第42話 クラーケン退治
「いつになったら来るんだ」
俺はそう呟いた。
「そろそろのはずなんだけど……」
ドラゴギアは腹を上にして水の上で浮かび、かなり暇そうだ。
日は既に落ちている。
どうやらクラーケンは太陽が苦手なようで、昼間は深海に潜り、夜や嵐の時にだけ出てくるらしい。
だから俺達は船の上でその時を待って、静かに休息していた。
「……あれ、何?」
夜の海を見ていたアマネが指を指す。
そこには三角形の白い何かが海から突き出している。
……何だろうか?
でも何となく嫌な予感がするな。
それに、俺の予感はかなり当たる……。
「あれがクラーケンじゃろ」
……え!?
あれがクラーケン!?
「でもただの出っ張りだぞ」
「あれは頭じゃな。ドラゴギア、この辺りに氷を張ってくれ」
「いいけど何でなんだ?」
「船を沈められては困るからな。氷の上で戦うのじゃ」
「わかった。『氷息吹』」
ドラゴギアは口から息を吹き、水面を氷に変えていく。
俺達は滑って転ばないように、その上へと慎重に飛び乗った。
すると、異変に気づいたのか、遠くの三角形は徐々にこちらに近づいて来た。
「来るぞ!」
キザイアさんが声を上げる。
その声に時間を待たずして、水面から三角形が上に上がって来、イカの足が2本伸びてくる。
キザイアさんは剣を抜き、俺とグルミニアは杖を構える。
「UWAAA!!」
耳をつんざくような声と共に現れたクラーケンは、一言で言うなら巨大なイカだった。
こちらに向ける6本の長い足にその巨大な体。
俺一人じゃ絶対に勝てない……ッ!
「UWOOOO!!」
クラーケンは足の一本で横薙ぎに、俺達を倒そうとする。
「せいいっっ!!」
キザイアさんは氷の剣でその足を一刀両断にする。
……心なしか余裕そうだ。
「『藪平原』」
グルミニアはどうやってか、氷の下から長い草を大量に繁茂させ、それでクラーケンの足の一本を拘束する。
そしてその草は足の一本に止まらず、次々と他の足をも捉えようとする。
「『聖壁』」
俺はキザイアさん以外の全員の前面を覆う壁を展開した。
キザイアさんの動きにはこの中の誰もついていけないし、こうした方が足手まといにはならないだろう。
それに『聖壁』なら向こうの様子が見えるから、グルミニアも魔術を使いやすいし、もしもの時にアマネとドラゴギアが動きやすい。
俺はこれまでの旅で、単純な魔術の技術だけでなく、こうした戦闘の判断も成長していた。
……まれに行われるキザイアさんの剣術の訓練と、グルミニアの魔術の勉強のおかげだろう。
これは学院にいるだけじゃ決して養われないものだし、これを得られたのは自分でもでかいと思っている。
「とうっ!」
キザイアさんは軽やかにクラーケンの足に傷をつけていく。
「このスピードと柔らかさなら剣技さえいらんぞ」
そう言うと、自信満々に足の一本を切り落とした。
「UWOOUU!」
クラーケンは必死になってキザイアさんを捕まえようとする。
しかし、そうこうしている間に、グルミニアの魔術がもう一本の足を絡めとる。
「UOU! WOOOO!!」
クラーケンは水中にある足を使い、水の中に逃げようとするが、足を掴まれている為に逃げられない。
その隙にキザイアさんはそのままもう一本の足を切り落とし、グルミニアは最後の一本を絡めとる。
氷の上に残った足は0本、もう結果は見えていた――
「ではな。『大聖斬』」
キザイアさんは剣の輝きと共に一気に突き抜ける。
クラーケンの眉間へと――
「UWAAAA!!!」
ぽっかりと大穴を開けられ、もだえるクラーケン。
しかしその状況は長く続かず、クラーケンはすぐに力無く氷の上に倒れこんだ。
◇◇◇
「『炎』」
「ありがとうグルミニア。ふぅ……いくら初夏とはいえ、冬の海は堪えるな……」
キザイアさんはクラーケンの眉間を突き抜けた後、そのまま海に落ちてしまった。
だからドラゴギアに救い上げてもらった後、船の上でグルミニアが火を出して温めてあげている
「本当にありがとうね!」
ドラゴギアは笑顔で喜ぶ。
短い前足をぶんぶん振っている。
「どういたしまして」
俺は船の上から適当に返事した。
というのも少し怒っているのだ。
このままヒノモトに向けて出港しようと思ったのだが、地面は凍っているし、炎魔法で溶かそうとして船に燃え移っても困る。
その事をドラゴギアに言ったら、龍の魔術は解除が出来ないという。
だから明日の朝に溶けるのを待つ事になったのだ。
……めんどくさい。
「本当に感謝しているのだ。何か加護を与えようか?」
「加護…って、本当か!?」
……加護!?
