第33話 人の村、魔族の徴税官
そして翌日。
俺達は最寄りの村に来ていた。
この辺りの村は元々人族の領土だったので、住んでいるのは人間のはずだ。
「それにしてもしょぼいですね……」
村とはいっても少しはまともだと思った。
しかし目の前の光景は、一階建てのぼろぼろの建物がまばらにあるだけだ。
規模も小さいし、修繕もろくに行われていない。
これがこの村の当然の姿なのか、それとも魔族によって支配された結果なのか……。
まぁどちらにせよ、これじゃクッションどころか、食料さえ売ってくれるか怪しいな。
「すまぬ。誰かいるか?」
キザイアさんは大声を出して村人を呼ぶ。
するとすぐに、とある家から一人の老人が出てきた。
「何か用ですかの?」
「私達は旅人なのだが、いくばくか食料を売ってもらいたい」
キザイアさんは腰から金貨の入った袋を取り出し、その中をちらと見せる。
少しいやらしい気もするけど……この村はさほど裕福そうではないし、向こうとしても願っても無い交渉だろう。
「おぉ! わしらも是非と言いたい所なのじゃが……あなた方は人族ですかの?」
「ん? 何か問題なのか?」
「申し訳ないですが、人族には売ってはいけないと言われまして……」
うーん、仕方ないことだな。
ここはもう既に魔族の領土だ。
……ん?
そういえば……。
俺はカインとの戦いや、アマネを助けた夜の事を思い出した。
もしかしたら……。
……やるか?
いや出来るか?
「うおぉ!」
俺は背中に力を入れる。
すると背中の辺りが、お湯を掛けられたかのように温かく感じてくる。
「おお! なんと魔族の方でしたか」
可能性は確信へと変わる。
俺の背中には漆黒の翼が生えていた――
……片方だけだが。
「これでいいですか?」
「もちろんでございます。今夜はどうなさいますか?」
俺は判断をあおぐ為にも、皆をの方を見る。
すると皆は頷いた。
かなり訝しげな表情で。
「出来ればもう遅いので泊まらせて頂きたいです」
「でしたらあちらの空き家をお使いください」
連れていかれたのはかなりぼろい空き家。
中もぼろい。
まぁこの村にぼろくない建物なんかないが……。
「食料に関しては明日で構いませんか?」
「あぁ」
「では、ごゆっくり」
老人はそう言いうなり、出ていった。
ふぅ……それにしても、さっきから周りの目が痛い。
まぁ新魔王を倒そうとしている人間の背から漆黒の翼が生えたら、当たり前だろう。
「アベル、お主魔族であったのか?」
「いや、俺は人間だ」
俺は普通の家に生まれている……はずだ。
俺の両親もカレンも人間だ。
なら俺も人間のはずだ。
「さっきのを見て人間と思うと思うか?」
キザイアさんは不信感をあらわにしている。
「……確かに自分でも不思議ですが、何故かできるんですよ」
正直出来るかどうか半々だった。
でもカインとの戦いの時、そしてアマネを助けた夜、俺は背中に何かの感触を感じていた。
それにアマネと俺を襲ったあの魔族が言っていた"仲間"という言葉。
……俺はおそらく漆黒の翼が生やせるのだろう。
「我々はこれから新魔王を倒しに行くのだ、それはわかっているな」
「はい」
「信じてもよいのだな?」
「勿論です」
俺はキザイアさんの眼を見てしっかりと答える。
俺が新魔王を倒そうとしてるのは事実だ。
元の世界に戻る為にも。
「……」
アマネがじっとこっちを見てくる。
俺はアマネを安心させるためにもその頭をなでる。
俺は人族だから大丈夫だけど、アマネは元魔族の魔王の一族だ。
ばれるのはまずいだろうな。
「……わしは信じてよいとおもっておるがな」
グルミニアは飄々と答える。
「……なら私も信じるぞ」
キザイアさんは引き下がった。
信用してくれるといいけど……。
でもこれから戦っていくならいずれバレるし、なら今回言ってもよかったはずだ。
家がぼろかったせいだけじゃなく、その日の布団は何かいつもより冷たかった。
◇◇◇
「こちらになります」
「ありがとうございます」
翌日。
俺達は昨日の村長から買い物をしていた。
「本当に種だけでよいのですか?」
「はい。この人は魔族でも最高峰の魔術師ですから」
グルミニアというドルイドがいるからには種だけあれば十分だ。
本当は魔族にドルイドはいないんだろうけど……まぁ魔術を知らない農民なら信じてくれるだろう。
騙してしまう事には、負い目があるけど。
「では、こちらを」
村長に種だけを渡された。
俺は代わりにお金を渡す。
これでかなり安上がりに旅が出来る。
本当はクッションも欲しかったけど、やっぱりそんな物はこの村にはないそうだ。
……この尻の痛みは我慢するしかないな。
「ありがとうございます」
「気を付けてくださいね」
これで取引は無事に終わる……はずだった。
「そんちょーう!!」
遠くから若い男が走ってくる。
「どうしたジョン」
「それが……魔族の徴税官様が来ました!」
「なに!? はやすぎるではないか!」
ま、魔族の徴税官?
