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第41話 二匹目の始祖龍

 風や波が普段耳慣れない音を奏でる。

 肌に当たる潮風が気持ちいい。

 ……しかし照り付ける太陽が暑すぎる。


「……トビウオっ」


 アマネは水面から跳ねるトビウオを見るために、船のヘリから身を乗り出している。

 アニはアマネの腕に包まれているために、海に落ちるのを怖がってぷるぷるしている。


 一見すれば少女っぽい可愛らしい場面だ。

 いつもならそのままアマネとお喋りしたり、「危ないよ」とか言って止めたりするかもしれない。

 しかし、俺は死んだような目で船室へと向かった。


「アベル、ほら」


 船室に入るなり、キザイアさんがコップに入った水を差しだしてくれた。


「ありがとうございます」


 俺はそれを受け取り、すぐに喉へと流し込んだ。


「ふぅ……美味しいな」

「ぷはぁ~……すごくわかります」


 ……しかし疲れたな。

 もう歩けないや……。


 俺は椅子にだらしなく腰掛ける。

 キザイアさんも俺の横の席に腰かけた。


「船動かすのってこんなにも大変なんですね……」


 このラッコ号は帆船――

 帆を張って風で進む仕組みだ。

 そしてこの船は、俺とキザイアさんの人力と、グルミニアの魔術を使い、交代制で動かしている。


 そしてさっきは俺とキザイアさんの番。

 そう、先ほどまで力仕事をしていたのだ。


「これを一週間近く続けるんですか……」

「まぁこういった運動も良いではないか」


 キザイアさんはどこか楽しそうだ。

 ……悪いけど、この人本当脳筋だな。


「いや俺の身体が持ちませんよ」

「まぁまぁアベルが倒れれば私が代わりにやるさ」

「一人でですか?」

「あぁ」

「それはダメですよ。俺もやりますよ」

「……頼もしいな。だが無理はするなよ」


 キザイアさんは笑顔を隠さずこちらに微笑みかける。

 その表情は心底嬉しそうだ。


「はい!」


 俺も徐々にキザイアさん色に染められていっているな。

 脳筋の魔術師なんて聞いた事ないぞ、はは。


「にしてもグルミニアは優雅だな」


 窓の外から見るグルミニアは、魔術で作ったパラソルの下で、草の椅子に座っている。

 そして右手で本を読み、片手間に風魔術を使って船を動かしている。


「確かに、自分もあれくらい魔術使えたらいいんですけど……」


 魔術の出力も段違いだが、なによりその持久力が半端ない。

 俺ならあんな真似は出来ないし、流石神童と呼ばれるドルイドだと思う。


「魔術が出来るだけですごいと私は思うぞ」


 キザイアさんは俺にフォローを入れてくれる。


 その気持ちは嬉しい。

 だが……これは俺が学院に入る以前に何度も言われたセリフだ。

 ……最下位の俺にとっては棘でしかない。


「そうですか?」


 俺は不貞腐れぎみに答えた。


「勿論だ。魔術こそ選ばれた者の技術だ」

「そんな事ないですよ。それに、それを言ったらキザイアさんもすごいじゃないですか」

「……そんなことは無いさ」


 キザイアさんはどこか物憂げだ。


「……何かあったんですか?」

「……子供の頃は私も魔術師になりたかったんだ。しかし私には全く才能がなくてな、家も裕福では無かったから兵士になるしかなかったのだ」


 お金を理由に魔術師を諦める人はたくさんいる。

 杖や本には金が掛かるし、何よりも魔術学院の学費は高い。

 普通の家庭では苦しいだろう。


 俺は、たまたまバルザール魔術学院がグウィデン王国出身者の学費を無料にしていたから通えていただけだ。

 本来なら、両親を失った年若い兄妹に払えるはずが無いのだ。


「しかし魔術師になれなかったからには、兵士として一番になろうと思い、努力したのだ。……その結果がこの眼と傷だ」


 キザイアさんは右手で、決して開かれることのない瞼をさする。


「だからお前達には憧れに近い感情があるんだ。そして……この感情を抱いているのは多分私だけじゃないだろう」

「……すみません」


「別にいいんだ。だが知っておいて欲しい。お前が立っているその場所は、他の誰かがどうしても立ちたかった場所だと」

「はい」


 もしかしたら今まで、最下位だのなんだの言えてたことが贅沢なのかもしれない。

 確かに俺は魔術の才能はあった。

 でもスキルが無いせいで自分の事を何にもできない奴だと思っていた。


 だけど、魔術を使いたくても上手く使えない人はたくさんいる。

 俺はそんな人たちから目をそらして、自分の不甲斐なさをスキルのせいにしてた。

 ……俺も変わるべきだろうな。


「キザイアさん、ありがとうございます!」


 俺はイスから立ち上がって頭を下げた。


「気にするな」

「キザイアさんは……」


 俺の話している最中――


 ――ドオオォォーーーン!!!


