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第31話 グリーンフォレストの神童

「ようやくだな」

「ですね」


 どれ程長い間馬車に乗っていただろうか。

 俺達はようやくグリーンフォレストにたどり着いた。


 目の前に立ち並ぶのは、樹高50メートルはありそうな巨大な木々。

 その幹の大きさにしたら馬車でさえ小さく感じる。

 そして木々はその数によって森を為し、延々と広がっている。

 ここがグリーンフォレスト――

 ドルイド達の研鑽の場か。


「やっぱり、すごい緑緑しいなぁ」


 今はまだ四月だ。

 なのにグリーンフォレストの木々は夏真っ盛りのような姿を見せる。

 道中キザイアさんに教えてもらったが、このグリーンフォレストは名前からもわかるように、一年中緑色をした森らしい。

 ここはドルイドが管理していて、常に森を青々しい状態で保っているそうだ。


「……ん」


 この圧倒的な森に、アマネとアニも感動を覚えている。

 ……アニのは勘だが。


「やはりドルイドとはすごい者達なのだな」


 キザイアさんはそんな事を言いつつも、馬車をグリーンフォレストの中へと動かす。

 中も予想通り、緑色をいた草木で一杯だ。


「自然系の魔術に関してはドルイドの右に出るものはいませんからね」


 ドルイドは植物を操り、自然をその力とする魔術師達だ。

 彼らの行使する魔術はドルイド術、または植物魔術と呼ばれ、一般的には自然系魔術の最高位にあると考えられている。


 その歴史は古代魔術の次に古いとされ、一説には5000年前から存在するとも言われている。

 最もポピュラーな基本五属性の中で、最古の光魔術が1000年前と言われている事からも、その歴史は並々ならぬ深さを有する。


 ……なんて、ハイトウッド先生から教わった知識だ。

 バルザール魔術学院でもドルイド術の授業は受けられる。

 当然、教師はハイトウッド先生だ。

 だがドルイド術は選択授業であり、俺は選択授業に剣術を選んだ。


 しかし!

 俺はいつも昼食時に植物園に行っていたからか、一度も授業を受けた事ないのにもかかわらず、ドルイドについては少しだけ知っているんだ!


「ほぉ……アベルは魔術に深い造形があるのだな」


 キザイアさんに褒められた。

 ……ちょっと嬉しい。


 それに、もう既に呼び捨てで呼んでもらっている。

 ……もっと嬉しい。


「えへへ、そんな事ないですよ」


 いや、そんな事あるのだ。

 学院で最下位だったとはいえ、座学の成績は悪くなかったからな。


 ……と、まぁそうこう話している間にも馬車はグリーンフォレストの奥へと進み、一軒の家が見えてきた。


 大木の中をくりぬき、窓や扉を備え付けた建築。

 これぞドルイド! って感じの雰囲気に、日の光が当たってとても美しい。

 ……でも、あれって虫とか大丈夫なんだろうか?

 結構その辺は気になる。


 俺達は馬車から降りてその家の扉へと向かった。


「キザイアだ! 用があって来た、開けてくれないか!」


 キザイアさんは扉の向こうに声を飛ばす。

 すると、すぐに家の扉が開かれた。


「何の用じゃ?」


 出て来たのは、この森に溶け込むかのような緑の髪と翡翠の瞳をした少女。

 その白衣が――

 ってハイトウッド先生!?


「は、ハイトウッド先生!? ど、どうしてここに!?」

「先生? 何を言っておるお主、わしはまだまだ若輩じゃ。教鞭を振るえるような年ではない」

「俺ですよ、アベルですよ!」

「あぁ、例の転移者か。報せは聞いておる」

「え……わからないですか?」

「知らんな」


 なぜだ……。

 何故俺の事をしらないんだ。

 この様子からして、先生は本当に俺の事を知らない。

 しかし、受け答えからハイトウッド先生であることは間違いないはず……。


 ハルデンベルクさんに似た少女といい、ハイトウッド先生といい……。

 もしかしてここは並行世界なのか?


 しかし、その考えを深める暇はなく、会話は続く。


「久しぶりだな。お前の師匠は元気か?」


 キザイアはどうやら知り合いだったようだ。

 それにしてもハイトウッド先生の師匠か……。

 ハイトウッド先生先生だな。


「……いや師匠なら2年前に……」


 ハイトウッド先生は悲しげな表情を見せる。

 今まで俺が見た事も無いようなその表情に、下らない事を考えてた自分が恥ずかしくなってくる。


「すまないな」

「いいのじゃ。師匠は森と一つになっただけじゃ、気にするでない」


 ……森と一つになった、か。

 ドルイドなりの考え方なんだろうな。


「それより、中で紅茶でもどうかの?」


 そう提案されるがままに、俺達は家の中へと入っていった。


 家の中は、その内部までもが木で出来ていた。

 木の椅子に木の机、木のタンス。

 キッチンまで木で作られていて、ドルイドの特殊性を感じさせる。


「紅茶でよいか? ……そのスライムも」

「……アニ」


 アマネは名前を主張する。


「すまんな。アニはどうじゃ?」


 アマネに抱き締められているアニはぷるぷると震える。

 ……おそらく肯定か。

 いや、まてよ……否定か?


「……わかった」


 ハイトウッド先生は何を感じ取ったのか、5つ分のティーカップを用意し始めた。

 ……肯定だったということか。


「グルミニア、私達が来た要件は分かっているな」


 キザイアさんは紅茶の用意をするハイトウッド先生に話しかける。


「もちろんじゃ。共に新魔王を討伐しよう、という提案じゃろ」

「そうだ。で、お前の答えはどうなんだ?」

「当然……いえすじゃ!」


 ハイトウッド先生は高らかに答えつつも、紅茶の注がれたカップを並べた。


 ……良かった。

 異世界とはいえ、ハイトウッド先生が仲間になるのは心強い。


「良い返事だ。少し世間話を……と言いたいとこだが、それ程猶予は無い。早速作戦会議に入ろう」

「りょーかいじゃ」


 ハイトウッド先生はそう言うと椅子にこしかけ、紅茶をすする。


「お前ならヒノモトにはどうやって向かう?」

「この森より先、魔族の防衛は強固なものとなる。ならここから南部に進み、ヒノモトまでは船で行く。というのはどうじゃ?」

「ここから南部の港に行くとすれば一月はかかるぞ」

「魔族の防衛網を突破するよりはましであろう。ヒノモトの直前で降り、そこからは徒歩で向かおう」

「それでは、順調に言っても二月はかかるぞ」

「安全策をとりたいのじゃ。二人はどう思う?」


 正直、不安が大きい。

 なら安全に行くべきだと思う。

 どれ程時間をかけても。


「俺は船で行くべきだと思う」

「……アベルに、従う」


 多数決では3対1。


「なら、仕方がないな」


 キザイアさんはどうやら納得してくれたようだ。


「それなら、なおさらすぐに出立すべきだろう」

「あぁそうじゃな」


 少しハイトウッド先生の顔は悲しそうだ。

 ……それもそうだろう。

 ここは先生にとって大事な場所だからな。


 それでも俺達には新魔王の討伐という大事な任務を抱えている。

 だから……止まるわけにはいかない。

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