何があったのかはわからないけど、ジョンと呼ばれた青年と村長はかなり戸惑っている様子だ。
「どうかしたのか?」
「それが……徴税に魔族の上のものがこられたので、税を納めなければならないのです」
「あぁ」
「できれば……その種も返していただけませんか?」
「え!?」
マジか……。
これがないと結構きついぞ。
確かにキザイアさんは狩りぐらいできるけど、もしそれがだめだったらどうするんだ?
だから安定した食べ物くらいは確保しておきたい。
「会わせてもらえぬかの?」
「しかし……」
「わしとこのキザイアは魔族の中でも最高峰の技術を持った者だ。何か力になれるやもしれん」
「そうですか。それでしたら……」
村長はしぶしぶと了承した。
そうして俺達は村長の家、最初に村長が出て来た民家へと招待された。
「失礼します」
俺達は扉を開いた。
もちろんアマネは外で待機させている。
「何の用だ?」
「……っ!」
その威圧的な低い声、立派な体格を目にした瞬間、俺は驚いてしまった。
奥に座る魔族の身長は2メートル程。
その鬼のような形相に、筋骨隆々とした鋼の肉体。
筋肉によってぴちぴちになった服から胸毛がはみ出て……きもい。
けどその肉体は圧巻だ。
体格だけで言えばブレイヴ先生をもしのぐだろう。
「率直に言って、俺達も種が必要だからこの村の税を今回は免除してほしいです」
俺は正直に答えた。
下手に嘘をついてばれても後で面倒だしな。
「ほーん。そうか、ならそれに見合った対価はあるんだろうな」
「何か困ったことがあるならやらせてください」
俺は頭を下げた。
「違う違う、お前の横に対価ならいるだろ。それも二人」
魔族の男は下卑た笑みを浮かべる。
二人とはグルミニアとキザイアの事だろう。
「……それはちょっと」
なんだこいつ。
ぶん殴ってやろうか。
……負けるだろうけど。
「なら何が出来ると言うのだ?」
「基本的には何でもできます!」
「俺の身体一つ満足させれないのにか?」
「……」
本当にムカつく奴だな。
「なら、こうしないか」
魔族の大男は提案をして来た。
「俺とお前が勝負して、もしお前が勝ったら種くらいいくらでもくれてやる。しかし俺が勝ったらそこの女は両方俺が貰う」
「えっと……」
俺は二人を見た。
すると何故か両方とも頷く。
本当にいいのか?
俺が負けたらどうするんだ?
「いいの?」
俺がそう聞くと、帰って来るのはグルミニアのウインク。
……何か策がある。
ということだろうか?
「分かった……。いいだろう、その勝負受けて立つ」
俺は声高にそう言い放った。
「ま、せいぜい頑張れよヒョロガリ」
グルミニアは何か策がありそうだし、こいつの見かけだけの身体も俺の魔術で倒してやる!!