 突如、轟音が起こる。


「なんだ!?」

「物凄い音でしたね!」


 音は船室の外、デッキからだ。


「疲れているかもしれんが、行くぞアベル!」

「はい!」


 俺達は急ぎ足で船室の扉を開いて外に出る。

 すると轟音の原因はすぐに目に入った。


 そこにいたのは水面から上半身を出した、蒼い巨大な龍だった――


「なんなんだ!?」


 突如現れた蒼き龍に俺達は慌てていた。

 グルミニアさんは椅子から落ち、アマネはアニを強く抱きしめている。


 そんな俺達を見下ろし、蒼き龍は口を開く。


「小さき者どもよ、何用だ」

「それはこちらの台詞なのじゃが……」


 グルミニアは日よけ帽子の位置を直しながら聞き返す。


「ここは我の聖域であるぞ」


 ……そうなのか?

 確かにペレッキの港からヒノモトの海域まで向かうこの船で、今まで他の船を見かけなかったな。

 立ち入ってはいけない場所なのだろうか?


「すいません。知らなかったです」

「そうなのか?」

「はい」

「なら教えてやろう。我が名はドラゴギア! 人界を治めし始祖龍が一匹にして、この水域を守護せし者なり!」


 ドラゴギア、そのドラゴンはそう名乗る。


「はぁ……」


 ……めんどくさいのに絡まれたな。

 真っ直ぐヒノモトにいきたいんだが。


「この始祖龍ドラゴギアに対してなんなのだその態度は!」

「それより通して欲しいんですが」

「え!?」


 ドラゴギアは意外な返答に、短い前足をあたふたさせている。

 ……少し可愛いな。


「俺達これからヒノモトに向かうんです」

「そうなのか」

「出来ればどいてほしいんですが……」

「くぅ……こんな不敬な奴は初めてだな」


 ドラゴギアは少ししょんぼりしている。

 その姿には全く威厳が感じられない。

 本当に始祖龍の一匹か?


「アベルがお主に不敬なのは事実じゃが、わしらとて一刻も早くヒノモトにつきたいのじゃ」

「……何かあったのか?」


 ドラゴギアはきょとんとしている。

 もしかして魔族と人間の戦争を知らないのだろうか?


「魔族と人間が戦争中なのじゃ」

「そうなのか?」

「あぁそうじゃ。それで新魔王を倒しに行っているのじゃ」

「魔族が仲間にいるのにか?」


 もしかしてアマネの事か?

 ドラゴニールとアマネが知り合いだったっぽいし、ドラゴギアがアマネの事を知っていてもおかしくない。

 だとしたら……


「関係ないだろ」


 俺はぶっきらぼうに答える。

 話をそらすためだ。


 別にキザイアさんやグルミニアの事を信用していない訳じゃない。

 だが念のためにも、アマネの出自は隠しておきたい。


「……それもそうか、我には関係ないしな」


 そして運よくドラゴギアは引いてくれた。

 それを確認し、俺は胸をなでおろした。


「で、結局通してくれないのか?」


 キザイアさんは眉をひそめる。

 そろそろ会話に飽きてきたのだろう。


「あぁすまんすまん。通ってもよいのだが、一つ願いを言っても良いか?」

「先を急いでいるんだが……」

「頼むよ~」


 ドラゴギアは情けないな。

 ……本当に始祖龍か?


「そう言われてもな」

「ここでお前たちの船を沈めてもいいんだぞ!」


 急に強気になるな、こいつ。

 ついにこいつとか呼び始めたな、俺。


「わかったわかった。で、用とは何なのだ?」

「それが……実は最近この辺にクラーケンが出るんだ。……だから倒して欲しいんだ」


 ……は?

 お前始祖龍だろ。

 自分で何とかしろよ。


「……倒せないの?」


 アマネにさえ疑問に思われていたようだ。


「いいいや、倒せるし! で、でもほら、もしもとかあるじゃん! それに俺、頭脳派だからこういうのは……」


 あ、これは無理なやつだな。


「他の始祖龍には頼めんのか?」

「いやーそれがさー皆自分の居場所に引きこもってて来てくれないのよ」


 ……なんか可哀そうだなこいつ。


「……そうか。まぁ受けてやってもよいのではないか」

「グルミニアがそういうなら……」

「ではやってくれるのか!?」


 ドラゴギアは嬉しそうだ。


「あぁ」

「もちろんじゃ」

「構わない」

「……うん」


 本当なら出来るだけ早くヒノモトに向かいたいが、仕方ない。

 これがいい寄り道になることを祈ろう。

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