龍の加護を貰えるのか!?
長い年月を生きた生き物は、膨大な魔力を用いて加護を与えることが出来る。
種類は様々で、効果もまったく変わってくるが、その中でも龍から与えられる加護は最上級のものだ。
正直、クラーケンを倒す前に最初からそれを言って欲しかった。
「もちろんだ! ただ大変だし、一回だけにしてくれ」
「それは一人だけなのか?」
「あぁ流石に2人は無理だな」
「なら誰が貰う?」
俺は3人の方を見る。
「わしはいらん。お主が貰え」
「私も大丈夫だ」
「……いらない」
ありがたいけど……なんかドラゴギアは悲しそうだ。
まぁ実質振られたみたいなもんだし、しょうがないな。
「じゃあ、俺が頂くよ」
「……わかった。で、何にするのだ?」
何にしようか?
オーソドックスなところでいえば、火の加護や矢避けの加護辺りか。
龍に加護を貰うなんて思ってもみなかったから……悩むな。
「明日でいいか?」
「いいぞ」
じゃあお言葉に甘えて、明日答えを出すことにしよう。
◇◇◇
「それで答えは出たか?」
迎えた翌日――
曇り空の下、既に氷は解けている。
「はい」
俺の求める加護は既に決まっていた。
「で、何にするのだ?」
「縁の加護が欲しい」
そう、俺が求めたのは縁の加護。
俺達4人に見えない糸を通し、その関係を繋ぎ合わせるものだ。
何故俺がこんな加護を選んだのか。
それは、あの賭場での会話が俺の心に突き刺さっていたからだ。
「本当にそれで良いのか?」
当然ドラゴギアはそう聞いてくる。
……当たり前だ。
普通はもっと実用的な加護を求めるからな。
「あぁ、構わない」
俺はドラゴギアの目を見て、きっぱりと言い放った。
「……分かった。……では」
ドラゴギアは手を俺の頭に向ける。
「始祖龍ドラゴギアの名の元に、小さき者へと加護を授ける。その力は"縁"――その意は絆」
すると、蒼い光が俺を包み込み、俺の心臓の辺りへと収縮していく。
「神さえ解けぬ龍の糸を此処に結ぶ――」
そして蒼い光は俺の心臓を包み込むように覆い、やがて収まった。
あとに残ったのは、加護を得たという確かな実感だけだ。
「ありがとう、ドラゴギア」
「最後まで尊敬はないんだな」
「……感謝します。始祖龍ドラゴギア様」
「……よせ。やっぱ恥ずかしい」
ドラゴギアは恥ずかしそうに顔を背ける。
こいつも良い奴だったな。
「じゃあな。ドラゴギア」
「あぁ。頑張れよ」
俺達は船を再び動かし始める。
俺の気持ちはどこかすがすがしい。
しかし俺は大事な事を忘れている。
これから1週間の間、俺は過酷な肉体労働をするのだ。
……それについての加護にすれば良かった、と後悔するのはまた先の話である。




