さてでは向かうかの。気を引き締めるのじゃぞ」
「はい」
俺達はここから村等に寄ることは無く、一気に魔王城の元へと向かうことになる。
しかし馬は無く、かなり時間はかかることだろう。
それでも、森の中を進み始めた。
「森の中は涼しいですね」
「確かにな」
中に入ってみると、外が暑いだけに森の中はとても涼しい。
季節がもう既に夏だとは思えないくらいだ。
しかし、いずれ夏の暑さも過ぎていくのだろう。
秋までには帰れる……と信じたい。
「どうしたんじゃアベル、そんな辛気臭い顔して」
「え? あぁ……早いとこ新魔王を倒したいなって思ってたんだよ」
「やる気があるのはよいが、気張りすぎぬようにな」
「分かってるよ。ってかグルミニア、やけに元気じゃないか?」
さっきからグルミニアはどこか意気揚々としている。
足並みも軽いし、ひょいひょいと森の中を進んでいる。
「そりゃ森にすむドルイドじゃしな」
「そういう事か」
「そうじゃ……よっと!」
グルミニアは軽く微笑んで、俺達を取り残すかのようにどんどんと進んでいく。
「俺達が追い付かないから、あんまり行き過ぎないでくれよ」
「わかっとる」
そう言いつつも、一人だけ前を先行している。
モンスターが出るかもしれないから危険だと思う。
……まぁ一人でも撃退できるだろうが。
森はドルイドのホームみたいなものだからな。
その背を見つつ、俺達は深い森を進んだ。
◇◇◇
「『木枝槍』」
グルミニアが詠唱し、杖を振る。
すると、そこら中の木の枝が無数の槍となり、緑色をした狼達に突き刺さる――
「ウオォォォン!!」
痛みからか、狼達の高い咆哮がそこら中からあがる。
しかし俺達に同情は無い。
だからグルミニアは飛び跳ねながら杖を振り、狼達を殺し続ける。
「アベル!」
グルミニアから声が掛けられた。
その意味は……わかってる!
「『昇風』!」
俺は杖を振り、風を吹き荒らす。
その魔術の対象座標は木々に着いている葉っぱ――
それによって周囲に葉っぱが舞い散る。
一見、狼達を吹き飛ばそうとしたが、魔術を発生させる場所を間違えたかのように見えるかもしれない。
しかし、これで正しいッ!
「『葉棘』」
グルミニアは杖を振る。
それによって舞い散る葉は、鋭利な棘をその身に宿す。
そして――
「キャウン! キャン、キャン!!」
吹き荒れる風の勢いに任せて、狼達の身体を引き裂いていく。
「すごい……」
葉に棘を生やすだけの魔術なんて正直使い道が無い。
というか、そもそもこんな魔術がある事すら初耳だ。
しかし、現に目の前に存在し、上手く活用されている。
……流石"神童"といった所か。
「……っと、大体こんなものかの」
その後、戦いはすぐに幕を閉じた。
命を刈り取られた緑色の狼達は霧散し、その場に魔石を残した。
「やったな、グルミニア」
「当たり前じゃ。フォレストウルフ如きにドルイドが引けを取る訳なかろう」
俺達が倒したモンスターの名は、フォレストウルフ。
ぱっと見は通常の狼と変わらないが、緑の身体に毒の牙を持ち、歴としたモンスターだ。
さほど強い訳では無いが、集団で襲って来たり、毒の一撃を持っていたりする事から、森に入る時に必ず注意されるモンスターでもある。
色合いも相まって、森を得意とするモンスターなんだが……ドルイドには分が悪かったようだ。
「流石だグルミニア、アベル。頼りになる」
キザイアさんは俺とグルミニアを手放しに褒めてくれる。
「ふふん、そうであろう」
グルミニアはその言葉に、手を腰に当て、得意げに鼻を鳴らす。
「この森の中では私はお荷物だからな、いてくれて本当に助かっているぞ」
「まぁまぁ、そう褒めるなキザイア。褒めた所でお主を優先的に守るようになるだけじゃぞ」
「はは……褒める意味あるんだな……」
俺は魔石を拾いながら苦笑いした。
「にしてもアベル」
「何、グルミニア?」
「お主かなり魔術が上手くなったな」
「そうか?」
グルミニアは伸びた枝に腰掛けながら、魔石を拾う俺を急にほめてくる。
と思ったら、
「そうじゃ。ま、わしが教えてるから当然じゃがな、はっはっは!」
案の定、自画自賛だった。
……とはいっても、実際グルミニアの指導は上手い。
そのおかげで、俺も前に比べて、信じられないくらい強くなった。
今では中位魔術もあらかた使えるようになったし、下位魔術の性能もかなり上がった。
このまま努力を続けて行けば、いずれ上位魔術も使えるようになるだろう。
しかし。
学院なら、これでようやく中の下くらいだ。
……今までは下の下だったけど。
「はは……俺がいた学院では、今の俺程度の実力じゃまだまだだよ」
「前々からに気にはなっていたが、その学院とはなんなのだ?」
「魔族に対抗するために作られた魔術の学院ですよ」
「そうか……そう言えば王都の方に似たようなのがあった気がするな」
そうなのか?
こっちの世界の事は俺も詳しくは無い。
別に気にある事でもないし、俺はそのまま拾った魔石のいくつかを口に放り、背中に鞄を背負う。
魔王城まで、まだまだ先は長い。
◇◇◇
「しかし、こうも戦いが続くときついな……」
「……そうじゃな」
キザイアさんとグルミニアは疲れからか、その場に座り込む。
「はぁ……」
あれからずっと連戦だ。
スライムや大蜘蛛、他にも様々なモンスターが俺達に襲い掛かってきた。
だから疲れはたまる一方だ。
俺は魔石である程度回復することが判明したが、皆はそうではないからな……。
「……はい」
アマネが皆のために鞄から水筒を取り出す。
アマネのスキルは物凄く強い。
だがその分燃費も悪く、後方で待機させてあった。
「ありがとう」
俺達は水筒を受け取るなり、どんどんと飲んでいく。
みんな相当に疲れているのだ。
進めば敵に会い、目的があるからその場に留まり続けることは出来ない。
これは予想よりも辿り着くのが遅くなりそうだな。
今日ももう既に日が傾きかけている。
「そろそろテントを張るか」
「そうですね」
モンスターに襲われる心配もあるから、見張りは立てなくちゃいけない。
しかし不運なことに俺達は4人だ。
一人当たりの疲労が凄まじい事になりそうだな。
正直、森を進むのは存外にきつい。
考えれば考える程嫌になってくる。
でも、夜は必ず訪れる。
だから俺達は行動するしかないのだ。




